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jan.1.2018 HAPPY NEW YEAR!
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喉乾いた。隣の布団からハルのスヤスヤ寝息が聞こえている。「一緒のお布団でいいじゃないですか、今更です」とハルは言ったが、恋人の実家で抱き合って眠るなんてね、俺にはそんな度胸はない。二組の布団をピッタリくっつけることでハルは妥協した。家に帰れば同じベッドに眠れるんだから一日くらい我慢我慢。
大晦日の引渡しを終えて「じゃあ、また来年」と言葉を交わして皆と別れた。そして去年と同様、北川一家と年越しをするためにJRで移動。
初回は緊張と疲れがMAXだったせいで簡単にアルコールに負けて眠ってしまったが、今回はそれより長持ちした(と思う)
北川さん、広美さん、ハルとアキに「あけましておめでとう」を言ったあたりから睡魔くんが突撃してきたので失礼することに。それほど飲んでいないので体調はいいけれど喉が渇いて仕方がない。水を頂戴しましょうか。布団を抜け出ると枕元のパーカーを羽織って引き戸を開けた。
真っ暗かと思いきや、間接照明だけの光とほぼ無音状態のテレビがついている。ソファには北川さんが座り、ぼーっと画面を見詰めていた。今何時だろう。
「ああミネさん。テレビのあかりで目が覚めてしまいましたか?」
「いいえ、喉が渇いて」
「冷蔵庫の中に何かしらありますよ。どうぞ選んでください。ついでにビールをお願いしても?」
「了解です」
まだ飲むのかい!北川さんとアキは酒が強い。ハルは普通よりちょっと弱め。広美さんに似たんだろうな。
キッチンの冷蔵庫「失礼しま~す」と開けてミネラルウォーターを頂戴する。ビールは500mlの6缶パックが二つスタンバってた。それと白ワインが3本、CAVAが2本、ランブルスコ1本。ザルカップル並みにアルコールを備蓄している……正月にどんだけ飲むつもりなんだか。
結局500缶を二つとミネラルウォーターを持ってリビングに戻るとテレビは消えていた。
「何か観ていたのでは?」
「よく知らない映画です。途中からだったので全然わからないので消しました」
500缶を受け取り少しだけ笑顔を浮かべる北川さん。
「付き合ってくれるんですね」
「シュワっとしたビールを思い浮かべたら美味しそうで。喉乾いてますから」
「水も飲んだほうがいいですよ。アルコールを分解するのに水分がいりますから脱水状態になります」
忠告に従ってペットボトルから直接水を飲んだ。カラッカラの喉に飲むほうがビールは美味しいんだけどな~なんて考えながら。
「いつもは俊明が起きているのですが、今年は眠ってしまいましてね」
「飲み疲れかな」
「そうかもしれないですね。四時ごろから飲み始めていましたから」
缶をカシャンと合わせて乾杯したあとビールをゴクリ。水で潤ったあとでもビールはやっぱり美味しい。さすが北海道の「地酒」
「実はミネさんに聞きたいことがあったのです。なかなかいいタイミングがなくて」
「ハルのことですか?」
「いいえ……ミネさんのご両親のことです」
「ああ……ご心配をおかけしました」
「とんでもないですよ」
北川家に単身乗り込んでハルとお付き合い宣言をした日。あの時も北川さんは俺の両親のことを心配して申し訳ない気持ちだと言ってくれた。やはり気になっていたのだろう。
「ハルから聞きました?」
「ええ、宿題になったと」
「両親は俺がハルと同性で同棲だってことわかっています。ただまだ素直に向き合って「よかったな」と言えない複雑な状況なのでしょう。言葉にしなければまだ否定はできる。事実から遠ざかることもできる。でも……という堂々巡り。その時が来るまで宿題にしてくれと言ったのは親父です。だから待つことにしました。といってもバレてるんですけどね。ハルは恋人だって認めてくれなくてもいい、ただの従業員でいいと言いました。俺は隠していることがハルに対してひどいことだって言う気マンマンだったけど、色々考えさせられましたね。親との関係でこんなにウンウン唸ったのは初めてかもしれないです」
「時間が……解決してくれるでしょうか」
「いえ、時間だけ流れても無理でしょうね。だから俺はハルとの生活や店の仲間たちとの日常を写真にとってメールしています。写真に写る姿や表情が言葉より伝えてくれるような気がして。向こうも写真を送ってくれます。気持ち悪い青や緑のケーキの写真や流行の料理、お店のお客さん達。夫婦二人のシンプルな生活のスナップ。メールの文章は短いですが伝わってきます。両親のペースで毎日を穏やかに過ごしているってこと。そうなんですよ、穏やかなんです。俺のことを思い悩んで毎日を暮らしているわけではない。
『こっちのスタッフに北川君を譲ってくれないか?』なんて冗談だか本気だかわからないことを親父が書いて送ってきたり。だから……たぶん帰国したときより気持ちは柔らかくなっているかな、そんな手応えがあります」
「そうでしたか……少し……安心しました」
「ご心配をおかけしてすいません。北川さんと広美さんが承諾してくれて喜んでくれた、そして応援してくれている。俺はその経験値しかなかったので、自分の両親が衝撃を受けることを想定してなかったし甘く考えていたところがあって。その点ハルが待ったをかけてくれたので結果的にいい方向に進めました。時間を味方につけてこれからもお互い歩み寄れたらいいなと。このことで悩むことはやめました。大丈夫です、何とかなります」
北川さんはふうとため息をひとつついた。ずっと聞きたかったのだろう。
「正明から状況は聞いたのですが、あまり言いたがらなので実は深刻なのではと広美も心配しておりましてね。ミネさんから直接聞けてようやく肩の力が抜けた感じです」
