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october.30.2016 シネマレストラン「ジョンとメリー」
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なんとなく心に引っ掛っている。
そういう人間が何人かいて・・・でもその相手とはコンタクトを取ることができない。
だって居場所も電話番号も名前も知らないから。
何故かって?
そんな付き合い方しか知らないから。たった一度の関わりしかないから情報が何もない。
誰かを好きになるのが怖い、それに気が付いたのは何時だったろう。けっこう前だ。そうかといって人間嫌いでもなく人肌だって恋しくなる。
そして行き当たりばったりの関わりを繰り返す。
それにも最近飽きてきた。いや違うな・・・その無意味さに嫌気がさしてきたが正解。
適齢期を迎えた同僚や知り合いがどんどん結婚していく。子供ができてうれしそうに仲良く暮らしているパターンもあれば、離婚をすでに経験している者すらいる。
経験値がないままなのは自分だけで、それでもいいかと知らない振りをしていた。でも最近は現状に不安を感じる自分がいて、息苦しい。
「それじゃ、さようなら。」
そういって昨日出て行った女。
知り合った切っ掛けは小説かドラマみたいなシチュエーションで、現実にそんなことがあるなんて考えたこともなかった。
行きつけのカフェがいつになく混みだして「相席をお願いできませんか?」と顔見知りの店員が言うからOKした。自分の目の前にはノートパソコンの画面があって、締め切り前にやっつけなければいけないデザインを仕上げる必要があったから向かいに誰が座ろうと関係なかったから。
ふわりと香った空気-サムライウーマンの香水
香水に詳しいわけではないが、前に香水のディスプレイの仕事をしたときにラインナップに入っていたから覚えている。サムライというわりに軽めの香りは、活発で笑顔とともにスッキリとスーツを着こなす女性に合いそうというのが俺の感想。男のサムライはかなり男くさくて苦手な部類だった。アラン・ドロンがプロデュースしたと聞けば納得。アラン・ドロンの好みはムスクが似合うような大人の女かと勝手に考えていたからサムライウーマンの若若しさを意外に思った。歳をとれば男は若い女を好むというから・・・そういうことなのかもしれない。
そんなことをつらつら思い出しながら好奇心でディスプレイから視線を外した。
そしてこれが始まり、そして終わりの始まり。
そこに座っていた女は秀でたパーツでもないくせにやけに目を惹く顔をしていた。白い肌と黒いボブ。長いまつ毛と赤い口。サムライが似合う快活さは見えない。
そして女は言った。「相席失礼しますね。」みたいな当たり前の口調で。
「あなたの部屋に連れていってくれませんか?」
俺は店員を呼んで会計を申し出てノートパソコンをケースに入れた。一言も会話することなく行動で了承の意を伝え、知らないもの同士のまま店を出た。
それが始まり、そして終わりの始まり。
知り合いの伝手でプロダクションの仕事をこなしていた俺の仕事場は自宅。仕事がなければ仕事を探し、積み重なれば徹夜もする。安定とは程遠い生活だが暮らしてはいける。自分ひとり食わせるくらいは何とかなるものだ。
女は週に1度程度前触れもなくやってきた。連絡先を聞かれなかったから俺も聞かなかった。ただ「なぜ?」とだけは聞いた。どうにでもとれる俺の問いかけに返ってきたのは「旦那だけが外で好き放題っていうのはつり合いが取れないから。」だった。
俺の「なぜ?」はどうして自分だったのか?に傾いたものだったから聞かされた言葉は軽く俺を落ち込ませた。女が結婚しているから?当て馬にされているから?天秤の重り程度だったから?
