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december.11.2016 新しいクリスマス
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「なあ、クリスマスは3日とも開けるのか?」
「3日って何?クリスマスはイブと本チャンの2日だろ?」
「イブイブ、イブ、本チャンの3日だろ。」
何を当たり前の事聞き返してるわけ?そんな顔をした儀がソファから見返してきた。俺は両手にマグカップ。それをテーブルの上にコトンと置いて儀の隣に座る。
「そんなに増やしても意味ないって気がするな。」
「誰かさんのお誕生日が祝日になった年からそういうことになってんだよ。」
「今年は25日休むことにした。」
儀が「へえ~」と言いながらマグに手を伸ばす。日曜日は一緒に飲むコーヒーから始まる。俺はこのボケボケした朝のまったり感が気に入っている。
「あ~25日は日曜だしな。」
「クリスマス本番っていってもイベント最終日の夜だろ?浮かれ気分がしぼみ始めて「明日は仕事かよ。」って事になる。そんな辛気臭い雰囲気になるくらいなら家にいたほうがいい。
23,24日で相手をみつけたヤツ、みつからなかったヤツも揃って自宅で現実に向き合う。25日はそんな日だと思わないか?だから俺は休む。儀の言う通り日曜日は定休日だし。」
「じゃあ、朝まったりコーヒーをして昼からクリスマスだな。うまいもんを喰って酒を飲んで、知り合いじゃないキリストさんの誕生日を祝うとしよう。」
クリスマスか。これといって思い出に残るクリスマスはない。子供の頃、目が覚めたら枕元にあるプレゼントが最高の記憶だ。大人になればなっただけ、クリスマスは浮かれたものに変わる。「いいじゃないか、今日はクリスマスだ。」「こんな夜に一人でいるのはつまらないよ。」そんな口説き文句が店内のあちこちで囁かれ、クリスマスを免罪符にして男達がドアの外に消えていく。それがきっかけに恋人になる二人もいるのだろう。いつものようにその場限りの関係がひとつ積み重なるだけの二人だっている。
一人でいても不具合を感じない男は家で過ごすはずだ。あえてクリスマスの夜に乗り込んでくる男は寂しいという看板をぶら下げているようなものだ。
「なんだろうなクリスマスって。一人でいるのが寂しいって感じる度合いがMAXになる。それで店の売上はプラスになるから有難いけどさ。いつもよりまとまる奴らが多い気がするし。」
儀は少しだけ眉間に皺を寄せた。絶対昔の自分を思い出しているはずだ。クリスマスやバレンタインデーにかこつけて口説いた男達の事を。
「平日より実りがあるってことだろ?」
意地悪半分、好奇心半分で俺は聞いた。
儀はふうとため息をついたが、そこに少し声がのってブウと聞こえる。俺はこらえられずに噴き出してしまった。
「どこの子供だよ!ぶううって。」
ケラケラ笑う俺を儀は足でグイと押した。ソファに横倒しになりながら腕に乗る儀の体温を感じる。靴下履かないと足冷たくなるぞ。
「人間が行動するには動機がいるんだよ。それと言い訳。」
「動機はわかる、言い訳って?」
儀はマグをテーブルに置いて、俺の腕を引っ張った。正しい位置に身体を戻した俺に儀は言う。
「あまりよくない結果になっても「クリスマスだったから。」「ちょっと浮かれていたから。」という言い訳。言い訳・・・というより慰めかな?」
「いい結果になったら?」
「そりゃあ、勇気をだした俺はエライぞ!サンタさんありがとう!とかそういう感じになるんじゃないの?」
「そっか。個人的には言い訳できない状況で腹を括ってくれたほうが嬉しいけどな。イベントに便乗するより信用できる。」
「ヒロらしいな。」
もう少し意地悪をしてやるか。
「じゃあ俺もクリスマスに便乗する。儀、お前ここに何食わぬ顔で暮らしているけど引越しはどうなったわけ?」
必要最低限の荷物だけ運びいれた儀は、わずかな持ち物をトランクルームに預けた。一番小さいスペースでもガラガラの状態。どこまで潔く物を捨てたのかと言ってやりたかったが止めた。退路を塞ぐ覚悟っていうのが形になっているような気がしたから。相変わらず俺は儀に甘い。
「おお、それそれ。」
儀は立ち上がってリビングの床に置きっぱなしにしていたカバンから何枚か紙を抜き取る。それをテーブルの上に並べ俺を見た。どうだ!と言わんばかりの顔。お前は小学生か?
