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chapter7 男前弱る <10月>
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「くそっ!頭いてえ。」
外回りの帰社途中、飯塚は顔をしかめて呟いた。
「もしかして笹木チーフの風邪もらっちゃったかな?」
「・・・わからん。」
「季節の変わり目っていうか、今月来月が危険度高いよな。」
盆がすぎれば秋風が吹き、一気に収穫を迎える楽しい秋がやってくる。しかしそんな秋も9月の1ヶ月くらいで、10月は冷え込みがはじまってしまうのだ。山は冠雪するし平地でも今月末には初雪になる。雪がつもって根雪になるとそうでもないが、それまでの時期、特に11月は空気が冷たく感じる。
飯塚が風邪なんて珍しい。入社以来休んだことはないはず。そんなことを考えつつ、3日先ぐらいまでの仕事内容を反芻する。締日開けだからスケジュールはそれほど立て込んでいないし、美濃社長のところは俺が代打で行っても問題ないだろう。
デスクワークは一人分増えたところで時間があれば済む話だし、それほど困るような状況にはならなさそうだ。
「とりあえず、急いで帰ろうか。身体怠いとかない?」
「締日開けの疲れなのか怠いのか、わからん・・・。」
顔をしかめて歩く横の顔を見る。頭が痛いのは間違いなさそうだし、顔が・・・白い。
俺は飯塚の体温を確かめるために首筋に手を伸ばし、耳の下あたりに手の甲をあてた。
「ちょ!お前、なに!」
「なにって・・・熱ないかと思ってさ。んー今のところはまだないな。」
「何?熱ってさオデコとかじゃねえの?なに人の首触ってんだよ!病院でもそんなとこ触られないぞ。」
さっきまで白かった顔が赤い。前触れもなく首筋さわられたらビビルのは当たり前か。
「てめえが意味なく俺の頭グシャグシャするより意味あるだろうが。おでこより、ここ触るのが一番わかるんだって。」
盛大に顔をしかめてこっちを睨み飯塚は言った。
「まったく・・・誰の首触ってきたんだか。」
駅について時計を見ると16:00すぎ。会社につくのは17:00チョイ前。
ここから家に帰っても同じくらいの時間になる。さっき段取りした内容を再度頭の中で確認したあと俺は壁に凭れている飯塚に言った。
「ちょい一本電話いれてくる。」
ヤツはウーとかアーとかよくわからない返事をしたが、目をつむったまま体勢を変えることはなかった。
「お疲れ様です、武本です。課長いますか?」
今更、使えないヤツと会社に戻ったところでたいして役に立たない。ならば帰してしまえ~だ。
『お疲れ、どうした?』
「お疲れ様です。打ち合わせは問題なく終わったんですけどね、どうも飯塚、笹木チーフの風邪もらったみたいで、今フラフラなんですよ。俺は会社に戻りますけど、飯塚はこのまま直帰したほうがいいと思いましてご連絡しました。」
『お前は飯塚の保護者か?そんな状態なら自分で言えばいい話だ。』
「ええ、ただ絶対そんなこと飯塚は言わないでしょうから、このまま会社に戻るつもりでいます。俺としては立て込んだ案件もないうちに風邪をやっつけてもらいたいというか。
1週間後の宮内商事さんの件は飯塚じゃないとまずいですから。変にじこじらせたら厄介です。
それで課長にご相談と思って。」
『ああ、そういうことか。飯塚は40度の熱があっても平熱とか言うだろうしな。今日の報告はお前がしてくれればいい。飯塚は帰せ。』
「わかりました。17:00前には戻ります。」
『わかった、お疲れさん。』
戻ると飯塚はおばちゃんや爺さん達とベンチに埋もれていた。きついんじゃねーか、バカ。
「飯塚、お前は直帰しろ。」
ノロノロと目をあけてほっぺたをペチペチしながら「何言ってんだよ、仕事が残ってる」と予想通りのことを言い出す顔は、真っ白のままだ。
