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november.12.2016 宴
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「お疲れさん。さて賄いだよ、賄い。」
お客さんを送り出した今日のSABUROにまったり感はなし。それはそのはず、今日はお誕生会だ。
12日は8日と18日の間だし13日は金曜日になったら縁起が悪いとかなんとか。
というよりも、物が届かないと困るから余裕をもって設定されたのです。
ミネさんとトアさんと3人でパソコンと睨めっこして選んだのはワイン。結局ワインかよ~っていう皆さんの呟きが聞こえてきそうです。「ワイン以外の何か」という期待を裏切る案は浮かびませんでした、ごめんなさい。
トアさんが「ワインの生産地をめぐるツアーにご招待ってどうですか?」なんて言うから、それもいいね!ってなりましたけど、北海道なら車で行けば済む話だし、道外にいくならお二人招待するだけの額面はプレゼントとしてはどうなの?ってことになった。それはそうですよね~。ミネさんは「それならオーベルジュみたいに皆で行くべきじゃない?」という発言に同意。ということで却下。
毎月ワインが贈られてくる頒布会みたいなのはどう?という案もあったのですが、誕生日感が薄れますよねってことになりました、うん、確かに。
「幻のワイン」で検索してみると2000円台から膨大なワインがヒットしてしまった。トアさんが「幻がこんなに存在しているはずがない。あ~ショップの宣伝文句に「幻」が混ざっていれば猫も杓子もヒットしちゃうんですね。」って・・・ほんとにその通り。
SABUROにソムリエはいないし「君、このリストではないワインリストもってきてくれないか?」なんてお客さんが来るお店ではない。気軽にいつもより少しだけ贅沢に食事を楽しむ、それがSABUROです。
料理より高いワインがゴロゴロしているわけではないから、フルボトルでも2800~4000円の価格ライン。だからワインで何かを探そうにも3人とも漠然としているので難航を極めた。
最後には「赤ワイン 画像」で検索。ジャケ買いならぬボトル買いをしようという投げやりスタイルの検索をミネさんが始めた。
「どうだこれ、キャンティラブコレクション。ハート型のラベルが陶器だぞ。」
「う~ん、なんかバレンタインっぽくないですかね、これ。」
「うっ、ハル・・・そうだな。おめでとうよりラブい感じだな。」
「なんかワインって世の中にあふれているんですね。」
トアさんが画面を指さして言った。
「このボトルが地面と平行に浮いて見えるコレ何ですか?」
「あ~これワインの首を差し込んでお洒落にワインをストックするものらしい。俺もさっき見ておっ!って思ったけどさ~あいつらワインを素敵に飾るか?速攻飲むだろ。」
「ですよね~」←僕とトアさん。
「なんかもうベタに「君の生まれ年のワインを用意したんだ。」なんていう映画かドラマみたいなことしますかね。20年ものならまだ僕たちにも買えませんか?」
「おおお~~~!!」←僕とミネさん。
さすがエンタメ担当!それすっかり忘れていましたよ!
そして決めました・・・一番リーズナブルなボトルに。だって10万とか無理ですよね?それに1本は1本ですよ?リーズナブルが10本のほうが喜びそう。
絶対に生まれ歳のワインを買うお二人ではないはず。それならタンクとか樽でワイン買うとかいいそうだし。
あああ・・・将来的には一樽プレゼントとかも有りですかね。いくらするのか、そもそも買えるのか知りませんけど。
そして賄いメニューはちらし寿司。理さんの好きな穴子入りですって!チラシ寿司ってあまり食べる機会がなかった。小さい頃は食べた気もするけれど北川家にお雛様はなかったし。だから楽しみなのです、ありがとう理さんと飯塚さん!
