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october.8.2016 大事なものは少しでいい
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「おはよう。」
コーヒーの香りにつられて儀がのそっと起きてきた。
「おはよ・・・。さみい。」
俺の隣に座ると寒い寒いと言いながらくっついてくる。寝起きは確かにブルっとくるけれど、ちょっとベタベタしすぎじゃないか?
よくわからない理由で俺から距離をとったあげくに泣き落とし。それからは開き直ったのか、すっかり甘ったれた男に変わった。それを嬉しいと思う俺も甘ったれだけど最近は心配になる。俺がいなくなったら儀はちゃんと生きていかれるのだろうか。
「コーヒー持ってくるから少し離れろよ。」
大の大人の手や足がまとわりついていたら動けやしない。ついでにテーブルのマグカップにだって手が届かない。俺はのんびりコーヒー飲んでいたのに、大人子供(子供大人?)にすっかりペースを崩されている。いつもの土曜日といえばそれまでだけど。
「コーヒーいらない。」
「はあ?じゃあ俺が飲むから、離れろって。」
「コーヒー・・・は飲みたい。」
「面倒くさい男だな。俺を離すか自分で取りにいくかどっちか選べ。」
「・・・コーヒーはヒロから貰いたい。」
ようやく俺から離れた儀がウ~ンと伸びをしながら大きなあくびをした。どんだけ無防備なんだか。でも俺の前でだけ見せる姿だと思えば口元が緩む。
俺達は立派なバカップルだ。30歳オーバーだから「いい歳して!」なんて言われちゃうな。
戸棚の中から適当にマグを選んでコーヒーを注げばいい香り。朝のコーヒーは一番香りがたつような気がする。平日は一人で飲むけれど週末は儀と二人。
休みに揃って飲むのが一番うまいコーヒーだ、俺にとっては。
「ほれ、コーヒー。」
「おう、ありがとう。今日はメガネ男子のテレビはない日だったか。」
「あれは月末の日曜日だよ。今日は土曜日だしね。儀は暦どおりに3連休?」
「そ、3連休。ヒロは明日明後日休みか?」
「うん。今年のクリスマスは23から25まで3連休だろ?穏やかに過ごせる連休は10月が最後かな。うわ~面倒くさいな、もうクリスマスかよ。」
「俺は待ちぼうけクリスマスってことか。」
「なんなら店にくるか?」
儀はちょっと考える顔をしたあとボソっと言った。
「いや、行かない。静かに飲むなんて無理だろ?それなら家にいてヒロを待っているほうがいい。」
「じゃあ、いい加減片付けたほうがいいと思うけど。」
「何を?」
ソファの横に置いてあった住宅情報を儀に押し付けた。退路を断つとか言っておきながら引越しが全然進んでいない。儀が出張に行ったり、俺が二日酔いだった日もあるけれど、俺は言い出しっぺの儀に仕切らせるのが一番いいと考えていたから口にしなかった。沖縄のガイドブックと住宅情報誌を買って帰ってきたあの日から1ケ月。
儀が動かないなら俺がせっつけばいいだけのこと。やりたい事や言いたい事があってもまずは飲み込んで自分なりに解消しようとするのが俺。でも飲み込めるわけがないからネガティブに傾く。1ケ月前のすれ違いで俺は悟った。儀に気を使ってもいいことがない。儀は直感や思い込みで動くくせに臆病だから、どんどん間違った方向にいってしまう。
軌道修正は俺の役目と思えば二人でいることがもっと単純になる気がした。やってくれない、動かない、言わない、言ってくれない、なんてグダグダ頭の中で考えていたって意味がない。
そういうことだ、儀を相手にするならシンプルに!複雑さは意味がない!
「いつになったら本腰いれるか観察していたのに全然だよな。あの時は勢いだったとか?実は俺と住むのは嫌で言い出せないとか?」
「それはない!」
「じゃあなに?」
おうおう困ってる、困ってる!別に困らせたいわけじゃないけどね、でも儀が困っている顔が好きだったりする。やっぱり、俺変態か?
