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september.29.2016 存在する互いの横側
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「朝もだけど、夜はヒヤっとするな。」
あまり天気がよくなかったせいか、昼間の蓄熱が十分ではない室内。日中誰もいない部屋は「家庭」と呼ばれる場所より少し寒いのだろうか。一人暮らしをしていた部屋は賃貸だったからもっと寒くて、冬に帰宅したらまずストーブをつけてウロウロ歩き回るしかない。そして部屋が温まるまでコートすら脱げない。
それに比べればここはずっと暖かい・・・一人じゃないし。
「今年は何日ごろから店のストーブつけるのかな。」
普段から余計なことはしゃべらない男だけど、今日は輪をかけて静かだ。
原因はわかっている-朝のニュース。
仕事に出かける前に目にしたのは殺人事件のニュースだった。31歳の男性が倒れているのが発見され死亡が確認。出頭してきたのは高校生で逮捕された。人が死ぬまで殴るって・・・考えたこともないから怖ろしくなった。そして被害者の男性の名前が「タケモトサトル」
耳に入ってきた自分と同じ名前の男性が亡くなっているのはあまり気持ちのいいものではなかった。
音は同じだけれどまったく別人だと思える漢字を見て少し気持ちが落ち着いたけれど。
何か言ったほうがいいような気がしたから「びっくりした。」と言ってみた。衛は壁の方に目をやり、俺の顔を見ようとしない。そして吐き捨てるように「別人だ!」と言った。衛のそんな口調を初めて聞いた俺は怯えとは違うけれどひどく嫌な気持ちを抱えたまま、いつもより言葉少なく店に向かい一日を乗り切った。
今日は一日気持ちが浮き上がらなくて、お客さんに申し訳ないことをしたと思う。気が付かれることのないレベルで接客できたと思うけれど、いつもと違ったことは事実だ。それもまた気持ちを暗くする要因になってしまって、悪いことは重なるとはよく出来た例えだと実感。いい時はどんどんプラスに物事が転がっていき、それと反対の悪いこともネガティブを引きつけてしまう。
そのまま放置していてもロクなことにならないから、これは断ち切らなくてはいけない。
何としても。
二人分のワインを用意してソファに並んで座ると、すぐ衛が俺の手を握り、ため息を一つついた。
「ちゃんと帰ってこれた。」
「当たり前だろう。ずっと一緒にいたんだし、衛がいるから大丈夫だよ。」
気休めみたいな言葉だなと思う。でもそれ以外思いつかなかったし、ほかに何を言えと?
大事な人を得るまで失う怖さなんて感じたことはなかった。両親や姉夫婦が突然亡くなるなんて考えたこともなかったし、自分より先に逝ってしまう両親のイメージはあまりにも漠然としていて実感がなかった。でも衛と一緒にいるようになって「失う」という意味を知ってしまった。その怖さは本能的な恐怖にも似ていて事あるごとにフワっと沸いてくる。その不安感は握りつぶそうにも難しくて、衛の存在に手を伸ばして大丈夫だと言いきかせるか「どこにもいかない。」と言ってもらうしかない。
そんな時期があったからよくわかる。
居なくなってしまうかもしれない。
そもそも衛は安心したいから一緒に住もうと言った。俺は正直そんな不安を感じる前だったから、衛のいう安心がどういうものか本当に理解していなかったと思う。
でも今は違う。
俺だってよくわかる。
好きだという気持ちや不安を天秤にかけると、俺と衛が平行になることはない。俺の好きが衛の好きより上回っている時、それと逆の時。想いに重さや量はないかもしれないけれど、あ~今は俺のほうが好きかもしれない、そう感じる時がある。もちろん衛のほうが強いときだってある。
常に同じだったらいいのにと思ったこともあった。でもかわりばんこに想いを重ねるほうがいいのかもしれない。今日のような「不安」が相手の場合、二人そろってジワジワ浸食されたら大変なことになる。不安も想いも代わる代わる重ねていけばいい。想いは強く重ねるー不安は和らげる。