ミネさんが自宅から持ち込んだ寿司桶でごはんが混ぜられています。僕はパタパタうちわ係。
薄切りのレンコン、きゅり(穴キュウっぽくなるのかな)新生姜の甘酢漬けのみじん切りにゴマがたっぷり、もちろん干しシイタケを炊いたのが入っています。錦糸卵は僕が焼きました、エッヘン。
穴子は市販のかば焼きにお酒を振って少し蒸して炙った。いい香りです。
「ハル、オーブンから塩釜だしてくれる?」
「はい!」
実はこれも楽しみだった!鯛の塩釜焼きですよ~~ですよ~~。なんかたいそうな手間暇がかかるイメージだったのに割と簡単でした!
塩に卵白をいれて混ぜる。魚は水洗いしたあと(水洗いってジャア~って洗うことじゃなくて、下処理をすることをいうらしいですよ。ジャーってして渡したら兄さんに蹴られるらしいです、コワイ)水気を拭いてコショウとオリーブオイルを振りかけて、ローズマリーを乗せる。オーブンペーパーに塩を敷いて魚、さらに塩で覆って綺麗に形を整えて180度のオーブンで20分くらいですって!簡単じゃないですか?
すだちのドレッシングをかけて食べるんですって!うっひゃ~ヨダレがジャブります!
「あ~早く食べたいですね。」
「そうだな。祝いの料理ってさ、自分の為には作らないだろ?だから皆が美味しい物食べられていいよな。」
「はい!毎日誕生日でもいいですね。」
「あははは、それはダメよ。ご馳走はたまに食べるからご馳走。毎日食べるごはんは別の意味で大切。よって何事もバランスなりってこと、おわかり?」
そっか。たまにあるから嬉しくて、毎日を大切にしているからこそ特別の日を笑顔で迎えられるってことか、うん、その通りです。
「にやけた顔してオーブン触ると火傷するから気を引き締めて。」
「はい!」
でへへ、やっぱりミネさんは誰よりも格好いい~。
「11月お誕生日おめでとう!かんぱ~い。」
一本だけってミネさんがスパークリングワインをあけてくれた。5人で乾杯したらなくなってしまうけれど、夕方からお仕事だから酔っぱらっている暇はないのです。
皆でチリンチリンとグラスを合わせてから飲み込んだワインはスッキリして美味しかった。
「ちらし寿司?こういうの実家離れると食べる機会ないよね。」
理さんはニコニコしたあと、ちょっと「あっ」って顔をした後飯塚さんを見た。飯塚さんは気にするなみたいな顔をして理さんを見ている。
あ、そっか。飯塚さんは随分家庭のちらし寿司は食べていないだろうなって僕にもわかります。
「綾子が毎年お雛様をするだろうから、俺は武本家のちらしを期待しているぞ。」
「3/3に休みが重なるといいな。」
理さんは少しほっとしたように飯塚さんに返す。そして向けた笑顔がとても優しかった。想い合って寄り添っている二人は素敵です。
「俺達皆男だろ?家でちらし寿司を食べる機会が少なかった気がしてさ。俺のうちも母親がたまに作った時だけしか食卓に上がらなかったし。でもなんか美味しいから皆で食べたくなって。ちなみに錦糸卵はハルが焼いた。上達したから12月の厨房チームは心強い。」
「うっす~い!美味しいよ正明、ありがとう。もちろんミネも。」
「だろ~ちらし寿司は飯塚のチョイスにはなかったはず!どうだ参ったか!」
「・・・別に参らないけど、寿司酢の割合をあとで教えてくれ。」
「了解、武本家と比較してもいいんじゃない?そして飯塚ブレンドを作ればいい。」
なるほど・・・そうやって自分の味を作っていくのか。
「飯塚、その塩釜割ってくれるか?」
飯塚さんはとんかちを手に取って茶色の焦げ目がついた塩を割った。中からはみるからにふかふかの鯛が!わ~~わ~~わ~~!
