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october.15.2016 おやっさんミネに火をつける
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「ちょいと相談があるんだけど。」
村崎が俺の向かい側にストンと座った。相談?
オードブルの内容は決まったし、BOXの改善点もまとまった。忘新年会のコースもざっくり固めたし・・・あと何か残っていただろうか。
「大晦日のことなんだけどさ。」
大晦日。昨日帰ってから話題になったのがまさにそれ。クランキーチョコをかじりながらワインを飲むという俺にはマネのできない組み合わせを嬉しそうに実行している理。子供なのか大人なのかわからないな~なんて考えながら眺めていたら理が切り出した。「今年の大晦日どうするの?」
俺が思ったのは「誕生日の事じゃなく大晦日?」だった。
「大晦日?引き渡しの居残り組を決めようとか、そういうこと?」
「昨日ハルと年越しに関して提案というかおうかがいがあったのよ。」
「奇遇だな、理も同じことを俺に言ったぞ?」
「昨日の二人の議題は大晦日ってことか。」
それでクランキーチョコか。北川に貰って理は悩みの深みから抜け出した。その次のバレンタインデーは俺達の始まりの日になった。節目節目でクランキーチョコは威力を発揮し力をくれるらしい。
大晦日のことは理なりに悩んだということだ。クランキーが必要なくらいに。
「村崎は高村さんのところにいくんだろ?」
「んん~それがね、北川家から熱烈ラブコールを貰ってしまったのよ。」
「当然の流れだな。」
村崎はテーブルの上にある自分の手の甲を見つめた。ゆるゆると指を動かして何かをつかむようにグっと握る。
「当然か。ハルは俺が神経使うような場所に行く必要がないって言うわけ。ただでさえ疲れている日なのにってね。」
それを言うなら理も同じような事を俺に言った。
「でも俺は嬉しかったよ、そう言ってもらえてさ。北川家のご招待もハルの気遣いも。疲れすぎてナチュラルハイ状態でヘンテコリンの可能性もあるけど、お邪魔することにした。大晦日は北川家で年越しです。」
ふんわり笑顔を浮かべた村崎。そこに嘘は全くなく、本当に嬉しかったのだろう。自分と北川の二人だけの関係ではない新しい輪。それは俺も同じことで、皆の子供だという言葉を貰い、弟ができたと喜んでくれる人がいる。男同士という祝福からは遠い関係であるにも関わらず、自分の周りは誰もが温かい。SABUROの仲間、元上司、理の家族。とても恵まれている自分を忘れてはいけない・・・そう感じた。
「飯塚はどうすんの?」
「昨日話し合って決めたよ。母親の方は旦那さんの両親がくるらしいから俺は遠慮することにした。離婚した男の息子は家族団らんには必要ないだろうし。父親は温泉で年越しをするから一緒にこないかと誘われたがこれも辞退した。ということで俺は完全フリー。理が一人で年越しさせたくない、寂しいだろうって言うから大晦日は二人で過ごす。
引き渡しが終わってから暗い道を運転するのはどうかと思うし到着が遅くなれば迷惑になるから元旦に理の実家にお邪魔することにしたよ。一晩やっかいになって帰ってくるつもり。」
「俺達似た者だな。」
「なんだかな、微妙に状況は違うけど。」
村崎はマグカップの縁を指ではじく。ガラスとは違う焼き物特有の音が漂った。マグカップを両手でしっかり抱きしめるように包むと何かを思い出すように目をつむった。
「思えばこのマグカップが始まりだったのかな。」
問いかけにも聞こえる言葉は独り言のようでもあった。だから俺は何も言わずにコーヒーを飲む。
北川がクリスマスに渡したマグカップ。オリーブグリーンのマグカップを村崎はいつも丁寧に洗い大事にしている。
ふと満面の笑みでハニーマスタードのポテトを頬張る理の顔が浮かんできた。
ただの同僚でしかなかったのに、あの瞬間から何かが変わった。人との出会いや関係は些細なことで発展したり消滅するのかもしれない。
あたりまえの日常の中に転がっている事が自分の人生を左右する。大きな変化こそ人が変わる切っ掛けのように思われているけれど違う。
毎日流れていく時間の中に、自分の運命を変える事柄が存在している。ハニーマスタードやマグカップのように。
「嬉しかった・・・けど、俺としては困ってもいる。」
「なにか問題でも?」
「なんていうの?ハルの家族は事情を知っているけど、肝心の俺の両親は何も知らないってこと。」
「・・・そっちか。」
「そう、そっち。今は元気だけどさ、弱ったら日本に帰ってくるって決めたみたい。んで・・・そうなったらハルと同居は難しいから俺はハルと家を出ると思うのよ。完全にバレるわな。」
