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december.9.2016 SABUROに行く
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土日の予約はパンパン。年の瀬が迫っているしクリスマスというイベントもある。その前に髪型を整えようとするお客さんの予約だらけ。そのせいか今日はそれほど忙しくないまま店はクローズした。
店をでるとあと20分ほどで21:00になろうとしている時間。駅に向かいながら冷蔵庫の中身を思い浮かべる。
簡単に作れるもの・・・テーブルの上に色々なお皿が並んでいるのはなんて魅力的なんだろう。私は自分の為にそこまで努力はできない。どうしたって一皿で済むものばかりが献立の主軸だ。
パスタ、焼きそば、やきうどん、チャーハン・・・炭水化物まみれだわ。野菜サラダくらい頑張ってみようかな。でも野菜が一番贅沢だったりする。天候不良の打撃で野菜が高いし、12月の末に向けてどんどんなんでも高くなるからウンザリ。ベジファースト?太りにくい食べ方だっけ。栄養面からも流行の低糖質からも落第点しかもらえない自分の料理にため息がでる。
もやし2袋くらいいれて焼きそばにしようか。
「あれ?サカ?仕事あがり?」
地下鉄のゲートの階段の下から優ちゃんがこちらを見上げて手を振っている。今まさに潜ろうとしていた私と地上に出ようとしていた優ちゃん。高校の時からの仲良しで、月に1度は必ず会う大事な友達。
私は階段を降りて距離を詰める。優ちゃんは登って。
「うん、家に帰るところ。明日は絶対ツルツルになるね。」
「サカ暇かな?実は一緒に来るはずの同僚が体調崩して、おひとり様になっちゃって。ごはんしようよ。」
もやしと茶色の麺だけの焼きそばがポヤ~ンと浮かぶ。そんな物を食べている場合じゃないよね。せっかくのお誘いは無駄にできない。
「うん、行く行く。何食べようか考えていてウンザリしてたところなの。」
「ちょうど良かった。美味しいお店だし雰囲気が良くてね。最近私のお気に入りなんだ。」
二人で階段を登る。どのお店かもう決まっているのか。候補がないならトアさんの所でもいいかなって思ったけれど、次の機会があるだろうし。
「SABUROっていうお店知ってる?」
「え?」
ええええええ!!!
「職場の同じフロアの別会社で大流行したパニーニが私の所にも伝染してね。一度試したらこれがまた美味しくて。それでお店に入ったら、これまたよくってね。」
「でも、金曜日だよ?混んでいるんじゃない?」
「そうなんだけど、このくらいの時間はねらい目なんだ。」
「どうして?」
「ほら。定時に上がった人や予約する人ってオープンから19:00くらいでしょ?今の時間帯になると、第一陣が帰る頃なわけ。そこに滑り込む。」
「へええ~なるほど。」
関心している場合じゃない。心の準備がないままにトアさんの職場にいくことになった私。
なんだか変にドキドキしてきた。
「実は・・・そこのスタッフと知り合いで。」
「ええええ!!!まさか飯塚さん?」
誰だっけ、飯塚さんって。ええ・・・と・・・あ、男前のシェフだったかな。
「違うよ、トアさん。メガネかけている人。」
「えええええ!!隠れファンが一番多いんだよ。あの人。」
「ええええ!!そうなの?」
優ちゃんは「あくまでの私の予想だけど。」と言って笑った。
◇◇◇
「いらっしゃいま・・・せ。」
ニッコリしつつ、私を見て言葉がつまった彼は「ハルさん。」だ。一番背が低くてかわいい。でも私より大きいし、小さいとは違う気がするけど。
「二人ですけど空いてますか?カウンターでもいいです。」
ヤル気まんまんなのか優ちゃんのテンションが高い。店内を見渡すとカウンターから厨房を見放題。
飯塚さん?だっけ?を眺めるには絶好のロケーションってことね。盛り付けをするためかこちらに向きを変えた飯塚さんの顔。うわ、本当だ。ハンサムっていうより「いよ!男前!」と言いたくなるタイプ。
「二人掛けのテーブルでしたらご案内できます。こちらへどうぞ。」
促された方向に目を向けると、ピキーンと固まったトアさんがお盆を持ったまま私を見ていた。ですよね、びっくりしますよね。
「トアさん、坂口さんがお見えです。」
ハルさん!なんで私の名前を知っているの?あ、トアさんが言ったのね。もしかして、トアさんと出かけたりしていることスタッフ皆知っているとか?
