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chapter16 ヤサ男 腹をくくる その1 <5月>
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「おまかせでヨロシク!」
「はいはい。」
「忙しいのに悪いね。」
「ちゃんとお金払ってくれるし、札幌からのお客様ですから感謝しかありません~」
俺は3週間に1度、実家に帰ることにした。親に顔を見せるより、散髪が一番の目的なのだ。
姉の旦那である由樹(よしき)さんは腕のいい美容師だ。着物を着て髪なんかいじられたら鼻血をだす女性が(・・・男も?!)いそうな、和風で柔らかい素敵な男性。
こんな人が兄貴っていうのは本当に誇らしく、姉ちゃんに感謝。
「な~んだ。ふっきれちゃったのか。相当困って僕に相談してくれるのを待っていたのに。」
そんなことを言いながら鏡越しに微笑んだ。暮れから2月にかけての俺の落ち込みを知っているせいでこんなことを言う。俺は正明の「特権階級」にすっかり助けられ、一山越えて随分心が楽になっていた。
「相談じゃないけど、聞きたいことがあるんだよね。」
「ん~なに?」
「よし兄って、どうやって姉ちゃんと知り合ったの?姉ちゃんのナンパ?」
それを聞いてカラカラと気持ちよく笑いながら櫛で髪を分けていく。
「違うよ。声をかけたのは僕が先。でもナンパじゃなくてね、純粋に疑問があって聞いてみたってところかな。」
「疑問?」
「よく行く店のカウンターで飲んでいたんだ。テーブル席に女性3人のグループがいて、その中の一人が紗江だったわけ。どうやら話題は一人の子の彼氏が転勤になる、どうしましょうってことだった。」
それで?と目線で先を促す。綺麗な指で髪をかきわけ時々頭をまっすぐに直される。
「ついていきたいけれど、仕事を辞めるのは不安だし、そもそもついてこいとも言われていない。
遠距離恋愛ってどうなんだろう。などなどなど。」
「疑問でもなんでもないけどなあ、普通の話っぽいよ?」
「そうなんだけどね、そんな話が続いてなんとなく会話が途切れた時に紗江が言ったわけ。
『久美はどうしたいの?
①一緒にきてくれないかと言われたら困る、どうしよう。
②一緒にいきたい、そのために何をしたらいいと思う?
③遠距離恋愛になっても一緒にいたい。
④転勤を機に別れたい。
⑤その他
で、どれなの?』って」
「姉ちゃんらしいな。」
「やっぱり?」
「どうしようって聞いたら、サトはどうしたいのか聞かせなさい。必ずそう言われた。」
「そのテーブルがお開きになったあと、紗江だけ残ってカウンターで飲みだした。
だからね、聞いたんだ。相談に乗るにしてはさばけてたね、お友達は一緒に悩んで欲しかったんじゃないの?って。」
「その先は言われなくてもわかっているけど、どうぞ。」
よし兄はニヤリと唇の端をあげる。
「だろうね。紗江は言ったよ、人にどうしようって聞く時は「どうしたいか」ある程度決まっている。だからどうしたいか聞くのが一番。どうしたいを実現するための方法を一緒に考えてあげるのが本当の悩み相談だ。へえ~って思ってね、僕はいつもふられちゃうんだけど、なぜかな?って聞いた。」
「姉ちゃん相手にそんな嘘いったの?」
「だって本当だから。」
「えええ~。よし兄が振られるとか、どういう冗談だよ。」
「僕の身の上は知ってるだろ?だから僕を好きって言ってくれる人は皆好きになった。男でも女でもね。」
「・・・男でも?」
「さとの食いつきが何故そこなのか・・・今は聞かないけど?」
とって喰われそうな顔で微笑まれて、知らず身震いしてしまった。逢う度思うけれど、この人の底の見えなさは不気味なくせに目が離せない。(綺麗だしね・・・)
詳しく聞いたわけではないけれど、よし兄は天涯孤独の身の上だ。施設で大きくなったらしく、自分の腕だけで稼げるように美容師になったらしい。人に必要とされることが自分の存在価値だから、誰にでもなびいて大変だったんだから、と姉ちゃんが言っていた。
「紗江は言い切ったよ。「そんな諦め癖のある人の相談になんか乗れません」って。」
「相変わらず失礼なヤツだな・・・」
「いや違うよ。僕はビックリしちゃってね。言われたとおりだったから、人一倍欲しがりな癖に諦めが早い。去る者追わず来る者拒まずで、裏を返せば欲しがっていないってことなんだよね。その時初めてわかったわけ。好きって言われるだけが目的っていうのかな、その先は何も考えてなかったからね。だから振られっぱなし。」
「う~~~ん。そういうことになのるのかな。」
「そうなの。それで紗江が帰ったあと、マスターが言った。
『ヨシの身の上とか何も知らないのに失礼なことをいう女だな』って。」
「俺もそのマスターに賛成かな?」
「そお?でも俺の味方というか受け止め方は違った。一つ発見だったよ。飲みに行ったら少しくらいは身の上なんかも話したりするじゃない?それで僕は身寄りが居ないから手に職つけたってことくらいは言ったことがあった。
マスターの言う「身の上も知らないのに」っていうのはさ、僕がかわいそうだってことだろ?
