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chapter13 告白 <2月>
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「今年からチョコレートはやめるにしましょう。」
朝礼で課長が「義理チョコ禁止令」なるものを出した。業務連絡かと思っていた俺達部下は全員ポカーン。
「日頃のお世話の気持ちなら、お歳暮やお中元がある。そこまで大げさなのは遠慮したい場合は、飲み会で1杯奢ってくれたほうがありがたい。禁止したのはもてない男のヒガミではなく、単純にお返しが大変だから!」
・・・ということらしい。
「貰ったチョコのほとんどを家族が食べてしまうのに、お返しは小遣いから捻出しなければならない。一つ一つは大げさな物でなくても数がかさめばそれなりなってしまうのだ。
正直に言おう!俺の小遣いでは無理なのだと!」
・・・だそうだ。
「・・・わかりました。じゃあ今年から『感謝の気持ちをこめて』の義理チョコは禁止ということで。チョコが禁止なわけじゃないから本命チョコはご自由にどうぞ、送るのも貰うのも個人の裁量で。はい、じゃあ仕事にもどりましょう。
課長も・・・朝礼で言わないで社内メールでまわせばいいのに。それに今年のバレンタイン土曜日ですから取りこし苦労じゃないです?」
呆れたように笑いながら笹木チーフが課長をこずいた。
相変わらず男前な女性だ・・・こんな人だったら好きになれるのかな。飯塚は誰かのチョコを受け取るのだろうか。それともバレンタインを一緒に過ごす相手がいるのだろうか。
俺が体調を崩して飯塚が来てくれた日、よくわからないうちに抱き抱えられて寝る羽目になった。
その前に一人で過ごす週末がびっくりするほど寂しいと思う自分を知ってしまったわけだ。
熱もあって怠かったし、なにより心が弱っていた俺は何の抵抗もなく飯塚にすっぽりくるまれて眠ってしまった。
そしてその日を境に、俺は俺でなくなってしまった。
色々考えた。様々な可能性や今まで付き合ってきた相手のこと、その時の自分の気持ち・・・。
今回は一度も経験したことのないものだった。
そう、俺は飯塚が好きなんだ。認めてスッキリしたけれど、それは答えを出して気持ちのわずかな部分が割り切れただけで何の解決にも至っていない。こんな事になるなら、今まで俺を好きだと言ってくれた誰かを・・・好きになればよかった。
恋愛欠陥人間のくせに、男に惚れるとは絶望すぎて笑える。
相変わらず飯塚は金曜日俺の所に来て、明日の献立を言って帰っていく。飯塚が自分の家にいると嬉しいし幸せすら感じる・・・でも土曜日は違う。今までのように楽しく過ごせない自分がいるからだ。至福至福とくつろいでいたのに、今は探してしまう。この部屋に誰かが来た痕跡を。飯塚の隣で笑っているであろう存在の影を。
何も見つからないことに安心して家をでるのに、その瞬間から考えてしまう・・・明日は誰かと過ごすのだろうかと。
いつものようにコンビニの前で「じゃあな」と言って歩いていく飯塚の背中を見詰める。
同僚のふり、友達のふり、色々なふりをしている俺を知ったらお前はどんな顔をするのかな。
地下鉄までの寒い道を一人で歩いていくのが嫌になってコンビニに入った。暖かいラテの缶でも握っていれば、少しはマシになるかもしれない。
ホットドリンクの中からペットボトルではない缶のものを掴んでレジに持って行った。レジにはいつものバイト君。鼻筋のとおった、どこか可愛い顔の大学生(だと勝手に予想)
土曜は必ずいるので顔を覚えてしまった。ネームプレトには『北川』の文字。
「145円です。袋にいれますか?」
「いや、そのままで。」
「ちょうどですね、ありがとうございます。」
財布をしまって顔をあげると、袋が差し出された。
「いや、そのままでいいよ。」
「いえ、これ・・・受け取ってください。」
グイグイ押し付けられてなんとなく掴んでしまった。受け取るもなにも袋に入れなくていいって言ったのに。
え?軽い。よくみれば買ったラテはそのままカウンターの上だ。
「今日はバレンタインですから。」
「へえ、コンビニ業界も大変だね。こんなサービスしているんだ。」
「違いますよ、タケモトさん。」
いきなり名前を呼ばれて驚く。・・・え?・・・なんで?
