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apr.16.2017 Spring is right around the corner
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「かしこまりました。お気をつけて、ええ、大丈夫ですよ。お待ちしております。」
丁寧な対応は勿論、理さんです。お客様からの電話ということは、予約の変更でしょうか。お待ちしておりますということは遅れるという連絡かも。う~~ん、微妙すぎる。
電話を切った理さんはキリリと表情を引き締め、僕に向かってきます・・・やはり。
「トア、12時のお客さん30分くらい遅れるって。」
「え、まさかコースの?」
「そう、そのまさか。12時半からの予約とかぶる。」
「両方ともコースですよね。」
「そういうこと!16名分イッキ出しになるよ、気合いれて動かないと。ランチのお客さんをできるだけ早くさばくしかないね。」
さばくといいましても、12:00~1:00のランチタイムはただでさえ熱い時間帯。そこにコースが入っているだけで厄介なのに、両方がブッキング・・・あわわわ。
スタスタ厨房に向かう理さん。そのあと「うっそ~~~ん!」というミネさんの声が聞こえてきた。ええ、わかりますとも。ミネさんはこれでシリアルキラースマイル決定です。
その間も入り口のドアが開き、ご新規さんが入店されている。お客様をテーブルに案内し終わったハルさんの耳元でコソコソ。
「10名様30分遅れてコースが重なります。」
「・・・え。」
「この時間帯はランチメニューに絞った方がいいかもしれないですね。アラカルトをオーダーされるお客様にはお時間いただきますとお伝えしたほうがいいですね。」
「ですね。」
ハルさんは厨房に目を向けた。そこではお二人がバタバタと慌ただしい動きを見せている。前菜、グラタン、豚肩ロースの煮込み、パスタ、最後にデザートとコーヒーというディナーに比べれば品数が少ないコースとはいえ段取りしないと大変なことになります。メインが煮込みなのが救い、これがディアブロだったらコース以外のオーダーが滞るところでした。
「いらっしゃいませ。」
ドアの音に振り返れば、ニッコリ笑顔の西山さんです。
「予約していないけど、大丈夫かしら?」
「はい、大丈夫です。テーブルにご案内します。」
「ええ、お願いします。今日も盛況ですね。」
「さらにこれから大盛況の予定です。」
「それは大変。とりあえずワインの赤をボトルでお願いできますか?オーダーは落ち着いた頃にお願いすることにします。ブルスケッタだけ頼んでおこうかな。」
「気を遣わせてしまいましたね。」
「いいえ、時間はたっぷりあるので急いでいる人に譲ります。」
他のお客様も皆こんな方ならコース軍団に集中できるのに。そんな都合のいい妄想はやめましょう。千客万来!忙しい時ほど笑顔と気合、お客様をもてなしてホールを回す!
お客様はそのあとも続々入店。日曜日とあって、アルコールのオーダーもあるのでホールチームはてんてこ舞いです。ドリンク作って運び、空いた皿を下げる。「あがったよ!」の声でアツアツの皿をお客様に届ける。
理さんはウェイティング時間を正確に見極めお客様に伝達。ハルさんはお客様をテーブルにご案内しつつオーダーをとる。僕がドリンクを担当しながら出来上がった料理を運ぶ。
このコンビネーションのおかげでホールは殺気立つことはない。お客様は会話と料理を楽しみ、僕らは笑顔で対応してSABUROの空気がフワリと変わっていく。熱いのに柔らかい、活気と熱気、そして優しい何か。この空気を作れた時は抜群に気分がいい。僕達スタッフとお客様の一体感は病みつきになります。
そしてやってきました10名様、その5分後に6名様。コースが開幕です!!
<<厨房
「こういう時はパスタが一番厄介!コンロ二口占領状態だし。」
「増やすか?」
「飯塚!魔法でコンロ出して~~」
「できるならとっくにやっている!」
忙しい時に限って村崎はくだらないことを言う。これは村崎なりのクールダウンで動きをコントロールする。口から出るのはどうでもいい事だが頭の中はフル回転。一番効率のいい動き、一番早く出せる優先順位を瞬時に判断して迷いなく腕を動かす。
特に決めたわけではない分担を二人でこなし、オーダーを一つずつやっつける。しかし途切れる事なくオーダーが次々と告げられるからちっとも減らない。そしてシンクにはどんどん皿が積み重なっていく。
「メインを煮込みにしてよかった。」
「今の時期はいいが真夏に煮込みはどうなんだ?」
「だ~~な。夏はカッペリーニで冷製パスタにするか。2分かからないで茹で上がるし、ブルスケッタの頭と同じにすればコンロ一口でOKじゃない?」
「忘れないうちにホワイトボードに書いておけよ。」
「いや、今はホワイトボードまで行く時間がもったいない。グラタンいけるか?」
「いける。」
「トア、グラタンいつでもいけるよ!」
ドリンクを作りながらトアが振り向く。
「了解です、前菜はいきました。6名様テーブルはこのドリンクをだせば整います。」
「1皿5分じゃないことを祈ろう。こういう日はトアのプレートランチさまサマだ。これのおかげで15人分は楽できる。」
「15台全部はけましたよ。このあとは続々通常ランチのオーダーになりますよ。」
「うぎゃあ~言わないで!そういうことは言わないで~~~」
うぎゃあと言いながら手元には均等にスライスされたトマトが16枚。1cm程の厚さのトマトはフライパンで焼く。焼いたトマトは甘みとうま味が増すからだ。肩ロースの煮込みにトマトを乗せ、刻んだイタリアンパセリとガーリックチップをふりかける。ふわりと柔らかい肉、ジューシーなトマト、カリカリのガーリック、パセリの香り。色々な食感と風味が楽しめる一皿。
「ミネ!10名様グラタンいける?」
「OKOK、いけます、いきまくりです!」
・・・もう少し言葉を選んだほうがよくないか?