こんな可哀想な人間にははっきり言う事ないのにね、って事じゃない?」
「・・・・どうなんだろう。わかんないよ。だって最初に逢った時からよし兄のこと好きだし。
でもかわいそうとか思ったことはないな。」
よし兄はポンポンと俺の頭を撫ぜた。
「同情と愛情は違うってことや、自分に向けられていた視線や気持ちを間違ってキャッチしてたかもしれないって、初めて考えるきっかけをくれたのが紗江。だから同じ店に紗江が来るまで通いつめて、再会したときにお友達になってくださいってお願いした。」
ポカーンだ。お友達って・・・。小学生でもあるまいし。
「付き合ってください。じゃなくお友達?」
「そ、お友達。」
「それから、さとが就職して紗江が札幌を引き払って田舎に帰るって決めた時も、まだお友達。」
「・・・・まじで?」
「ほんとにほんと~」
「・・・全然知らなかった。」
「言ったことなかったしね。紗江が『寂しくなったら遊びにおいで』って。
行くかよ、紗江こそ遊びに出てこいとか言ったくせにさ・・・思い出すだけでも、ちょっと泣けそうになる。襟足決めるから少し下見て。」
視線が下がり鏡ごしに向かい合っていたよし兄が消える。
「僕は全然理解していなかったんだよ、紗江という存在の重要さを。そりゃあ電話で話すこともできるから音信不通になったわけじゃないのに、僕の生活の中にぽっかりと空白ができてしまった。
美味しいものを食べたら必ず考える、今度紗江と一緒に来ようかな、この俳優が好きだったから封切になったら行こうかな、前に貸した作家の新刊がでているよ。札幌に上陸したら並んでみてもいいかなって言ってた店がとうとう・・・」
ゆっくり顔をもとの位置に戻される。よし兄は本当に泣きそうな顔をしていた。
「僕のまわりは紗江で一杯なのに、肝心なアイツがいないんだ。理不尽すぎて寂しくて悲しくて初めて誰かを思って泣いた。」
「わかるよ・・・。存在だらけなのに本人がいないって、けっこうしんどいよね。」
玄関の鍵があけっぱなしだった、あの日がふいに甦ってくる。
「前髪切るから目つぶって。」
優しく言われて素直に目を閉じる。たぶん、お互い顔を見られたくなかったんだと思う。
「次の休みにすぐここに来た。玄関で紗江の顔を見たらボロボロ泣けてきてね、さすがに驚かれたよ。お父さんとお母さんに逢うなり、「紗江子さんを僕にください!」って言った。」
「はあ?お友達なのにプロポーズ?」
「目閉じてって言ったでしょ。」
おもわずあけた瞼を目隠しされた。
「お父さんは笑って言ってくれた。『長男があてにならないから残念だけど紗江子は君にやれない。代わりに君をくれないか?』ってね。」
「それって・・・」
「うん。『息子が増えるのは大歓迎だから』って・・・。それで生まれて初めて僕に両親ができたんだ。一生ないって思ってたから嬉しいを通り越して、心がバラバラになったあと合体したみたいな不思議な感じがしたよ。そして子供みたいにオイオイ泣いた。今思ったら相当恥ずかしい姿だけど、僕にとってはとっても大事な思い出かな。」
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