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chapter5 男前とヤサ男 <9月>
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『あと30分ってとこだ。』
金曜日の夜、残業もなくすんなり帰りついた玄関で電話が鳴った。電話の向こうから相変わらずののんびりした声が聞こえてくる。ホント会社にいるときと違うこのテンポはなんだ?と思いながら、「いいよ」と答える自分の声。
3ケ月ぶりか・・・またこうやって俺達二人のだらだらヤロー同士の時間がふえるのだろう。
切れた携帯をポケットに突っ込み、部屋に入るために靴を脱いだ。
「お疲れ~。」
スーパーの大袋を片手に飯塚は部屋にあがりこんできた。こいつが来ると連絡がきたら鍵はそのまま開けておく(こいつがご丁寧に入室時に施錠してくれる。)
ビールを俺に差し出した後、当たり前のように台所に入り込み、買ってきた食材をシンク脇に置いている音を聞きながら次に言われる言葉を予測する。
「相変わらず綺麗な台所だな~。って言おうとしただろ、今。」
プシュっと小気味いい音は幸せの第一歩だ。いただいたビールをありがたく乾杯もしないままゴクゴク飲み始めると、飯塚が顔を出した。
「お前、ちゃんと食ってたのか?違ったな、食わしてもらってた?」
ニヤニヤ笑いながら言う顔を憎たらしいと心底思う。無駄に男前の悪意のある笑顔は破壊力があるよ、嫌になる。
「一回だけ。まあ、俺の顔みて悟ったんじゃね?それきり外で食べてたし。」
「何、食わしてもらった?」
いつの間にやら、飯塚もビールをあけていたらしく俺の持っている缶にカシャンと合わせてゴクゴクしだした(ついでに俺の前にどっかり座り込んでいる・・・尋問タイムの開始。)
「何か・・・串つうかプラスチックの串?色ついたさ、弁当にはいってるみたいの。それに色々ささってる何物かわからない料理。」
ぶっ!とむせた後ヤツはさらに突っ込んできた。
「それだけじゃ腹いっぱいにならんだろう?」
「あと・・・じゃが芋のはいったオムレツ?玉子焼き?わかんねえけど、なんかパサパサした卵のやつ。」
「あとは?」
「パン・・・」
ぶわっはっはっは。と盛大に笑いながら、してやったりの顔。
「思った通りだな、俺のアドバイスどおりやって、見事やらかしたわけだな。」
なんだ・・・そのアドバイスってのは。
「『武本さんの好きなものって何ですかあ?おしえてくださ~~い』って超ブリブリできかれたわけ。」
「・・・里崎さんに?」
「そ、その里崎さんに。」
はあ~~~。そういうことですか、そうですか。確かに俺は好きっていった、間違いなく言った。
そしてそれは旨かったからだ、初めて食べたけど旨かったからだ。ついでにいうとこの飯塚が作ったのがその正体で・・・。里崎さんが披露したものとは雲泥の差であったことは事実だ。
「俺が教えたピンチョスってのは、それなりに食材の数がいるし。料理の基本は卵で意外と手ごわいのは世界共通。あれ?アヒージョは?俺それも献立にいれておいたんだけど。」
「・・・そこまで辿り着かなかったというか、台所の惨状に耐えられなくなって止めさせたというか。「腹がすいてるから食べよう。足りなかったらつくることにしようぜ?」とかなんとか言って・・・中断させた。」
「ぶわっはっはっは!」
「笑いごとじゃねえーよ!」
「うまくいかないとは思っていたけど、3ケ月目前で終わりになったのはなぜ?」
したり顔の飯塚はようやく聞きたいことを切り出す。最初に聞けよバカ。
「まずしょっぱなは盆の帰省に関するゴタゴタ。」
「それは聞いた、お前も悪いが里崎さんも急ぎすぎだったな、あれは。」
「さらに畳み込まれたんだよ・・・。」
「なにを。武本の知らない間に両親に逢ったとか?」
「いや・・・さすがにそれは言い過ぎだろうが。俺の雑誌、あるだろ?隅っこに。」
飯塚は首を回してソファの陰に隠れて見えていないが「雑誌置き場」に目をやった。
「エロ本出しっぱだったとか?」
「俺は中ボウかっての!」
「じゃあ、なんで雑誌が別れる決め手になるんだよ。だってお前読んでるの「pen」とか「cut」みたいなオシャレさん気取りのばっかじゃん。」