「おすすめ物件が来た。不動産の仲介は通してくれってさ。敷金礼金は1つずつ。家賃は1万安くしてくれるって。持つべきものは友だな。」
間取りと委細のプリントアウトが3枚。すべて2LDKで鉄筋。バストイレは別だし見た感じはどれもいい。
「まず、これ。ここは角部屋で日当たり抜群。小さいけどバルコニーがある。ただし4階建てだからエレベーターがない。4階まで階段。収納が少ないらしい。」
「収納たって儀は物ナシだしな。それに階段は今も一緒だろ。」
「エレベーターなし物件だと大きなものを買ったとき配送料とか設置料が上乗せされたりするらしい。」
「ああ、なるほど。」
儀は真ん中のプリントを指さした。
「ここはデザイナーズマンションとかリノベーションとか何とかで、ようは古い物件をリフォームしたってことだ。築30年ってどのくらい古いのかわからん。こじゃれた間取りに見える。」
「でもさ、こういう台形とか三角に区切られていると使い勝手悪くないのかな。コンクリートうちっぱなしの壁って冬冷たそうだし。外観は築30年には見えないけど水回りとか気になる。」
「最後がこれ。見た感じ普通。ただ目の前が電車の停留所で1階にコンビニがある。ボロいスーパーが歩いて1分。便利さが売り。」
「それで儀は?」
「言っただろ、俺はどこでもいい。」
「俺は見ないと決められないな。雰囲気とかあるし。これ全部7万でいいってこと?」
「いいって言ったぞ。」
儀の節操なしとはまた違うタイプの男。正直俺は友達になれる気がしないが、儀とはウマが合うらしい。自由業で不動産持ちってどんだけ恵まれた環境なんだか。
「静だって、俺達から儲ける気はないだろうし。ただこの物件全部一月末まで空かないらしい。」
「はあ?それを先に言えよ。」
「それはそうなんだけど、腹くくって同居するなら妥協はするなって言われて、それもそうかなって気になってさ。引越しの時期よりもヒロが満足できる条件を選ぶ方がいいだろ?」
まさか引越しを反故にするきじゃないだろうな。
そんな俺の考えを読んだのか儀はきっぱり言った。
「引越しはする、絶対する。ちゃんとヒロと住むって決めたし、旅行だって行く。引越してよかったなって物件のほうがいいから、もう少し待っても大丈夫だよ。」
「真冬の引越しなんて、考えただけでも寒い。」
「大丈夫だって、荷物少ないし。ヒロも少しずつ物減らしているし。」
それはそうだけど。
不動産の前を通る度に掲示されている物件情報をチェックしている。この3物件はとんでもなく条件がいい。安いし場所もばっちりだ。あとは実際見て雰囲気と結露や水回りを確認したい。
「ってことはだ。1月末に住人が引越しを終えて清掃入れたり補修して住める状況になるのは早くて2月10日前後だよな。」
「そう・・・なるのか?」
「そうなるよ。ここの家賃は2月分を日割りにしてもらうとして、出る事を不動産に言わなくちゃいけない。この3物件が難ありだったらどうする?ほかの不動産にもあたりつけておくか?」
「この3つのうちのどれかはイケると思う。不動産行ってルームシェアしますって言うわけ?
こんなおっさん二人だぞ。リーマンとバー経営者のルームシェアなんて疑問の泉だろうが。」
「まあ・・・そうだけど。」
高校時代からの友人です。その言葉にどれだけ意味があるだろう。店の名前でピンとくる人間がいるかもしれない。男の二人暮らしと聞いて断る大家がいたら凹む。
「そんな顔するなって、大丈夫だから、な、ヒロ。」
儀が大丈夫だって言えばそんな気になる俺。儀にも甘く、自分にも甘い。
「なんとかなるか。」
「おお、なんとかなるってか、なんとかしようぜ。あとこれ、これ。」
儀はさらにちらしを一枚俺に突き出す。
「これ、キイちゃんの所だ。」
「そうなんだよ、このクリスマスのBOX、二人用の予約しようかと思って。それでヒロの休みを確認したのに、なんで引越しの話になったんだ?」
気持ちが浮き立つような料理が詰められたBOX。儀にパスタを作ってもらって、このBOXがあれば立派なクリスマスができる。
面倒臭い日付だったクリスマスが楽しみになる感覚は新鮮だった。そうか・・・だから皆クリスマスが好きなのか。
何を贈れば喜ぶかな?喜ぶ顔を思い浮かべながらプレゼントを選ぶのだってきっと楽しいはずだ。
そうか・・・これがクリスマスか。
「予約ついでにランチに行こうか。」
儀はニンマリして言った。
「それはいい考えだ。ベーコンと玉ねぎのトマトソースパスタあるだろ?あれの味を盗めないかな。」
「ツナをベーコンと玉ねぎにしたら何となくそうなるんじゃないのかな。」
「でも玉ねぎベーコンにオレガノは入っていないぞ?絶対秘密があるはずだ。それをこっそりキイに聞く。」
「おいおい。そりゃあ味を盗むんじゃなくて教えろっていう強要じゃないか。」
「今日はトマトソースのパスタを食べるぞ。ツナトマト以外のレパートリーを増やさないと。」
「なんで?」
儀はプイと横を向いた。少しだけほっぺたが赤いのは見逃してやることにする。
「そりゃあ・・・クリスマスに新しい味のパスタがあったほうがいいって・・・ことだ!
シャワー浴びてくる!」
何だ、この野郎。かわいいじゃないか!
遠ざかっていく背中まで照れているようで、ますます嬉しくなる。
そうか・・・クリスマスか。
動機と言い訳が使い放題の日。儀が選んだのは色っぽい物でもなんでもないーパスタだ。
俺達が二人で「旨いな」と言い合うための一皿。
儀のおかげで、クリスマスが待ち遠しくなった。
儀・・・いいクリスマスにしような。
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