「ストーカーじゃありません。いつも一緒に来る人がタケモトって呼んでいたので、知っているだけです。それ、僕の気持ちです。
ええっと・・まあ迷惑でしょうけれど大義名分のある日ですから乗っかろうと思って。」
「俺の会社義理チョコ禁止になったんだよ。・・・あ、俺何言ってるんだろう、ええと、これ受け取れないよ。」
会社というか課長の都合など、この子が知るはずもないのに動揺した俺はおかしな事を言ってしまった。
「義理じゃないですけど?」
「本命だっていうなら尚更・・・。」
「気持ちを受け取ってもらえないのは予想済みです。物には罪がありませんから、持って帰ってください。お待たせしました~こちらのレジにどうぞ。」
振り返ると店内にはいつのまにか客が増えていた。仕方がないのでそのまま帰ることにしてラテを握って走るように店をでた。
家に帰って怖々覗くと中には長方形の真っ赤な包み。物には罪はない・・・確かにそうだけれど、俺は男から本命チョコを貰うなんて想像していなかったから、けっこう頭がパニくっている。
「お前が好きだ」なんて言ったら、飯塚も今の俺みたいになるのかな。思い切って包みを開くとクランキーチョコが5枚、リボンで重なり合わされていた。
『これに懲りず、買い物に寄ってください』
ポストイットに青いインクで書かれたメッセージにはハートマークもなかったし、携帯番号やメアドもなかった。このチョコは飯塚の家で食べる為に時々コンビニで買うものだ。
あの子はそれを覚えていたのだろう。デパートで売っている高級チョコレートの類は過去に貰ったことはあるけれど、自分の大好物であるこれをチョイスした人は今まで誰ひとり居なかった。
気持ちを受け取ってもらえないのは予想していた・・・そんなことを言っていた。
男が男に告って受け入れられる確率はどのくらいなのだろう。今までにもそんな経験をしてきたのだろうか。そう思い至って情けなくなった。飯塚の部屋で誰かの影を探して一喜一憂しているだけの俺。
それに比べて自分の想いをきちんと伝えて、俺の迷惑にならないように大丈夫だと笑ってみせた。
気持ちを受け取れないにしても、俺もちゃんと伝えないといけない。
あのこの想いを無下にはできない・・・。
翌日俺はコンビニに向かった。
居るかどうかわからないけど、来週の土曜日まで先延ばしにする気になれなかったから。いないようなら他のバイトの子に伝言を頼めばいい。
いた。
手招きしようとしたのに自動ドアが開いてしまい『いらっしゃいませ、こんにちは~』と何人かの声に出迎えられる。そこにびっくりした顔をした彼が一人固まっていた。
「ごめんね仕事中。」
2~3分話できる?と聞くと、同じバイトの子に「休憩3分前借!」とわけのわからないことを言いながら大慌てで店外に走ってきた。その姿が可笑しいやら微笑ましいやらで笑ってしまう。
「いえ、いえ!いや!あの!来てくれて。買い物?じゃないですよね。ええと・・ええと。」
「落ち着いて。昨日はびっくりしちゃって失礼な態度だっただろ?走って帰っちゃったし。
あ、チョコありがとう。俺の好物覚えてくれてたんだね。」
向かいに立つバイト君の目から涙がぽろっと零れ落ちた。
「うわ、どうした!ごめん!驚かせちゃった?なに?」
「いえ・・・。思った通りの人で嬉しくなったんです。ちゃんと断わらないとってわざわざ来てくれたんですよね?嬉しいけどやっぱりちょっと悲しいかな。」
「・・・君の気持ちは嬉しいんだけど、今俺・・・」
「イイズカさんが好きなんですよね。あの人それ知っていますか?」
「はあああ?」
「見てればわかりますよ。だから断られるのは予想していました。でもね、やっぱり言っておきたかったんです。タケモトさんずっと元気ないし。ちょっとした日常の変化があれば運も変わるかもしれないし・・・それは冗談としても、タケモトさんのこと何も知らない僕が惹かれてしまう、それくらい魅力的な人だってことを知ってもらいたくて。」
目じりをさっと指で払って笑顔を浮かべる。
「僕と友達になってくれませんか?気持ちには今踏ん切りをつけました!こういうの馴れているんです、残念だけど。それに僕と友達になったほうが得ですよ?」
「なんで・・・?」
「男同士の恋愛に関しては僕のほうが経験値ありますからね!友達になっておいて損はしないですよ?「好きです」なんてもう言いませんから。」
「でも・・・それ、ちょっと俺がひどくない?なんかだか。」
「全然です。好きな人が幸せになる姿が見たい。というか、なってもらわないと困ります。もしあの人があなたを要らないと言うなら、その時は諦めて僕を見てくれればいい。ほらね、何も損はないでしょ?」
そう言って笑った彼は清々しく綺麗で、その瞳に引き込まれたまま頷いている俺がいた。
久しぶりに心が澄んだ・・・気がした。
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