アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
november.12.2017 幸せな一大事 その5
-
ことの起こりは高村さんからの電話だった。トアさんが恋人のご両親に挨拶をすると聞いて自分のことではないのにドキドキしてしまう。
『ただでさえ緊張しいで危なっかしいだろ?慣れ親しんだ場所なら、いくらかアシストになるはずだ』
高村さんの言葉に納得。トアさんの一大事なら、臨時休業返上で皆が協力したのだろう。臨時休業のガランとした店内でご両親を前にしたら緊張が高まるだけだ。ザワザワした雰囲気やカトラリーの鳴る音、笑顔や活気。そういうものが無い中で「はじめまして」はつらいものがある。高村さんの言った「サクラ」とは店内の雰囲気作りのためだ。
食事が始まり、どのテーブルよりソワソワしていた私。だってトアさんファンNo.1という勝手な思い入れがある以上、状況が気になって仕方がない。
緊張気味のトアさん、その隣にすわるご両親は穏やかな雰囲気だった。思った通りお父さんは背が高い。トアさんの身長は完全に遺伝ね。
トアさんの向かい側の女性がトアさんの恋人らしい。とても感じがよくて柔らかい人。やはり人は自分に合った相手を見つけるのだろう。ふんわり、ほんわりしている恋人さんは私とは真逆のタイプ。
彼女の隣に座るご両親はマジマジとトアさんを見たあと言った。
「もしや、あのテレビの方ですか?」
そんな声が聞こえてきて身を乗り出した私は、石田さんに手の甲をつつかれた。
「見すぎ」
石田さんは笑っていた。この人は私と違って柔らかくて自分とはタイプが違いすぎる。そう考えたらなんだか寂しくなった。年齢差がカバーしてくれているのかもしれないが、本当に私みたいな女でいいのだろうか。この疑問は私の中に根深く刺さっている。
自信満々の人間に思われる私にだって弱点はある。こと恋愛に関して人に誇れる戦歴がない。そして今も大丈夫なのだろうかと心配の方が多い。いつになったら余裕が生まれるのだろう……そんな日が来るなんて全然思えなかった。
「気になって」
「わかるけどね。周りがヤイヤイ騒いでどうにかなることではないし。それにしても驚いた。ここのシェフは和食も作れるんだな」
綺麗にもられた前菜は美味しかったし、土瓶は抜群の味だった。土瓶の中身はいいつまみになりワインがすすむ。箸で食べられるように配慮された和食。さすがね、ここのスタッフの仕事には心がある。
ドアチャイムの音がして扉が開いた。今日は「貸切」のプレートがかかっているけれど、見逃したお客さんが入ってきたのかも。
「いらっしゃいませ」
すっと武本さんが出迎えた。ん?まだ招待客がいたのかしら。ドアを開けて入ってきたのは高村さん。現場監督の姿が見えないから不思議に思っていたのよね。
「磯田さん!」
思わず声がでてしまう。高村さんとにこやかに店内に入ってきたのは磯田さんだった。これが高村さんのアシスト?艦砲射撃なみの威力じゃないの!
私の声に磯田さんがこちらを見た。「やあ」と手を振っている。横の高村さんのドヤ顔……本当に油断も隙もない。
「これはこれは、磯田さん。ご無沙汰しています」
満面の笑みで歩み寄るのは北川さん。このやられた感……私はほんの小娘でサクラ程度なのが悔しくもあり、ワクワクもする。期待を裏切らない演出は流石といか言いようがない。
「知ってたんですか?」
石田さんはニヤニヤしながら頷いた。ここにも絶対勝てない存在が一人。でも圧倒的な差があるから私は甘えられるし少しだけ素直になれる。
「私だけが、いつも企みにのせられている気がします」
「最後の仕上げをしてこいよ」
石田さんにそう言われても最後の仕上げの意味がわからない。どうにでもなれとグラスに手を伸ばしたら高村さんの声。
「西山、ちょっといいか?」
高村さんは磯田さんと北川さんと並び、私を手招きしている。向かいの石田さんは行ってこいのゼスチャーで手を動かした。まるで「シッシ!」と追い払われるみたい、そんなことを考えながら立ち上がり、オジサマ軍団の所へ。
「皆さんでお食事でしたか。重光君とは広告代理店時代からの付き合いなんですよ」
にこやかだけど私には白々しくて赤面ものの高村さんの言葉。トアさんが座っているテーブルの全員がわたし達を見ている。ううう……恥ずかしい。
「重光君とは何度か一緒に食事をしたり、色々な話をしましてね。実にいい青年ですよ。なんでも映画の仕事が本業以上に忙しいようですね。まさかテレビに出る有名人になるとは。私も形無しですな。あっはっは」
い、磯田さん?この中で貴方が一番有名人です!
「実はこの西山があの番組の脚本を書いておりまして。ミツとはいいコンビで番組の評判も上々です。ご覧になったことありますか?」
高村さんの言葉にコクコク頷くトアさんテーブルの面々。恥ずかしさが絶好調になって私はピョコンと頭を下げた。「お世話になっております」とモゴモゴ言ってみたものの、トアさん以外の初対面の皆さんは面食らったことだろう。
「お食事中失礼しました。我々も料理をいただくことにしますよ」
お役御免とばかりに私の背中がポンと叩かれた。高村さんと北川さんは仕事の時だけ発揮する「業界人オーラ」を全身から立ち昇らせてテーブルに向かった。磯田さんはいつものハンチングでカジュアルなくせに飲食店「救いの神オーラ」をまき散らしている。
テーブルに戻ってトアさんのテーブルを見れば、あっけにとられたご両親たちと、複雑な顔をしたトアさん。
ふとトアさんが私を見た。「西山さん、知ってたんですか?」と言いたげな恨めしい表情に変わり、私はあわてて顔の前で右手を振る。「知らなかったのよ!私も!」という強い気持ちを込めたが伝わっただろうか……。
「これで会話が弾むといいな」
「どうでしょうね。それにしても高村さん、磯田さんまでひっぱりだすとは」
「面白いことが好きな人達だからね。でも作戦は当たりのようだよ。盛り上がり始めた」
石田さんの言う通りトアさんが質問攻めに合い、テーブルが活気づいていた。これをきっかけに打ち解けるといいけれど。
もうすこし穏やかなアシストができなかったのかしら?ほんとにもう!あのドヤ顔、写真に撮りたかったわ!
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
462 / 474