「あのねえ、そんなんで会社戻ったってたいして役にたたないし。
正直なところこじらせて来週まで引っ張られると俺迷惑なんだよ、わかるよな。」
「たいしたことないって。」
「わからんだろうが、そんなこと。とりあえず今日明日中に治してくれないと、逆に俺に面倒かけることになるぞ。俺にはうまいもん食わしてくれればチャラにしてやれるけど、会社に迷惑かけたらだめだ。課長には直帰の許可もらったから。」
「え・・・。」
「それと、口あけてみろ。」
飯塚の顎をむんずと掴んで視線で促す。しぶしぶといった顔で口が開かれたのをみて、ぐっと上に向ける。
「あががが!」
「ラッキーだな、扁桃腺は赤くなってない。よかった。」
飯塚の顎から手を離し、カバンと一緒に持っていた打ち合わせ資料を取り上げる。
「俺は会社戻って報告と残務をちょちょいとやっつけてお前の家いくから。鍵は開けておいてくれればいいから。動けるようになったら地下鉄乗ってな。」
四の五を言い出さないうちに、俺はヤツに背を向けて急ぎ足で会社に向かった。
課長への報告と日報やら明日の打ち合わせに必要なデータをまとめて一段落すると19:00。
まあ、いいところだろう。急いで帰ってやるか。
ちゃんと言いつけを守り開いていたドアを開けて勝手に上り込むとソファで丸くなってる飯塚を見つけた。スーツのまま、とりあえず横になったらそのまま寝てしまったパターンらしい。
これじゃあ、治るもんもなおらんだろうが!
そっと首筋に手を当てると思った通りさっきより熱くなっている。さてと。
勝手にタンスをひっくりかえし、着替えを用意したあと飯塚を叩き起こす。
「ほら、ここで寝てたら意味がない。着替えろよ。」
しかめっ面のまま、うっすら目をあけて言いやがった。
「あ・・おかえり」
・・・俺の部屋じゃないっつうの。いらっしゃい、とか仕事片付いたのか、とかあるだろうが!(ちょっと照れた)
「そのまま寝ていたい気持ちはわかるが、ちょっと辛抱して着替えちゃえ。ベッドは体が楽だぞ。ほら頑張れ。」
むりやり飯塚の体を引き起こし、上着を脱がしてネクタイを引き抜く。
ベルトに手を伸ばすと力なく手を握られた。
「わかった、から。脱ぐ、自分でやるから、わるいけど水持ってきて。」
いつもの俺様っぷりはすっかりナリをひそめている様子はきつそうだ。
水分は大事だから言うとおりにしてやろう。
「これ、着替えな。勝手にあさった、悪いとは思ったけど。」
「いや、いいよ。助かる。」
弱っている、弱っている!
初めて見るかも、こんな飯塚(ウキウキしている場合ではない。)
ドラッグストアで買ってきたペットボトルを片手に、冷蔵庫の中を確認することにした。うちの冷蔵庫と違ってここのは何かしらいつも入っているから、俺が買ったのはカニ缶だけ。
中をみると卵はもちろん味噌もあるし、冷凍庫には白飯がちゃんと入っていた。
リビングに戻るとちょうど着替え終わったところらしく、脱いだスーツをヨロヨロとかき集めているところだった。
「いいから、ほれ、寝るぞ。」
握った手はやっぱり熱い。引き戸をひいて寝室にひっぱりベッドに寝かせる。
「熱でたとき体温測る派?知りたくない派?」
「何言ってんの・・・意味がわからん。」
「ちなみに俺は測らない派。7度5分くらいかなと思っていて実際8度5分でしたってなったら、一気に具合悪くなるからさ。現実は見ないでやり過ごすことにしてんの。」
「体温わかんなかったら・・・何の薬飲めばいいかわかんないだろ・・・が。」
「俺のみたてでは、確実に熱はある。んで正確な体温知りたい?」
「どうでもいいって気になってきた。熱あるってだけでいい・・・てか薬のむ。あああ、薬ないかもしれない。」
「途中で買ってきたから大丈夫だ。んでこれ飲め。」
サイドテーブルに500mlペットを3本置く。
「でかいペットでいいのに。」