交際相手の両親から拒絶された経験をもつからこそ心配は相当なものだっただろう。ハルも自分の経験から俺の親との関わり方にはかなりナーバスになった。
「これをきっかけにミネさんとの縁が途切れてしまったら……と考えたりしましてね。しゃしゃり出るわけにもいかず、何もできないもどかしさで少しの間我が家は暗かったです」
ハハハと笑ってみせる北川さんだが、その言葉は本当だろう。
「どんな状況になってもハルと一緒にいることを選ぶってしか言えなくて。全然解決策も浮かばないし。結局やりすごすことにしたんですが、食器棚の揃いの皿で両親は察したようです。そうですよね、一緒に生活していますから色々なことが目についたり疑問に思ったはずだ。さっきも言いましたけど悩むのはやめました。両親との家族という関係も、ハルとの関係も両方欲張ることに決めたので。なんとかなりますよ」
「ミネさんはすごいな」
「ええ?そんなことありませんよ。行き当たりばったり君です」
ハハハと笑う北川さんの笑顔はさっきよりずっと明るかった。
「悩めばキリがないってことに気が付くまで随分かかりました。それなのにミネさんはその年齢でそこに行き着いているのが悔しいですね」
「北川さんに悔しがられるなんて嬉しいです」
「悩みって消えてなくならない。社会で誰かと関われば絶対に何かが起こり悩みが発生する。それを解決したり無かったことにしたり無理やり忘れたり。じゃあ人と関わらずに生きればずっと楽になるのか?でも違いますよね。一人ぼっちが幸せか?という問題が生まれて「なぜ自分は独りなのか?」という疑問とともに自分の至らない所をピックアップする。どうしてこんな人間なんだろうってね。生きていることがすでに悩みの温床です」
生きていることが悩みの温床。おじさん以外の大人と話す機会が少ないから興味が沸いた。悩みという誰もが抱えている物に対処する考えを聞いてみたい。
「そうですね。明日の仕入れ量の見極めから新メニュー考案。今日帰ったら何を観ようか、ビールにしようかチューハイにしようか。そういうつまらないものからヘビーなものまで悩み?選択?その連続ですね」
「そうなんです。そしてそれに「悩み」という名前を付けると全部深刻になってしまうのです。ビールにしようかチューハイにしようか?どうしてこんな簡単なことを俺は決められないのか。どうしてこうも優柔不断なのかってね。
仕事のこと、部下のこと、家族のこと、世界情勢のこと、ことことことことこと!それら全部悩みではなくて「考える」ことにしました」
「悩みではなく……考える」
「考える、そして答えを見つける。間違っていたらやり直す。悩みって悩んでいることにどこか満足してしまう場合が多い。悩んでいる=真剣に取り組んでいると勘違いしやすい。解決するために考える、そして導いた答えを実践する。駄目ならやり直す。こう捉えたほうがずっと精神的にいい。
ミネさんとご両親は「宿題」として問題に取り組むことにした。お互い悩んでどうしよう、どうしようとジタバタしていない。歩み寄るため、答えを得るためにそれぞれが毎日を意味をもって送っている。
だからミネさんの言う通り大丈夫かもしれないと思い始めています。図々しいですね」
「間違いかもしれない、正解かもしれない。でもどっちでも大丈夫だって気持ちになれました。ありがとうございます」
北川さんは照れたような顔をして言った。
「正明と一緒にいてくれて、本当に嬉しいです」
認めてくれる人がいる。応援してくれる人がいる。それはジワっとくるほど嬉しいことだ……本当に。
カチャリとリビングのドアが開いた音に振り向くと広美さんだった。
「やだ、ずるい!抜け駆けしてる!」
「抜け駆けじゃないよ」
「喉が渇いて目が覚めたので北川さんと少し話をしていました」
「ずるい、私ミネさんに聞きたいことがあったのに」
「ええと広美さん、それって俺の親のことですか?」
広美さんは控えめにコクリと頷いた。でもその目は真剣。
「今北川さんとその話をしていて……」
「やっぱり!じゃあ私はCAVAを飲むわ」
「え?今からですか?」
「いいじゃないの、まだ2:00過ぎよ」
和室の引き戸がそろそろと開くとハルが顔を出した。
「何してるの?ミネさん疲れているのに!ミネさんも断っていいんだよ」
「あ~断るというか喉が渇いて」
「ああ!なに皆で飲み始めたの?」
「正明、CAVA飲む?」
「飲む。てかこれだと俊明が仲間外れみたいじゃない。起こしてくるよ」
ハルはリビングを出て行った。トントンと階段を上がっていく音。
「ミネさん、すいません。ちょっとのつもりが大ごとに」
「いえいえ、お正月ですからいいことにしましょう。1年の計は元旦にありですから。北川家の皆さんと今年も仲良くできるってことです」
「冷蔵庫に生ハムあったかしら。何かツマミたいし」
「じゃあ、広美さん台所行きましょう。何か二人で作りましょうか」
「やった!おいしいツマミレシピをゲットできるわ」
大晦日に始まり一度終わった宴会が再開。北川さんと話をしたせいか眠気は全然感じない。悩まず考える。なるほどね……これを今年の目標にしよう。立ち止まったり後ろを振り返るのではなく前をみて「考える」
2018年は俺にとってどんな年になるだろう。でもそれは「どうなるか」ではなく「どうするか」ってことなんだろうな。そう考えるとワクワクするじゃないの!
でもまずは広美さんとツマミを作る。そして皆で乾杯をしよう。北川さんに話したことを広美さんとアキにも伝える。そして皆と写真を撮る。
「HAPPY NEW YEAR」のタイトルをつけて両親に送るんだ。こんなに素敵なお正月をしています!ってね。
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