「飯塚!グラタンよろしく。」
「了解!」
来週から忙しくなるが、今週は静かそう。それが俺達の予測だったが大ハズレ。
春めいてきたし、外にでたくなる時期だから客足に変化がでてきたのだろう。暇よりずっといい、もうひと踏ん張りしてランチを乗り切ってやる。
春と言えば・・・冬の代謝が落ちた時期に体内に貯まった物。山菜はデトックス効果があって、冬を乗り切った身体をクリーンアップしてくれるらしい。山菜は春に食べるからこそ意味がある。
去年紗江さんが送ってくれたフキはうまかったな・・・。
「フキの炒め煮が食べたいな。トア!グラタンあがったぞ。」
「フキ?飯塚、フキって言った?俺に似てきた?仕事しながらヘンテコリンなこと言ってるぞ?」
「ヘンテコリンでもなんでもない、いたって正気だ。」
どんなに忙しくても焦ったり殺気立ったりは禁物。ギスギスすればそれが皿に移ってしまう。村崎も俺も考えることと腕が繋がっていれば、口からでる言葉はくだらなくて結構!
<<西山テーブル
「一人の時間を楽しむお気に入りの店に、俺を連れてきてよかったのか?」
「何らしくない事言ってるんですか?」
「らしくない?俺をどんな男だと思ってるんだか。」
一人でゆったり過ごすSABUROの時間は私にとってストレスを振るい落とす大事な時間だ。
でも・・・それを誰かと共有したいと思い始めたから一緒に来た。いつも一人の私に慣れているはずなのに、いっさい表情を変えることなくいつものように迎えてくれたトアさんは流石。テーブル席に案内してくれたし(それも柱の陰のテーブル)
ブルスケッタをちびちびつまみながら活気ある店内を眺めていれば退屈とは無縁だ。「おいしそ~!」「おいしいね。」があちこちで飛び交い、笑い声と会話が店内に響いている。煩いとは違う心地よさが不思議。最初に来た時も不思議だって感じた感覚は今も続いている。この場所はいつも同じように私を迎えてくれ、当たり前に緊張している毎日を忘れさせてくれる心地よさ。
ずっと背中ばかり見てきた人と向き合うことにまだ慣れていない。気恥ずかしくもあり、落ち着かない。それでも向き合う立ち位置は安心できる。SABUROとは違う心地よさがあって・・・飛行機に乗る回数が自然に増えてしまった。
「いつになったら引き払うんだろうな。」
「東京の家?まだしばらくはあのままかな。」
「やれやれだな。」
「いつでも帰ってこられる、そういう状況になったら向こうでしかできないことをもう少しやりたくなって。」
「一大決心で贈った花が裏目にでたか。」
「私の恋愛運がよくないの一番知っているじゃないですか。慎重になって当たり前です。」
「あんなチャランポランの若造と一緒にするな。俺は大反対したのに聞かなかったくせに。そして今度は慎重?なんだ、それ。」
「石田さん。」
「なんだよ。」
「今回は私失敗したくない。」
「え・・・。」
「そういうことです。」
「・・・そうか。」
「もう少し大人の遠距離を楽しみましょう。」
「・・・やれやれ。」
急いで進める事はない。背中を追ってきたのに、その反対側に立つ立場になった。自分の生活を変化させる時期だという確信はある。
それでも・・・やはりまだ慣れないし、気恥ずかしい。素直に言葉に出せる、そんな私になったら札幌に帰ってこよう。そして新しい二人の立ち位置を見つけて時間を重ねる。
だからね、慎重に・・・ゆっくり。
大人の遠距離・・・か。トアさんの脚本に活かせるかもしれない。手帳にメモをしようと思ったがやめた。今は仕事の時間ではない。
見慣れた背中ではなく、この人と向き合う大事なひとときを大事にしないとね。
少しずつ慣れていこう、この人の笑顔に。
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