うわ・・なんだか恥ずかしい!別のお店にいけばよかった。
「いらっしゃいませ。」
「友達・・・と偶然逢って。誘われてついてきたらトアさんのお店でした。」
「そうでしたか。外は寒かったでしょう。どうぞテーブルに座ってください。ドリンクのメニューお持ちしますね。」
トアさん・・・なんかスマートなんですけど。月曜日のトアさんとは全然違うんだなって、なんかそれが嬉しいような・・・そうじゃないような・・・フクザツな気分。
「さて!何呑もうか!」
「ビールにしようかな。」
「じゃあ、これがお勧め。ベルギービールでフランボワーズの味がするの。」
「えええ、それ美味しいの?果物味のビールって・・・なんか嫌だな。」
「サカ!何事も挑戦っていうでしょ。」
優しい子になるように、そんな願いで優子という名前になったらしい。でも優ちゃんは「優秀」のほうが似合っている。スパっと即決、何事もチャレンジ。
いつもと違うものを試すのもいいかもしれないね。
「じゃあ、飲んでみる。」
オーダーを済ませると今度は何を頼むかメニューと睨めっこ。どれもこれも美味しそう。課題だったサラダははずせないし、パスタも捨てがたい。肉も美味しそうだし困るなあ。
「お決まりですか?」
ニッコリ微笑むトアさん。迷いまくっている私たちはまだ決まっていなかった。それを察したのかトアさんが本日のおすすめを指さした。
「僕のおすすめを食べてみませんか?今週からメニューに登場した「奇跡のポークカツ」です。」
とんかつ・・・なんと魅力的な一皿。トアさんにヒレとロースのカロリーを聞いてびっくりした私は、それからロースを選んでいる。でも月に1回と決めて、食べる回数を減らした。一応スタイルは気になるし。
「食べても大丈夫なカツ。だから奇跡のポークカツです。」
「それにします!」
即決の優ちゃん。結局サラダや気になった何品を言うと、サラダとカツ以外はハーフサイズにしてくれることになった。なんかフレキシブルだわ・・・このお店。
「おいしい・・・ええ!ビールとフルーツがこんなに合うなんて。」
「でしょ?試したからこその経験値ってこと。食わず嫌いや飲まず嫌いは人生の損だよ。」
「ほんとだね。」
「それで?トアさんとどう知り合いなの?お店のお客さん?」
お店のお客さんでは・・ある。でもちょっと違う、色々と。
「それもあるけど、近所のお友達かな。」
優ちゃんの眉がピクンと動いた。
「ご近所さん・・ね~。へ~えええ。」
「なによ!」
「サカのそんな顔久しぶりに見た。なに照れてんのよ、近所の友達だけど違いますってバレバレなんだけど。」
あちゃ・・・ぁ。
「ここのお店は味が抜群、スタッフ素敵、雰囲気よし。どこに文句つけろって所。まずシェフが格好いい。タイプが全然違うのがいいよね。私は飯塚さん派。」
「派閥?すごいね。でも絶対恋人いると思う。」
「うん、残念ながらそうらしい。」
「もう一人の人がオーナーシェフ。つい目で追っちゃう感じがしない?一緒にいたら楽しそう。」
ミネさんか。トアさんがよく話題にする人だ。色々知っていて真面目、料理は真剣、そして優しい。あとは・・・映画の趣味がいいだったかな。
「お客さんとの距離感が絶妙で、逆に踏み込めないっていうのが、ほらあの人。」
スタバの帰りにお店の前を通った人だ。パリっと糊のきいたワイシャツみたいな印象。優しそうだけど怒ったら怖いのがああいうタイプよね。女性はそういうところ敏感だから踏み込めないっていうの、よくわかる。
「ハル君はかわいいよね。お姉さまたちに人気。」
ああ、でも別にお姉さまじゃなくたって好きになりそうなタイプ。というか一生懸命な感じがビシビシ伝わってくる。トアさんは「ハルさん」って呼んでいる。きっとしっかりした人なんだろうな。
「お待ちどうさまでした。」
トアさんが持ってきてくれた「奇跡のポークカツ。」
「うわ!分厚い!」
びっくり顔の優ちゃん。きっと私もそんな顔をしているはず。
カツは3cmはあろうかという厚さだ。こんな厚いカツって何分揚げればいいの?なんで焦げてないの?
