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november.25.2016 シネマレストラン「雲の中で散歩」
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クリスマス。
一人でいたくないから手を打ってカップルになって・・・それって長続きするのかしら。
世間では一人でクリスマスを過ごす人を「くりぼっち」というらしい。
23日から25日、あえて出歩かない人が多い。私は予定がないから映画でも見ようかなと言ったら同僚がウンザリした顔をした。
「カップルばっかりだよ。」
「別にカップルを見に行くわけじゃないし。」
呆れ顔の同僚が言う。
「ホント見た目を裏切る発言よね。おとなしそうな外見に似つかわしくないシビアな返事。」
「好きでおとなしそうな見た目に生まれたわけじゃない。」
私の顔は純和風だ。押しの強さを感じるパーツはひとつもない。切れ長の目、高くも低くもない鼻。鼻と同じ幅しかない小さめな口。ぱっちり二重に憧れた時期もあったけれど、地味な顔は化粧映えがすると言い聞かせて納得した。美人でもない、可愛い顔でもない。でも悪くないと思っている。自分くらい自分の顔を認めてあげなくちゃね。
最近の私はクリスマスという言葉を聞くと軽く落ち込む。12月に入ってから違う課の男性に交際を申し込まれた。これといった接点も何もない人。名前もしらない、あまり印象にも残っていない男性に「はい、お付き合いしましょう。」なんて言えるわけがない。
人は悪くなさそう・・・これが私の印象で他に何も感じなかった。だからお断りしたら、その男性はあっさり引き下がった。それも何だか腑に落ちなかったし、気持ちが感じられなかった。
そして何日か経って、その男性が同じ課の男性陣と喫煙室に入る姿を見かけた。私に背を向けていたので気づかなかったのだろう。
「おとなしい顔しているから楽勝だと思ったのに、まさか断られるなんてさ。」
「それで?他にもアタックしたんだろ?見つかったのか?」
「ん~まあ、とりあえずはな。」
人を馬鹿している。久しぶりに頭に血が上った。おとなしそう、おとなしい顔をしているからって意見も意思もないだろうって、どれだけ失礼な思い込みなんだろう。
私がよかったわけではなく「断らない相手」として候補に挙がったことが情けない。
そこまでして一人でいたくないのだろうか。
クリスマスを台無しにされた気分はなかなか消えてくれなかった。
でも一人で引きこもっているのは負けたような気がして、23日私は一人ででかけた。
お洒落をして街を歩く。色とりどりに装飾された店をひやかしで覗いたり、スタバで本を読みつつ、通りを歩く人を観察して時間を過ごした。
そのあと、デパ地下を物色して美味しそうなクリスマス仕様の惣菜を眺める。お腹がグウとなった。
テイクアウトもいいけど、ゆっくり食事を楽しみたい。
迷わず向かった店は最近の私のお気に入りだ。複数で来ても楽しめるけれど、一人で来ても全然寂しくならない不思議なお店。ここに一歩足を踏み入れると、お客さんやスタッフが皆知り合いみたいな共有感がある。ほっと安心できる場所が周りに少ないって人は多いと思う。でも皆に教えたいお店じゃないあたりが・・・悩ましい。
「クリスマスに一人」そう気構えて入ったけれど、ポツポツ一人客がいる。少し気が楽になってメニュー選び。
いつものランチにオプション・・・ああどうしよう!AもBも両方と言いたいところだけど、食べきれなくて残すのは申し訳ない。
悩みぬいて6種盛りに決めた私はオーダーを伝えるために手を挙げた。
「ふうう・・・」
お腹がパンパンなんですけど!でもとっても幸せな気分だ。せっかくのクリスマス、美味しいものが食べられるチャンスなのに出歩かない人は損をしている思う、うん、絶対。
斜め前のテーブル席の女性二人がメガネをかけたスタッフに何やら聞いている。盗み聞きってわけじゃないけど聞こえてくるからしょうがないよね。
「トアさん、キアヌのベストは何ですか?」
「ええと、それは僕のベストってことですか?」
「そうです。私たちは断然「マトリックス」なんですよ。あれより格好いいキアヌの映画ってあります?ないですよね。」
キアヌ・リーブス。「マトリックス」は見た。最初はおお!って思ったけどシリーズになって何だかな~というのが私の感想。あの人他に何の映画でているかしら。そう言われてみるとよく知らない。
「『ビルとテッドの地獄旅行』が一押しです!いえいえ、嘘です。」