今となってはよくわからない。
この不自然な関係は3ケ月程度続き、次第に慣れていく肌の感触に心が寄り添いそうになる。その心境の変化に驚きつつ少し浮かれていたのかもしれない。別に離婚してくれとか名前を教えてくれとか、そういうことではない。どうやら自分も切っ掛けがあれば人並みに恋愛できるかもしれないと思えたことが単純に嬉しかった。
それが女に伝わった。
ベッドの中でウトウトしていると、隣の存在がベッドを抜け出す感触に目が開いた。顔だけではなく全身の白さを見せつけるように全裸で立っている女が俺を見下ろしている。
「無感動な男に見えたから声をかけたのに、あなたも結局人間だったのね。」
何を言われたのかわからなかった。
「どういう意味?それ。」
「男でも人間でもない、そんな相手がよかったの。」
つまりは、天秤の重モノみたいな存在がよかったということだ。男の俺も人間の俺も必要ないという女の言葉は、俺が人間らしくなったことを言っている。よりによってその原因がこの女だという現実が重い。
「それじゃ、さようなら。」
女はそのまま出て行った。そして名前を知らない「誰か」が一人増えることになり、あらたなリストが出来上がった。継続的関係を結んだ相手リスト。
女が筆頭でその下に名前が連なるあてもなければ自信もなかった。
SABURO店内に場面切り替え>>>
「いつまでも浮き草みたいに漂っているのはしんどくないか?」
久しぶりに旨いものを食べたと満足している時にそんなことを言われてしまい残念になる。
「浮き草・・・は流れに身を任せていれば枯れることはない。」そう言おうとして止めた。なにかと俺のことを気にかけてくれて仕事を振ってくれる人に言う言葉ではない。お世話になりすぎて頭が上がらない相手に口答えはいただけないと言葉を飲み込む。
「水の中にいないと怖いです。今更丘にあがって繁る力量はありませんよ。」
「そんなことはないぞ。うちのデザイナーが一人抜けることになって即戦力が欲しい。待遇だって安定するし、チームでする仕事の面白さだって味わえる。もちろんピンの仕事もたっぷりあるから必ず誰かと組めなんてことも言わない。考えてみてくれないか?」
チームでする仕事。面白さ。どれも俺の知らないことだ。以前の俺ならお断りしますと即答だったはずなのに、今日は考えてしまった。誰かと関わるということ。図らずも「女」によって人間らしさに近づいた変化の現れだろうか。本音ではずっと誰かと関わりたいと思っていたのだろうか。
「いい方向性に考えてほしい。面白い仕事しようぜ。」
俺より15歳年上の相手に優しく微笑まれ肩を叩かれた。伝票をさりげなく持って立ち上がった姿は大人の男性そのもの。この人と一緒にいたら俺もちゃんと大人になれるだろうか。しっかり両足で立つ大人の目線を得たら見えるものが違うのだろうか。
出口に向かう背中をぼんやり見る。颯爽として格好いい。あ~こう人ならサムライも似合うのかもしれないな。単に俺が未成熟だから大人の香りがダメだったのかもしれない。
「あの・・・もしよろしかったらこちらどうぞ。」
メガネの店員がA5サイズのチラシらしきものをテーブルに置いた。
『第一回シネマレストラン』と書いてある。シネマ?レストラン?ここはレストランだけど。
「白い壁にプロジェクターで映画を映す上映会です。鑑賞後はディナープレートが出ますよ。ワンドリンク付きですからお得かと。音響はいい機材を入れてくれるそうなので映画館とはいきませんがそれなりに格好がつく予定です。」
映画か・・・最後に見たのは何だった?DVDを借りても途中で寝てしまったり、見ないまま返却したりだから映画好きとは言えない。ワンドリンクにディナープレートで2000円なら高くない気もする。
「上映する映画はその日になってからのお楽しみです。粋なラブストーリーを・・・いやラブストーリーともまた違うのですが。」
煮え切らない説明に興味を持ってしまう。ラブストーリーじゃないラブストーリー。それなら俺みたいな人間でも理解できるかな?
「今晩ですか。」
「ええ、予約があと少し残っていまして、売り込みに参りました。」
その笑顔がとても優しいものだったから俺は頷いてしまった。満席にしてあげたくなったから。このメガネ店員の何かがそう思わせた。これが人の持つ魅力なのだろう。
「一人でも?」
「大歓迎です。」
奢ってもらって支払いのなかった俺は夜の「第一回シネマレストラン」のチケットを買って店を出た。なんとなくウキウキしながら。
夜のSABURO>>>
こんなに真剣に映画をみたのは初めてだった。
見知らぬ場所で見たこともない人間とともに目覚める朝。どうしてこんなことになったのか?どこかの店で知り合った?・・・酔っていたし。
そんな出だしで始まった映画は俺の生まれる前に作られた古い映画だった。それなのにやっていることは今も昔も変わらずだということに安心した。なんだ俺だけじゃないという安心感。
ぎこちなく二人は会話をし、記憶を辿る。それぞれの恋愛や破たんした結婚生活がちりばめられる回想シーン以外はマンションの一室での二人。
それなのにぐいぐい引き込まれた俺は夢中で映画を追った。
そして最後に交わされる二人の会話と映画のタイトルに、拍手したくなった。そしてやられたと悔しくなる。こんな格好いいものじゃなくていい、自分だって何かを掴める出逢いを無駄にしない努力をするべきじゃないか?