絶対自分では作れない。
「お取り分けしますね。」
トアさんはカツの真ん中にサクっとナイフを入れた。あれ?なんで?
ナイフは何の抵抗もなく肉に埋まる。
綺麗に取り分けられた皿をまじまじと見てからトアさんを見る。やはりそこにはニッコリのトアさん。
「実はこれ、肩ロースの塊を圧力鍋でトロトロに煮込んだあとカツにしているのです。」
「えっ・・・。」
「フワフワでサクサク。そして衣はパン粉が3割、あとの7割は高野豆腐を細かく砕いたものを使っています。ソースはお味噌とアマニ油とゴマ。豆製品同士なので相性抜群。もちろん豚肉ともぴったりです。歯が弱くなった方、あとは糖質を気にしているお客様にも思い切りカツを食べてほしいというシェフの工夫です。カロリー云々ではなく、低糖質料理なので、とんかつより太らないそうですよ。僕はまだ栄養の仕組みが不勉強なので聞かれてもお答えできないですが。」
まさに奇跡のポークカツ。柔らかくて太らない?っていうかそんなカツ食べたことがない!
トアさんはニッコリして背を向けた。私はもうテレている場合ではなく、もうこのカツを頬張ることで頭がいっぱいだ。
「いただきます!」
むふ~~~ん。柔らかい!でも衣はサクサク!そしてお味噌がいい!お味噌のドレッシングみたいなソースに仕上がっていて、これ野菜にかけても美味しいよね、絶対。
商品になっていたら間違いなく買って帰る!
「なんか・・・泣きそう。」
モグモグしながら優ちゃんが私を見る。だってね、少し前はもやしの焼きそばを食べる予定だったんだよ?それも2袋のもやしで野菜を摂取しようとしていてね・・・パスタとかチャーハンとか炭水化物の一皿晩御飯のはずだったんだよ?
それなのに、こんなおいしいものを食べているって、ものすごく幸せじゃない!
涙だって出てきそうになる。
「うん、わかる。ここにくるとね・・・美味しいとか嬉しいとか幸せ~とかね。すべてがポジティブになるの。だからすごいと思う。ここのお店全部がね。
言ったでしょ?味抜群、スタッフ素敵、雰囲気よしって。」
「うん・・・また来たい。」
「そういうこと、食べながら今度いつこようかって考えちゃうの、毎回。」
ニコっと笑う優ちゃんと笑い合う。私の視線の先にはトアさんがいて、お客さんと会話したり、颯爽と料理を運んでいる。私の知らないトアさんだけど、今はもうフクザツな気持ちにはならない。
美味しくてうれしくて幸せで・・・そしてトアさんは格好よくて誇らしい。
お客さんを笑顔にしているその姿は素敵以外の何物ではなかった。
今夜ここに来てよかった。
トアさんに出会えてよかった。
やっぱり、私はずっとトアさんと一緒に居たい。
そう思った。
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