「具合悪い時に重いのもつのはしんどい。コップに注いでおいたら絶対こぼす。熱でてるときにこぼした後始末するとか心が折れてマジ涙がでてくるよ。だからこういうときは不経済かもしれんがこっちじゃないとだめな。クスリもってくるから。」
俺は台所に向かいおかゆを作ることにした。実はこのおかゆは非常に旨いので、ついでの自分の分も作ることにしよう。料理はほぼできない俺が唯一誇れるメニューは「病人料理」
おかゆだって色々バリエーションを持っているが、なかなか披露する機会がないので今日は絶好のチャンス。見直したまえ、飯塚君。
「何か食べてからじゃないと薬のめないからな。」
土鍋なんかでレンゲふーふーなのが素敵な図なのはわかるけれど、鍋が一番。どんぶりにボンと盛り込み差し出す。
「これ食えよ、まじ旨いって。」
弱っている顔にプラスびっくり顔。へへん、俺にだって得意科目はあるのだよ。
「・・・これ。」
「こねぎでも散らせば色どりはいいんだろうけどね、これはネギなくていいの。通称玉子味噌。」
「たまごみそ?」
「だし(ほんだしだけど)がっつりに味噌と溶き卵。病人を思ってカニ缶を奮発した。騙された思って食ってみい?」
おそるおそるといった様子で口に運ぶのを見ながら俺は勝ち誇っていた。
これは絶対に旨いのだから驚くだろう。
「う・・うまい。」
「だろ?俺おかゆだけは自信あるんだ。なかなか普段は披露できないってのが残念なところだけどね。俺の分も作ったから、あっちでいただくな。食べたら薬のめよ。そこに2錠あるから。」
「・・・帰るのか?」
「もうちょっといるよ。俺も食べてくるよ。」
「ここで・・食えばいいじゃないか」
ほんとうに珍しいものを見ているぞ、俺!
結局風邪っぴきと一緒におかゆを食べ、薬を飲ませたら俺の役目はおしまい。
「そろそろ帰る。明日朝電話するから。」
「帰るのか?」
「だって同じシャツとかネクタイって、何か言われそうじゃん。女子のチェックは厳しいし。」
「立ち寄りにして途中どっかで買えばいいじゃないか。俺が買ってやる。」
なんという俺様っぷりだ。立ち寄りってね・・・。遅刻の言い訳みたいなの嫌だな。
。
「いや、まじで水田さんのとこ行ってほしかったりする。」
「なんで?」
「あの人明日午後から出張で10日くらいいないからさ。その前に顔だしておこうと思って。
俺明日立ち寄りになってんだわ、朝。」
「・・・ああ、そういうこと。」
「課長には俺が連絡して、お前に替りを頼んだって言っとくし。」
「まあ、そういうことなら仕方ないか。」
実際飯塚の家のほうが交通の便がいいから、朝のことを考えると楽といえば楽なのだ。
「まじで、シャツは俺が買うから。」
「いいよ、そんなの。」
「よくねえよ。」
「なんかさあ、そういう貰い方って嬉しくないじゃん。誕生日~とかクリスマス~とか、そういうときにプレゼントでもらったほうが断然いいと思う。」
飯塚は俺をじっと見つめた。何か変なこと言ったか?いや当たり前のことを言っただけなような気がするんだけど。
「お前、もう寝ろ。ソファで寝るから、何か欲しいもんとかあったら呼べな。呼んでもこなかったら携帯ならせばいい。」
「・・・隣の部屋だぞ。」
「病人の声じゃ目を覚まさないかもしれないし。」
話はこれで終わりとばかりに、やつの布団をひっぱりあげポスポスと空気を抜く。ついでに熱を確認しますか。おれは当たり前のように首筋に手をのばし、手の甲に伝わる熱い体温を測る。
薬が効けばいいけれど。
「お前の手、冷たくて気持ちいいな。」
弱った男前はそう言いながら心持、俺の手の甲に頬を近づけた。
そのまま目をつぶった姿を見て、大の男相手でも庇護欲っていうのかな?
そういうのが湧き出るものなんだな・・・と。
また一つ気が付かなくてもいいことを自覚した自分と・・・向き合うはめに・・・なった。
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