「村崎、これ鯛じゃないか。」
「そ、傷ものだから安くしてくれた。頭と下あごに傷があるけど味に変わりなし。美味しくいただくことにしたのです。お好みでこのドレッシングをどうぞ。」
飯塚さんはドレッシングだけを皿に入れて味見をしている。
「すだち?」
「そ、すだち。」
飯塚さんは腕組みをして考えているのは、たぶん味の分析です。理さんはそんな飯塚さんお構いなしに鯛に大興奮!取り皿を持って期待に満ち溢れた顔をしている。魚のサーブ、僕したことがないのですが・・・。
いつもの理さんなら「正明、魚はどうサーブするか知っているか?」とかなんとかいうはずなのに、すっかり料理にやられている模様。
「サトル、魚は逃げていかないよ。いつもみたいにホールチームで勉強しないの?それもあって俺魚用意したのにさ。」
理さんはキョトンとしたあとようやく状況を把握したらしい。
「ああ~そうっか、そうだね。うかれテンションMAXですっかり飛んじゃったよ。」
ふふふ・・・どうやら飯塚さん、塩釜焼きは理さんに作ってあげていないということですね。ミネさんの勝ちい!
理さんはサーバーを僕に渡して言った。「やってみようか。」
なんと、このヨダレじゃぶんの魚の取り分けが僕にかかっているとは・・・。ミネさんの勝ちなんて思ったのバレてます?
「魚の身の中心に切れ目がはいっているだろ?そこにナイフもう一度いれよう。」
エラからシッポまで真一文字に入っている切れ目。そこにナイフを入れる。
「骨の上を滑らせるようにしてナイフを手前から奥に入れながら身を骨からはがす。そして向こう側にパタンと倒す。身を崩さないようにね。」
な・・るほど。すべらせて~身を崩さずに。でもイメージできるので理さんの言っていることはわかる。ちょっとグズっとなったけどどうにかなりました。
「同じように今度は手前に開くよ。お腹のほうが崩れやすい、身も薄いし脂がのっているからね。だから最初の切れ目にナイフを入れて骨から身を分離すようにしてパタンのほうがいい。」
なるほど・・・骨からはがす、そうだ外すんじゃなくて剥がす感じだ!そしてパタン。
「上手上手。やっぱり日頃のサーブが身についているね。今日は5人、部位を平等にはできないから背中側を3つ、お腹側を2つに分けてそれぞれを皿に盛ろうか。」
一番形が綺麗にとれた2つを主賓の皿に盛ることにした。
「中骨を身から外してから頭と繋がっている所にナイフをいれて落とす。別皿に頭と中骨をよけるよ。のこった半身を5等分にして皿に盛ろうか。付け合わせがある場合はそれぞれの皿にとりわけて最後にソースをかける。今日はソースないけどね。」
「おおお~ハルさん。上手ですねって言ってる場合ではないです。僕も練習しなくちゃ。ミネさん鯛以外の魚で代用できますか?」
「ロスが多いからアクアパッツァ以外魚のド~ンとした料理ないから、この塩釜あったらいいな。ソイとかどうだろ。」
「記念日や何度もコースを頼んでくれているお客さんには目新しいと思う。試してみるか、塩釜焼き。」
「試してみよう飯塚君。誕生祝いは新メニュー誕生のきっかけだね。」
「いっただきま~す!」
メニューに反映してはどうか?という厨房チームの話し合いも、僕への熱烈お褒めの言葉もないままに理さんは魚をパクンと頬張った。
「おいし!!!ふっかふわ!」
ふっかふわ?一瞬芸人さんの顔が浮かびましたよ理さん!美味しい物の前ではお子様状態ですね。ご馳走作るといつもこんな風になって飯塚さんを喜ばせているわけか。
できるモンキー理さんが子供みたいに食べている姿・・・僕にも理解できる攻撃型ギャップです。
やはりモンキーおそるべし・・・。
ここで今回のプレゼンタートアさんが登場。
シルバーの細長いワイン用のペーパーバッグに赤いリボンが飾られている。