コクンとコーヒーを飲みこんだあと「そんな顔するなよ。」と言いながらつま先で俺の脛をつつく。そんな顔って村崎のほうがずっと不安顔だと思う。理は両親に打ち明けないと一度答えをだしている。そのまま継続するのかまた悩む時期がくるのか俺にはわからない。俺が決めているのは理の意思を尊重するということ。打ち明けるというなら一緒に理の両親と向き合うつもりだ。
「あんまり考えたくないけど、そういうタイミングが絶対あるわけで。まあ、両親がポンコツになるには少なくても10年?15年?そんくらいはあるだろうから、そんな先のこと考えても仕方がないなって思うことにした。その前にハルに愛想つかされている可能性だってあるしさ。」
「あんまり先のことを考えても意味がないだろうな。」
「そうだよな。」
「俺は両親との時間よりも理と一緒にいる時間を長くしようと決めた。」
「ほおお。」
「俺が高校卒業するのを待って父親は再婚した。母親はもっと前だから少なくとも18年は親子だったわけだ。1年ずつコツコツ積み重ねてそれ以上の時間を理と共にする。そう考えたら将来的な不安にグズグズしている暇はないだろう?まだ始まったばかりだ。」
「なるほどな。俺はさらに出来立てのホヤホヤだから頑張らなくちゃな。」
「そういうことだ。ところで相談って何だ?今の話が相談事?」
村崎はポンと手を叩いて「そうだった~~。」と言ってフニャっと笑った。
「あのさ、それぞれ実家詣でするから手ぶらってわけにはいかないだろ?それでお節のお重に挑戦しないか?」
「お節?」
「そ、お節。食文化っていうのかな、それって大事なことだと思うわけ。今日野菜届けてくれた時におやっさんが言ったのよ。『さっき行った店で聞いたんですよ。西京味噌って言ったら、バイトの若造が「さいきょう味噌って味噌の中で最強なんですか!どんな味噌ですか?」って言ったらしいですよ。大将が呆れて笑っていました。もう笑うしかないって。俺も驚いちゃってね~味噌の種類も知らないみたいですよ、今の若い子は。』って。いやはや俺も驚いたけどね、ちゃんと受け継いで次の代につなげていかなくちゃって変な使命感に燃えちゃった。
デパートの3万です5万ですっていう豪華絢爛と、どう考えても真空パックオール湯煎で仕上げましたみたいなコンビニのお節とも違うものが作れないかなって。
手作りで全部食べられるお節。華美ではないけれど家庭的、元旦に口に入れて新しい年を迎えられる少しだけ特別なお節。
オードブルを最初に始めようと試作したときサトルが言ってたよね。いずれお節もしたほうがいいって。
俺あれずっと頭にあってさ・・・最強な味噌の小話聞いたら着手する頃なのかなって。
北川家と武本家に最初の試食をしてもらって、来年か再来年には発売できるといいなと。」
お節・・・和食がウィークポイントの俺にとって取り組みがいのある課題だ。理と元旦に重箱をつつきあう時だってくるだろう。最低でも18回は元旦がくるのだから。
「15000円以下の2段重・・・クリスマスのBOXみたいに一人用があってもいいかもしれない。入院している人に差し入れることもできるし、自分用にもできる。それこそ一人暮らしの高齢の親に手土産で持っていくとか需要はありそうだな。」
村崎が面白そうにニヤリ。
「さすが飯塚、俺の言わんとするところ全部お見通しだな。だから今年頑張ってみないか?事前につくって冷凍できるものも多いみたいだし。明日は本屋に言って資料を仕入れるつもりなんだ。飯塚はネットで価格帯とか内容をチェックしてくれない?サトルが一緒にやってくれればデータ収集に無駄がなさそうだし。」
「そうだな、そうしよう。」
作り手が二人になったから生産性をあげるべきだと言った事でオードブルに着手した。それをきっかけに理と北川がSABUROに来ることになった。
やっぱり日常の中にこそ、自分たちのチャンスが転がっている。それを一つ一つ積み重ねていけば後ろには大きな「成果」が形になる。
野菜のおやっさんのおしゃべりが村崎に火をつけた・・・面白いじゃないか。
毎日を大事にしよう・・・また一つ俺の決意が増えた。
決意が増えるたびに成長できる。
その期待感はワクワクした気持ちを生み出し、前に進む原動力に繋がっていく。
サラリーマンを辞めてよかった。
自分の選択が間違いではなかったという事実はとても大きい事だと実感。
毎日を大事に。
毎日こそを大事に!
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残念なことに「最強味噌」発言は現実です。修行していたお店のバイトちゃん(ホール担当)の発言。その子は昆布巻きもしらなくて「この黒いグルグルなんですか?」と聞かれた時には倒れそうになりました。
ずっと培ってきた食文化を大事にしたいものです。
たとえ年に一度の元旦だけでも伝統に目を向けてもいいのかなと。
一年の計は元旦にあり
美味しいものを沢山食べられる一年になるように、願掛けの意味をこめて元旦を迎えたいですね
せい
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