「拘りがなさすぎていい案が浮かばない。」
拘りがない・・・それは儀の部屋を見ればわかる。いい案ってなんだ?
「ヒロと気持ちよく暮らすにはどうしたらいいものか考えるけど・・・俺にはさっぱり思いつかない。せいぜい立地くらいしか希望がない。」
「は?」
「言い出しっぺのくせに、こういう部屋がいいよなとか、こういう建物が格好いいとかまるでないわけ。寝られればいいし、あ、風呂はいるよな・・・ほら、なんかヤル気がないみたいに聞こえるだろう?
夢も希望もないって真剣に考えてないみたいで、そう思われるのが嫌だった。そしてズルズル1ケ月たっちまって、何とかしなくちゃいけないのはわかっているのに。
ヒロに呆れられるのも嫌だし、怒らせるのも怖いし。グズグズですまん。」
儀はガバっと頭を下げた。夢も希望もない・・・ってその言葉のチョイス間違ってないか?怒りはしないけど、心底呆れてしまった。よくもまあ今までブイブイ言わせて生きてこれたもんだ。ウワベだけの付き合いってボロがでなくて便利なんだな。
「グズグズでクタクタのボロ雑巾レベルだな。お前よくそんなんで仕事できているな、びっくりしちゃったよ。相手が俺じゃなかったら愛想つかされてるはず。」
俺は可笑しくなってケラケラ笑いながら儀の肩をバシバシ叩いてやった。ついでに軽く足で反対の肩を蹴ってみた。儀は情けない顔をしながら俺の足首を掴んで蹴りを止め、少しだけ微笑んだ。
「愛想は取っておいてくれよ。」
俺は盛大に噴出した。貯めたり放出できたりするのか?すごいな「愛想」
「しょうがない、ちゃんと傍にいてやる。それで意味のある約束することにしたろ?俺達。
だから引越しは絶対するぞ。出かけるのも帰るのも同じ場所になる部屋をみつけようぜ。
んじゃ儀、立地ぐらいしか希望がないって言ったけど、どこら辺に住みたい?」
儀は俺の足を離して住宅情報誌を手にとりパラパラとページをめくった。めぼしい物件でもあるのか?
「各エリアで分けられているだろ?何回もみたけど結局のところ俺はどこでもいい。」
「でも立地って言っただろ?」
「地下鉄徒歩5分圏内であればどこの駅でもいい。」
「まじか・・・。」
儀の「まじか!」がうつってしまった。どこでもいいわけ?駅に近ければどこでもいいの?中央区がいいとか、会社と同じ路線がいいとか、スーパーがないとね、郵便局があるとさらにイイネとか!
「だから駅から近ければどこでもいい。ヒロは店に歩いていけるほうがいいだろう?そうなるとこのエリアになる。」
「でも地下鉄乗り換えになるだろ?」
「別に問題ない。今だってそれで不自由はないし。じゃあ場所はここで。」
「間取りは?風呂とトイレは別がいいだろ?」
「・・・今と同じくらいで十分な気がする。テレビみる部屋と寝る部屋。風呂とトイレはどっちでもいい、どうにでもなる。」
本気で希望がないのか!こんな部屋は嫌とか、広くないとダメとかないわけね。いや~びっくりだわ。
「じゃあ、俺の希望言っていいか?」
「おう。」
おうって偉そうだな、おい。
「1LDKがいいかなと。キッチン別、トイレと風呂も別。シャワー浴びている横で用を足されるとかありえないからな。部屋は10帖と6~8帖あればいい。水道が凍結したらシャレにならないから鉄筋じゃないとダメ。車は必要ないから駐車場不要。エレベーターはなくてもいい。欲をいったら日当たりのいい角部屋。それが無理でもバルコニーというかベランダは欲しい。洗濯物が干せるし・・・ってこの部屋と変わらないじゃないか。じゃあ引越しが無意味ってことになるよな。儀がここに来て部屋を引き払えば済む話だ。」
儀はいきなり立ち上がると部屋の中をグルグル歩きだした。
