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august.22.2017 頼りになる男前
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「それで?あらたまって今度はなんだ?」
飯塚の言う「あらたまって」はスタバで向かい合う俺達のことらしい。あらたまったわけじゃないけど、相談するとなったら飯塚かサトルになる。ソイラテをジュ~と吸い込んでカップを置くとため息がでた。
「まさか北川と喧嘩したのか?」
「いや喧嘩はしていないよ」
「じゃあなんだよ」
「親父たちが一時帰国する」
飯塚はゆっくりカプチーノのマグを置いた。片方の眉がピクリと動き俺を見詰める目は真剣なものに変わった。俺は助けがほしいのよ。
「いつ?」
「まだ決まっていないけど、今月中だろうな。温泉と人間ドックは行くらしいけど、何日いるのかまだわからない」
「北川をどう紹介するつもりだ?それ話し合ったんだろうな」
「俺は同性で同棲ですを宣言するつもりだったけど、ハルに待ったをだされた」
「だろうな」
「率直な意見を聞きたい。飯塚はサトルのこと親に言うつもりはあるのか?」
飯塚はマグカップを両手で包んだあと持ち上げて一口飲みこむ。白い泡で覆われたカップの中身に視線を落とした。
「正直な話どっちでもいい」
「どっちでも?」
「言っても言わなくてもいい。どちらの選択も可能だし、状況に任せるつもりだ。知っての通り両親と俺の関係はドライだ。互いの生活に踏み込まない暗黙のルールがある。俺の前で自分の家庭の話はしない。俺も自分のことを話すことはない。当たり障りのない近況を交換して顔合わせが終わる。そんな関係なのに理と付き合っているなんて打ち明けて何になる?」
「何になる?って言われてもね」
「結婚しないのか、彼女はいないのか。そんなことを聞かれたら正直に言うよ。理と付き合っていて幸せだって。それで今以上に疎遠になったとしても、たいした差はない。だからどっちでもいいんだ。悪いが村崎の参考にならないな」
「う~~ん。そうか、言ってもいいし言わなくてもいいね。どっちを選択しても飯塚の場合影響が少ないってことか」
「人によっては残念な関係ですねって思うかもしれないが、俺はかえって都合がよかったよ。理に言ったことがある。両親が家族という言葉でイメージするのは現在の家庭のことだろうって。俺のことは「息子」であって家族ではない。俺も同じだ。両親は「親」であって家族ではない。俺にとって家族は理のことだから」
う~~~む。飯塚の言う通り、全然参考にならない。選択を間違ったか……サトルに聞くべきだったかな。
「北川は言わないでほしいということか?」
「最終的には俺の決定を受け入れるって言ってくれたけど、言わない選択もありますよって。打ち明けられた側の負担を考えたことありますか?と言われた。俺、そこ全然考えてなかったのよ。北川さんと広美さんにお付き合い宣言した経験値しかないもんだから」
「理が両親に嘘をついている気持ちになるって悩んでいた時期があった」
「あ~聞いたことがある。言わないことにしたんだろ?」
「北川は『親に話して理さんが楽になりたいのなら言わないほうがいい』と助言した」
「やっぱり、ハルはそういう意見なんだな」
「最悪のカミングアウトだったからそう考えるのは理解できる」
「まあ、そうなんだけど」
「紗江さんも同じことを兄さんに言ったらしい」
「サトル姉が?」
「兄さんの所に昔の男が押しかけたことがあって、その時昔の自分のことを親に言うべきじゃないかって紗江さんに相談した」
「うん、それで?」
「聞かされる側のこと考えた?って」
「ハルと同じこと言ったのか」
「兄さんは理が悩んでいることを察知して、俺に紗江さんとのやりとりを言ってくれた。一緒に悩んでやってくれって」
「言わないほうがいいぞってサトルに言ったのか?」
「いや違う。理が打ち明けるというなら一緒に理の両親に向き合う。言わないと決めたなら俺は何も言わないって伝えた。ただ兄さんが言っていたことを伝えたよ。その時北川にも同じことを言われたって聞いた。結局理は言わないことを選んだ。理の実家にいくのはいまだに緊張するけれど、武本家の中にいる俺を見る理の表情が……何て言うのかな、安心?ホッとしたような顔になる。ベタベタすることはないが、俺達が日々仲良く暮らしていることを言葉にする。直接言わないまでも理なりに伝えようとしているのかもしれない。だから俺は理の実家に行くことを断らないし、理といて楽しいことを隠すこともしない。これがこの先どういう結果になるかわからないけれど、スタンスを変えるつもりはない。兄さんと紗江さんに応援してもらっているだけでも有難い状態なんだし」
俺の気持ちはサトルが両親に対して考えることに近い。どんな形であれ、自分が幸せに生活しているってことを両親に言いたい気持ちはある。でも……両親がもろ手をあげて喜ぶとは思えない。
「悩ましい」
「正しい答えなんかないさ。全員考え方も環境も違う」
「そうだから、尚更悩ましい。ハルが言うんだ「ゲイでした。そして男の恋人がいます」っていうカミングアウトより衝撃が大きいってさ」
「それはそうだろうな。彼女がいますという想像しかしていない相手に「同性の恋人がいます」って言うわけだから」
「う~~~悩ましい」
「一つ聞くけど。村崎は俺の理に対する気持ちを知ってどう感じたんだ?」
「どうって……どうもしない」
「どうもしないって答えになってないだろ」
「う~ん。顔かな」
「顔?」
「サトルのことをまだ週末のオトモダチだって言ってた頃。サトルのことを話す飯塚はちょっと照れくさいのに嬉しいみたいな表情だった。それで、あ~友情飛び越えちゃったのねってわかったのよ。飯塚が誰かと付き合っている時にそんな顔したことなかったから。俺の試作を食べている時のほうが嬉しそうだったし」
「そんなことないぞ」
「あるって。だからさ、友情を飛び越えることってあるんだなって感想。気持ち悪いっていうのはなかったな。サトルに初めて会った時、納得だったし。デキル君で柔らかい雰囲気、無駄がない。一緒に仕事している今も思うけど、サトルはすごいだろ?人としても男としてもさ。飛び越えちゃった飯塚の気持ちわかるもんな。それを言ったら俺も飛び越えちゃった族だけど」
「だからこその悩みだな」
「言葉にするだけが答えじゃないのかも」
「どういうことだ?」
「飯塚の表情を見て俺が察したように、いつもどおりの俺とハルを見た両親が何かを感じるかもしれない」
「あるいは感じないかもしれない」
「うん……だからそれからでも遅くないのかな」
「答えはそれぞれだ。ただ一人で答えを出そうとするなよ。理も最初は一人で解決しようと頑張る。でも一人で出せない答えもある。その時まで待って俺は理と一緒に答えを出すんだ。一人では無理なことも二人なら頑張れたり進む方向が見えたりする。だから北川と話せよ」
「うん。それは釘さされているし」
「どんな答えをだしても、どういう結果になっても俺と理は村崎と北川の味方だ。トアだってそうだし高村さんもな。ちゃんと仲間がいる。だから北川と二人で今回のことを解決しろよ。散々な目にあったら皆で慰めてやる」
「心強いね」
「わかっていると思うが、北川を失うことこそが一番怖い結果だろ?」
「……うん」
「だったら頑張れるさ、村崎なら」
不覚にも涙が出そうになる。この男前は時に猛烈に男前に変身して俺が欲しい言葉をくれるから。やっぱり飯塚に話してよかった。
そうだね、ハルを失うわけにはいかない。それが大事だってこと。あらためて飯塚に言われて俺は腹を括った。
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