天秤の重りではなく、ちゃんと自分をさらけ出して相手を見ることを覚えたほうがいい。
こういう時、目の端に映り込むように浮かびあがるのは、なんとなく引っ掛っている存在。顔もおぼろげで話をした内容も思い出せないのに・・・時々彼女は俺の中を漂う。
名前くらい聞いておけばよかった。名前や仕事、電話番号を聞かれて断ることは多かったのに、彼女は俺に聞かなかった。だから意地になって俺も聞かなかった。
だから引っ掛っているのかな・・・わからない。
ディナープレートは美味しかった。ほろほろの豚肉のトマト煮込みは最高だったし、付け合わせについていた枝豆がびっくりの味だった。メガネ店員に聞いてみると「ゆでた枝豆をむいてガーリックオイルでカリカリに焼いたものです。」と教えてくれた。枝豆ってさやを口にするから枝豆の形なんて見ることがない。枝豆むくって・・・地道な作業だな。ペペロンチーノも美味しかった。白ワインはキリリと冷えていてこれも最高。
新発見の映画の魅力と美味しい料理で、今日来てよかったと思えた。もしこのシネマレストランがこれからもあるならぜひ来たい。
映画が終わって拍手が鳴りやむとメガネ男子は短いスピーチをした。
「出会いのきっかけは人それぞれです。ジョンとメリーは最初と最後が人と違います。でも二人は自分の望みに耳を傾け相手に伝えます。一期一会という言葉もありますし、自分のまわりにある出会いを大切にしたいですね。」
正論だった。
仕事・・・やっかいになってみようか。
見るともなしに見た少し先のテーブルに女性が一人座っていた。一人なのに楽しそうに料理を食べている。そして俺の心臓がドクンと鳴った。
違うか?いや・・・たぶんそう。
名前を知らない・・・ずっとどこかに引っ掛ていた彼女・・・だ。
ふいに皿から視線をあげた彼女と目が合う。
間違いない・・・・彼女だ。
しばらくつながった視線がそらされた。
なんとなくこのままではいけない気がした。何かを変える、自分を変えるそんな日と場所だという感覚。それに賭けてみよう。
開けたばかりのボトルをもって立ち上がりまっすぐ彼女のテーブルにいく。
「座ってもいいですか?」
「・・・お久しぶりですね。」
覚えていてくれた。どっと安堵が体内を満たす。
「ワイン飲みますか?」
「そうですね・・・ご馳走になります。」
そこで会話は止まった。お互いに何をどういっていいのかわからない、それがアリアリで焦りばかりが募る。そういうときはそのまま言った方がいい、というかそれしか方法を知らない。
「ずっと・・・ずっと引っ掛っていて・・・。本当は聞きたかった。」
「なにを?」
「名前・・とか、色々。」
彼女はふうとため息を一つ。
「それはあなたが聞かないから、私は聞かれないのに名乗るような人間じゃないもの。でも・・・たまに思い出していました、あなたの事。なんだか不思議な人だったので。」
「不思議?」
「もぬけの殻みたいなのに、寂しいっていう感情を知っている。人と関わり方を知らないのに人のことをじっと見るでしょ?」
「そうなのかな。」
「私はそう感じた。」
これが何かの入り口なのか、自分にとって大切な出会いになるのか、わからない。関係や気持ちが育っていくか見えていない。でも・・・でもきっとこれは切っ掛けだ。
ちゃんとした、大事な切っ掛けだ。
「じゃあ・・・聞いてもいいかな。」
「何を?」
「君の名前。」
ゆっくりほころんでいく表情を見つめながら彼女に伝える-自分の名前を。
「俺の名前は・・・・
FIN
・・・・・・・・・・・
なんだかホノボノとは遠い暗い感じになってしまいました。「ジョンとメリー」は大好きな映画なので、小粋な恋愛の入り口を書けたらいいなって考えていたのに、書きだしたらこんな有様。1000文字くらい書いたら消えてしまったストーリーだったのでボツにしようとしたのに頭から離れてくれないので文字にしてしまった。
次回は元気がでるようなものにしたい!
私事ですが、明日は娑婆最後の日ということでワインを飲み美味しいものを食べるつもり。
その翌日から別荘暮らしになります。
更新がしばらく滞ると思われます、ご了承ください。
元気に回復してサクサク更新できるように、たっぷりある時間を使って書くつもりです。
たいそうな病気ではないのでご心配なく。なんのこっちゃな皆さんは「徒然」に実は異物でしたレポートがありますのでご確認くださ~い。
次の更新までしばし時間を頂戴いたします。
いつも読んでくれて皆さん本当にありがとう!!!
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