「気に入ってもらえるといいのですが。3人でない知恵絞ったプレゼントです。」
両手が空いていた飯塚さんがトアさんから受け取った。理さんが慌てて箸と皿を置いたしぐさもかわいかったですよ。
「ワイン・・・だよな。」
「意外性がなくて悪いな、飯塚とサトルったらワインしか思いつかなくって。」
ミネさんがフニャ笑い。
飯塚さんは開けようかって感じでペーパーバッグからラッピングされた箱を取り出し理さんに渡した。お二人顔を見合わせたあと理さんが包みを外し始める。
ミネさんとトアさんと僕、何故か息を詰めてじっとみてしまった。
現れたのは赤い箱。
「開けるね。」
全員の視線が注がれる中ゆっくり蓋が開けられた。ゴールドの敷布の上にボトルが一本。フラワーアクセサリーで飾られている。
「え、なに?」
トアさんがメモを取り出し、静かに読み始めます。
「『1988年 シャトー カマンサック
1960年代にオーナーがフォルネール家に替わり、新しい設備の導入やブドウの植え替えを行い、全面的な改良がなされました。
その結果、1970年代からワインの質が向上し、しなやかさと果実味が強まったと評価が上がりました。 醸造はシャトー・マルゴーを復活させたエミル・ペイノー教授の指導により、高い評価のワイン造りへと進化しています。
その味わいは「サンジュリアンのような性格、良質の果実味、ミディアムボディーで、よいヴィンテージなら10年間はまずセラーで寝かせるのに十分なタンニンがある。」とも評されています。』
質問されたら困ることだらけなので何も聞かないでください。ただこのワインはお二人と同じ生まれ年には間違いないです。あっという間に空いちゃうでしょうけれど、誕生日のお祝いらしくていいかと思ってくれませんか?
3人の精一杯です!」
飯塚さんと理さんは僕たちをじっと見ているし、僕らも二人を黙って見つめた。どのくらいそうしていたかわかりません。そんな時間が過ぎた後飯塚さんが一言言った。
「嬉しい・・・な。」
なんだかその言葉と飯塚さんの声の響きに僕のほうがジワっとしてしまった。その噛みしめるような「嬉しい」が心に沁みたから。
「ありがとう。ほんとにありがとう皆。」
どうしてSABURO開催のお誕生日会は泣きそうになったり泣いちゃったりするのかな。感謝の気持ちや感激を実感して「ありがとう」って思うと、涙がでそうになります。言った方も言われた方も。
気持ちなのかな、相手を想う気持ち、思ってもらえている安心感。
家族とも恋人とも違う、仲間の絆が目にみえるから?
こんな経験ができて、僕は幸せ者だ。そしてこれからも幸せ者で在り続けたい。
「どっちにしろ18日前後の月曜日はお祝いするんだろ?その時に飲んでくれたらいいよ。今年で懲りたからアレだな。来年は物量でいくよ、ワインしこたまをプレゼントにするから質に文句はいわないように。」
照れ隠しみたいにミネさんがそんなことを言うから、なんとなく皆が笑顔になった。
「じゃ、食べちゃいますか!SABUROの夜を迎える前にエネルギー補充!」
ミネさんの仕切り直しを切っ掛けに皆が料理を頬張ることになった。
今年何回僕はおめでとうを言っただろう。こんなに心からのおめでとうを言ったのは今年が初めてかもしれない。トアさんのホワイトデーバースデー、ミネさんの隠密作戦バースデー、僕の健康レシピバースデーと今日のビンテージワインバースデー。
皆にとっても僕にとっても「お祝い」の意味がより深くなった、そんな気がします。
誰かを想って、誰かに想われる。
分にとって大事な人の「おめでとう」はかけがえのないものです。
出逢いに感謝の気持ちとありがとうを
そして「おめでとうございます」を心をこめて。
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