俺はその姿を眺めながら、さてどう出る?と考える。俺の提案は一番楽ちんな方法だ。でもきっと儀は違うと言うだろう。俺の部屋に転がり込んでくるのと二人で新しい住まいを作るのはまったく別だから。
儀は動物園の熊よろしくグルグルしていたがハっとした顔をして立ち止まった。
「俺は全部捨てて身軽なんだよ。」
「知っているよ。」
「だから必要なもので大事にしたいものだけ新しい部屋に移そう、ここから。」
引越しはするのね。俺はホッとした。やっぱり二人で新しい部屋を作っていきたいじゃないか。
「捨てるものは捨てよう。そして必要なものを二人で選んで少しずつ増やすんだ。」
「少しずつ?」
「クローゼットがなかったら気に入ったものを見つけるまで段ボール生活をする。ヒロが戸棚に並べている販促のマグやグラスは全部捨てる。そして気に入ったマグカップとグラスをひとつずつ買うんだ。
必要最低限のものを一つずつ。
少しずつ、少しずつ俺たちの部屋を作っていくってのはどうだ?」
「一つずつか・・・沢山はいらないもんな。二人で寝るにはベッドだって小さいから買うか。」
儀は顔をしかめた。
「男二人でベッド買いにいくのかよ。変な勘繰りとか面倒くさい。」
「通販だってあるだろ?別々に売り場にいって気に入ったベッドに似たものを探せばいいじゃないか。方法なんていくらでもあるし。妥協しないでコツコツ揃えていけばいいよ。」
「皿や鍋もだな。」
「冷蔵庫と洗濯機は今のままでいいだろ?」
「でも壊れた時は真剣に選ぼう!」
儀がようやく心からの笑顔を浮かべた。
自分たちの気に入ったものを少しだけ、沢山はいらない。男二人の所帯に物が多くても使いこなせないだけだ。それなら食器棚がスカスカでも大好きな食器が必要な分だけあればいい。食器棚すらいらないかもしれない。
「ヒロ、俺なんか楽しくなってきた!でかけようぜ!」
「どこに?」
「たしか二条市場のあたりに家具屋があったはず。覗いてみよう。あと百貨店の上の階とか。」
「部屋探すのが先じゃないのか?」
「ヒロの希望をあとでメールしておくから部屋はなんとかなるはず。せっかくの連休だし、散歩がてら出かけよう。」
儀はソファにスポンと座って俺の手を握った。ようやく少しだけ前進かな?約束事の一つが明るい未来になりかけている。
そっか・・・約束って果たされるまでの過程も含めて楽しいものなんだ。
家具や食器と同じように、大事なことを「約束」にして自分たちの手元に置いておけばいい。きっとそれが俺達の生活の基盤になって、二人で過ごす時間がもっと意味のあるものになるだろう。
儀と一緒にいるのはハラハラするけれど、裏をかえせば嬉しいや楽しいがセットでやってくる。
ベタ惚れだって認められる相手が一人。
これだって俺にとっては気に入っている大事なものだ。
「ランチはキイちゃんのところに行こうか。」
「そうだな。どんなベッドに寝ているのか聞いてみるか。」
そんなこと聞いたらキイちゃん真っ赤になるんじゃないかな?だって一人で寝てないだろうしね。
想像したらおかしくて笑いがこみ上げてくる。
「儀、たくさん約束しような、これからも。」
儀は満面の笑みで頷いた。やっぱりコイツを手放すなんて無理な話だ。死ぬ気で頑張れば離れられるなんで言ったけれど、達成できる気がしない。
「いい部屋作ろうな。」
返事のかわりにキュと力がこもった手はホンワリ温かい。
儀という男が俺の生活の中でつねに光っていられるように、笑顔で暮らせるような部屋を作ろう。
儀と二人で。
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