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chapter17 男前腹をくくる その1 <6月>
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金曜の夜だというのに、武本の家ではなく居酒屋にいた。
新人2人と武本と俺。入社して3ケ月が過ぎようとしている新人君は、武本のスパルタ教育のおかげもあり、使えないまでも日々色々吸収しつつ頑張っている。
今日の昼休み、二人揃って居酒屋のクーポンを握りしめながら飲みに行きませんか?と言ってきた。お願い?懇願?いずれにしてもその必死な姿に武本と笑いながら快諾して、現在に至る。
今までも軽く飲んで帰ることはあったが、向こうからのお誘いは初めてだった。
「この間、ひさしぶりに大学のときの友達に逢ったんです」
石川が切り出した。石川はいまどきの若者らしく身なりに気を使い、見た目も清潔感がある。これといって特徴のある顔ではないが、不細工でもない。瞬発力には欠けるが、じっくり考えて答えをだすタイプなので、武本は自分のサポートで使っている。
「働き出すと逢わなくなるよな。学生時代と持ち時間が全然違う。」
武本の言葉をぼんやり聞きながら俺は考えていた。同じ会社でコンビを組んでいるから時間が合ったということだ。同じ会社でも課が違えば時間も変わる。
「話をしていて気が付きました。俺も渡辺も随分よくしてもらっていたんだなって。」
「誰に?」
「決まってるじゃないですか、武本さんと飯塚さんにです!」
改まって言われても、俺はたいしたことはしていない。大部分は武本が請け負っているわけだし。
「どうしてそう思ったんだ?石川。」
武本はすっかり仕事モードに戻ってしまった。何故そういう結論にいたったのか、何を考えたのか、どうしてそういうことになったのか。武本はこの2人にとにかく考えろと教え続けている。言われたことの意味と結果と答えと結論。本当に根気強い、俺には真似できない。
「皆言ってました。今やっている作業が何の為かわからないって。どういうことに必要なのかわからないままやっているから、合っているか間違っているのかわからないって。」
「ダメだしされてないならOKってことなんじゃないのか?」
「飯塚・・・それはそうだけど、今石川が言いたいのはそれじゃないだろうが。それで?」
軽く怒られた・・・。
「でも何がわからないのかを理解できていないから指示のとおり進めるんだけど、グルグル考えるそうです。そのうちわかるようになって、すっきりすることはあるのかなと、結構深刻で・・・それ言ったの一人じゃなかったから、俺自分のこと考えちゃいました。」
「俺も石川から聞いて気が付いたんです。」
石川が話しているときに黙っていた渡辺が口を挟んだ。こいつは合いの手というかタイミングを計るのがうまい。割と穏やかな性格をしているのに見た目が派手だ。服装とかそういうことじゃなく、顔のつくりに華がある。『外向きだろ、渡辺は』という武本の一言で、渡辺は俺の下についた。
「何の為に必要な資料なのか言ってくれたり。何かする前に、どうして今これをやらなくちゃいけないと思う?ってすべてに意味があるってことを俺達に伝えてくれてたんだなって。」
「そっか、それで石川は友達になんて言った?」
「今度「これ何に必要なんですか?」って聞いてみるとか、自分のやっていることが誰の手に渡っているか調べるのはどうかな。自分で色々聞いたりやってみたらいいんじゃないかって。」
「教えてもらいっぱなしだけど自分らでも考えたらまだまだ出来る事あるよな~って結論になりました。石川みたいに俺も友達に逢って話してみようかなって。」
「そっか。」
そう言った武本は嬉しそうだ。自分のやってきたことが無駄ではない思えることは誰にだって大事なことだ。新人2人は武本の意志をちゃんと受け取っている。
「ようやくベースができたってところだな。」
「どうなんですかね。」
「あとはビジョンだね。」
「ビジョン・・ですか?」
「そ、どういう風に自分はなりたいのか、もしくは何をしたいのか。日々過ごして経験値を積めばそれなりに仕事は出来るようになる。でもそれだと時間と仕事を「こなす」だけの毎日だろ?自分をキープし続けるにはビジョン、ん~目標?なんでもいいけれど必要なんだ。それに向かって行く事を常に考えていれば、今するべき事が自ずと見える。」
「じゃあ、俺武本さんになりたいです!ちゃんと人に物事を伝えられるような。」
「渡辺!ずっり~ぞ、今俺もそれ言おうとしてたのに。」
・・・この人タラシが。
当の本人は顔をしかめている。そんな顔をしたいのはコッチだ。2人揃って武本さんで、飯塚の「い」の字もない!
「ダメだな、そんなちっさいのはビジョンでもなんでもないじゃないか。俺が言いたいのは・・・例えがチープだけど、社長になりたいとする。」
「はい。」
「渡辺は飯塚と一緒にいるから、よく社長さんとか人の上に立つ人に逢うわけだろ?その時になぜこの人はこのポジションにつけたんだろう、どういう所が人を惹きつけるんだろうを考える。単に商談する以外にも見えてくるものがあるってこと。月の数字だけを追いかけて商談していると何も見えないけれど、心の持ちようや目標で視野が広がるんだよ、意味わかる?」
「はい!」
「大変よろしい。だから俺は二人にビジョンを持ってほしい。それを持ってくれたら俺はすっげ~嬉しいかな。」
・・・・この人タラシが。
3人の輪の中から外れてしまったような気がしてきた。ビジョンを持てと言ったところでそう簡単には自分の目指すものは見えてこない。でも不確かではあるが必要である「ビジョン」を頭に置いて仕事に取り組めば違う成長ができる。
人を育てる才能か・・・残念ながら俺には無いようだ。武本には本当に敵わないと実感した。
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