ざっくり嫌味を言われたような気がする・・・
「そこにさあ、挟まれていたわけ。」
「なにが?」
「ゼクシイ・・・」
「ぶわっはっはっは!!!」
「ああ、笑いたければ笑え!俺だって発見したとき慄いたよ、まじで。
こんなベタな展開がわが身に起こるとか考えたこともなかった!付き合ってていいのか?この子のこと好きになれるのか?とか、そういうお試し期間中だろ、そこでゼクシイって。こええよ!」
「お前、若手で優良物件だから、しゃーないな。」
「なんだよ・・・・それ。」
「武本、飲み会で言ったらしいじゃん。家は姉が婿もらって継いでいるから、名ばかりの長男なんですよ~って。」
「・・・言ったけど、それかっちょ悪い話なんじゃねえの?」
「大間違いだ、わかってないな、武本君。長男だけれど、長男の嫁として実家に同居とかしなくていいわけだ。おまえんちの家業だって継ぐ必要がないわけじゃん。そりゃあお得だろ?」
「えええ~わかんねえ。それに営業部期待の星のお前ならともかく、俺みたいな平凡なヤツが優良なわけないだろうが。ふざけんな。」
飯塚はため息をつきながら後ろ手で体を支えながらじっとこっちを見る。・・・なんだよ、無駄に男前。
「あのねえ、俺の成績ってのはコンビ組んでる武本のスーパー補佐あっての数字だろうが。お前がツボを押さえた顧客の囲い込みやってるから継続数字だってあがってんだし、俺だけじゃなく社内全員そんなことわかってんの!お前は仕事ができて、穏やかで優しそうな男で長男の皮をかぶったしがらみナッシング君なわけだよ。女が欲しい結婚相手の条件かなり満たしてるだろうが。」
「お前みたいな男前に言われたくねえーよ!」
「わかってないな、俺みたいな男はな・・・横に立たせておきたいっていう人形みたいなもんで、見せびらかしには最高だけど結婚したい相手じゃないわけ。さてと。」
むっくり起き上がった飯塚は「腹減った」と独り言のようにつぶやき立ち上がる。
「食べ損ねたアヒージョ作るから、ワインのもうぜ。」
そう言って台所に向かいしな、俺の頭をクシャっとした。
そう、たまにこいつはこういうことをする。女に振られた慰めか?
あまりに自然に触るから、おい触るなよ、とか髪が乱れるじゃねえか・・・なんて言ったら逆に恥ずかしくなりそうなぐらい、当たり前にクシャって・・・どうよ、これ。
給湯室で飯塚ファンの女子社員がこんなことされたら鼻血くらい簡単にだしそうなのにな。
俺は、黙って飯塚の後ろについていく。勝手知ったる人の台所でヤツは海老の背中(海老的には背中・・・だよな)に包丁をいれて黒いのをとってるとこだった。
「オイルたっぷりめにしてよ。パン焼く。」
飯塚は不思議そうな顔をして俺に言う。
「え?お前、パンなんか備蓄してないだろ普段。朝パン食ってんの?趣旨変え?」
おれは白飯派だ。朝は白飯と決まっている。永谷園の味噌汁と納豆と白飯だ。(休みに5合飯を炊く。それを一回ずつ冷凍しておくことを姉に教えてもらい、学生時代からこの方式で朝ごはんにしている。)
不思議そうな顔に言ってやる。
「俺が直接言う前にお前に知られるとわかってた。どうせ女子社員が『別れたのって、ホントなんですかあ~?』なんて聞きにきたんだろう?」
「当たり。お前の情報はいつも勝手に周囲から届く。」
「またお前が来てくれるだろうなと・・・。パンが冷凍できることを知って備蓄しておいた。
アヒージョまた作ってくれって頼んだの俺だし。献立予想バッチリだ。」
飯塚はびっくりする笑顔を俺に向けた。なんだこの後光が差しているような光輝く笑顔は!
無駄に男前の破壊力。うっかり素直になりそうになる・・・あっぶねえ。
「お前の嫌いなブロッコリーいれるからな。」
「飯塚?」
「なに?」
「ブロッコリーのモシャモシャの所はお前にやるよ。俺下の茎んとこ食うからさ。それで勘弁して。」
奴に足をこずかれながら冷凍庫のパンを取り出す。
「しょうがないヤツだな、武本は。でも食うなら許す。」
あぶないから・・・俺は飯塚の顔を見ないようにしてパンを焼くことに集中することにした。
また俺の幸福週末メシが戻ってきたことに安堵して・・・ちょっと涙がでそうになった。
(飯塚には内緒だよ?)
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