「衛の考えていることはわかるよ、でも大丈夫。俺はどこにもいかない。確かに自分の未来なんてわからないけどさ、ありもしない事で不安になったってしょうがないじゃないか。」
「そんなことわかっている・・・でも、同じ名前だったから心臓がぎゅうっとなった。そしてありえない事ではないんだ、事故にあった、事件に巻き込まれた、そんなニュースを聞くことになるかっもしれないって。考えても意味がない、それくらいわかっている。」
「うん・・・そうだね。漠然とした不安は消えることがない。大事な人を得たかわりに誰もが持ち合わせることになる不安と恐怖。神様は意地悪だな。」
衛の手に力がこもりギュウと握られた。
「村崎が言ったんだ。ニュースみてビクっとしたあとゾッとしたって。高村さんの気持ちが少しわかった気がするって。あと自分の父親の気持ちも。」
そうか・・・俊己さんの命日はもうすぐだ。もう一年たつのか・・・そうだった、俊己さん言ってくれたじゃないか。
「去年の命日、俊己さんに逢ったんだ。」
衛の眉がひそめられた。そりゃそうだ、死んだ人間に逢っただなんてタチの悪い冗談に聞こえる。
「ビールのおかわりを注ぎに行ったら厨房にいたんだよ。そして応援してたって言ってくれた。そのとき俺は衛がいなくなってしまったらどうしようって考えて不安になっていたから、俊己さんが言ったんだ。
『不安になった時は、別のことを考えろ。必ずその横に飯塚がいる。心配するな。』って。
だから、俺たちは大丈夫なんだと思う。だって向こうの人が言ったんだし。」
衛は力を抜いてソファに身体を預けた。
「・・・そうか。」
「なんだよ、元気づけるために嘘ついているのか?なんて言うのかと思ったのに。」
「俺に嘘をついてまで元気づけようとするなら、理はそんな嘘はつかないだろう?もっと現実味のある嘘をつくはずだ。だから今の話は本当のことなんだな。でも信じられるよ、不思議だけど。
それに・・・村崎が言ったんだ。男同士だからこその形があるはずだ。それを二人で作っていくって。たくさんの物を北川にやりたいって。
その時俺は思ったのにな・・・理が何かで落ち込んだ時、俺たちの形をつくればいいって言おうと。
それなのに、先に自分がこんなことになって情けないな。」
男同士だからこその形
俺たちの形
それがどんなものかはまだわからない。もしかしたらもう俺たちはそれを見つけていて気が付いていないだけなのかもしれない。
俊己さんの言う通り、不安になったとき自分たちの目指すものを考えたほうがいい。そして横には必ず衛がいる!
「情けない衛もたまにはいいよ。それにそうなったのは、俺にベタ惚れだからだろ?
ま、俺としては喜ばしいことであ~る。」
「フフフフ。」
ようやく衛が笑ってくれた。
ささいな切っ掛けで考えもしなかった現実に気がついてしまう日だってある。落ち込むことや不安になる時は必ずくる。怖れから逃れることはできないし、いくら抵抗しても存在し続ける。
でも横には必ず衛がいる。
「俺たちはいつも横にいて相手を見ている。相手を感じて一緒にいることを喜べる。失くしてしまう心配は消えてはくれないけれど、それよりも強くお互いが寄り添っていることを想えばいい。
そうなんだよ、不安を上回るぐらい、自分の気持ちを自覚すればいいんだ。
衛の横には俺がいる。そして俺の横には衛がいるんだよ、常にね。
それが一番大事で、過去でも未来でもない今なんだ。見えもしない未来をみるなら今を感じるほうがいい。衛がそうやって笑っているっていう今。
こうやって手を繋いでいる今。」
俺たちは少し窮屈な姿勢だったけれど、向き合って互いの腕を相手にまわした。
そうだよ、ここに衛はいるし、俺もいるんだから。
「ありがとう、理。」
「うん、衛も。心配するほど俺を好きでいてくれて。」
伝わってくる体温、鼓動は規則正しくトクトク脈打っている。ホウっと息が漏れ出る安堵感。
ふんわりひろがっていく温かさ。
横には必ず衛がいる。
そして俺も衛の横に居続けるよ、できるかぎりずっとね。
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