テーブルの女性二人はキョトンとしている。私も心の中でキョトンだ。タイトルからしてすでにダメそうな匂いがプンプンしている。きっと若い頃にでた映画なんだろうな。
「素敵なラブストーリーはありませんか?」
「『イルマーレ』『スウィートノーベンバー』あたりですかね。あとダイアン・キートンの年下の恋人役っていうのもありましたよ。」
「・・・素敵なんですか?それ。」
「映画の感想は人それぞれですからね。」
トアさんと呼ばれた彼はパチンと指を鳴らした。
「忘れていました。キアヌなら『雲の中で散歩』が僕のベストです。」
「聞いたことないですね。」
「1990年代の映画ですから、けっこう前ですよ。
終戦を迎えて帰ってきたら妻は冷たく裏切りが背景にある状況。新たな仕事を探している時、一人の女性に逢います。彼女は結婚がかなわない相手の子供を身ごもっていたのです。結局キアヌはお腹の父親として彼女の家族に会うことになります。そして・・・というストーリーですが、映像も綺麗ですし、なんといいますか・・・いいです。僕は好きですね。」
ああ、そうか。あの日曜日の番組の人だ、トアさん・・・映画に詳しいスタッフ。ということはレンタe-zoには、きっとこのDVDがあるってことね。帰りに寄って行こうかな。
訳アリの女性、そして父親の役を演じるって、なんだか時代劇の人情ものにありそうな話。本当に素敵な映画なのかしら。
ふと顔を上げた先のテーブルの男性と目があった。向こうもおひとり様。きっとこの人も今の話を聞いていたのね。共犯じみた思いが私の顔を笑顔にした。向こうからは控えめな会釈。
そうね、DVDを借りて帰ろう。
何故かそう思った。
<<12/25>>
結局私はまたランチを食べにここに来た。どうしてもランチのBが気になったし、クリスマス限定メニューを逃したら1年待たなくてはならない。それは悔しい。
25日の店内はカップルよりも、家族や友人同士のお客さんで一杯だ。イブは特別な人と、25日は身近で大事な人とってことかしら。
私は相変わらず一人だけど全然気にならない。
トアさんの言っていた映画は久しぶりにみたラブストーリー。そして単純なストーリーだけど引き込まれてしまい、随分真剣に見たせいかあっという間にラストになった。一生懸命でいい人達が沢山でてくる映画ってあまり見たことがない気がしたし、映像が綺麗だったのも満足度が高い。
時代劇風人情物ストーリーも気にならなかった。
巧く言えないけど「いい」感じっていうのがピッタリ。
ドアの開く音がして何となくそちらに視線を送ると、2日前目があった男性だった。今日は誰かと待ち合わせかしら。
「ただいま満席なので、こちらでお待ちいただけますか?少しお時間がかかるかと。」
トアさんの声が聞こえてきた。彼は一人ウエイティングの席についた。
どうしようか・・・。
5分たってもまだ彼は一人で座っていた。
どうしようか・・・。
今日はクリスマス。いつもと違うことをしてもいい日じゃない?
「すいません。」
トアさんが近くに来たので声をかける。
「はい、何かお持ちしますか?」
「あの・・・今待たれている方は待ち合わせですか?」
トアさんは彼の方に目を向けて私に言った。
「いいえ、お一人様ですよ。」
「・・・あの、あちらの方が嫌でなければ相席でも構いませんよ。」
「そうですか、では聞いてまいりますね。」
トアさんを目で追いそうになってやめる。じっと見られたら変に思われてしまうかもしれない。私はバッグの中を確認しているふりをするために下を向いた。
そして足音。
「失礼します。」
トアさんの声で視線をあげると、彼がトアさんの横に立っていた。
「お言葉に甘えることに・・・あ、そのDVD!」
バッグから少しはみ出していたDVDは「雲の中で散歩」
「借りにいったら貸し出し中だったんです。」
「・・あ、そうでしたか。1本しかなかったですしね。」
「今日返却ですか?あ、すいません立ちっぱなしで。座っても?」
「ええ、どうぞ。」
座った彼にトアさんがメニューを渡す。
「映画が取り持つ縁ですね。映画みたいな出逢い、それに今日はクリスマス。素敵じゃないですか。メリークリスマス。」
トアさんの言葉がくすぐったい。
そう、今日はクリスマス。
いつもと違う日、いつもと違う時間。
いつもと違う私。
心の中でそっと呟いた
「 Merry Christmas 」
END
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