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12年・・・重ねた時間の目指す先 4
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「いらっしゃいませ!うわっマスターじゃないですか!」
オープンと同時くらいの到着になったから、本日の客第一号が俺達だった。久しぶりにあったキイちゃんは雰囲気が変わり、年相応の、いやそれよりも若く見える明るい青年の姿になっていた。
「久しぶりだね、元気そうで安心したよ。」
「マスターは少し痩せちゃったかな。ちゃんとご飯食べていますか?」
相変わらず丁寧な言葉使いだ。タメ口なんて絶対なかったし、目上の人間に馴れ馴れしい言葉を使ったことが無い。ちゃんと育てられたんだなと思えるし好感が持てる長所。
「悪いな、腹減ってさ。ここのこと思い出して。」
「ギイさん、ご馳走様でした。先に帰っちゃって申し訳なかったです。」
「いや、押しかけたのは俺だし。」
そこにすっと店の奥から一人の男が来た。出来る男風、(実際に出来る男だろう)清潔感、キッパリしているだろう鋭さ、でも柔らかい。ギイの言っていた王子様の一人だろう。
「いらっしゃいませ。」
最初は俺の後ろにいるギイに軽く会釈をした。笑っているが目が笑っていない。ギイは余計な口を聞いて王子様を怒らせたのだろうか。
ひたと見つめられてグっとつまる。
「いらっしゃいませ。テーブルにご案内します。」
そう言った顔は本当の笑顔だった。・・・どうやら俺は合格点を貰えたらしい。
案内されたテーブルは柱の陰になっていて落ち着くが、厨房や店内を見渡すには少しばかり適していない場所だった。お客様としては歓迎するけど、余計なことはナシですよって事だね。
思った通りだ。俺より若いくせに、やることに無駄がなさすぎるじゃないか。でもこれはキイちゃんが大事にされていることの証明だから、不快感はなかった。
レモン水とメニューをもって現れたキイちゃんは、最初のビックリはもう鎮まったとみえて、穏やかにニコニコしている。
「ギイ、何か飲むか?パスタがうまそうだな。俺ワイン飲む。」
「じゃあ、俺も。」
「なんか適当に赤を一本もらえるかな。その間にオーダー決めるよ。」
キイちゃんはちょっと首をかしげて不思議そうに俺達を見ている。
「ギイさんとマスターってお休みに一緒にいるくらいの仲良しさんだったのですか?しりませんでした。」
長い付き合いなんだよ、本当はね。そう言おうとしたら向かいのギイの足が俺のつま先をつつく。
言うなってことかよ・・・まったく。
「昨日ギイが店で潰れてね。放置できないから担いで帰ったわけ。それでこの有様さ。」
「ほんとに?」
「ほんとに本当のお話だよ、びっくりだろ?」
「ギイさん・・・。あんまり変な飲み方しないでくださいね。」
キイちゃんはそう言ってボトルをとりにテーブルを離れて行った。
「だとさ。変な飲み方って、一番当たっているよ。半年前くらいからお前は変だ。」
「・・・わかってるよ。それで何を喰う?なんかどれも旨そうだ。目が賤しくなっているからヤバイな。」
とりあえず4皿の料理を選んだ。豆とかぼちゃと北あかりのサラダ。パスタはシンプルにポモドーロ。
チーズとプロシューの盛合せとフォカッチャ。足りなかったら追加すればいい。
日曜日と言う曜日のせいか、店内はみるみる客が増えていく。大方が女性で、男性は連れてこられた彼氏といったところだ。男同士は俺達だけだったが、居心地の悪さはない。なんだかここは店なのに家みたいな所だ、そんなことを思う。
活気があるのに穏やかだ。客は皆リラックスして食事を楽しみ笑顔で会話を弾ませている。テーブルの間をキイちゃんを含めた3人が動き回り、湯気のたつ料理を運ぶ。キイちゃんは人気があるらしく、テーブルで呼び止められ何か言われることも多い。つねにニッコリの笑顔、斜に構えた以前のキイちゃんは消えていた。
「うま・・・。久しぶりに旨い。」
同感だ。すこぶる旨い。味は濃くなく薄くもなく。飾らない味だが体が喜ぶ、そんな味。
「これを食べて美味しいと思えるなら、まだ俺達大丈夫なんじゃないか?」
俺の言葉に一瞬動きを止めたギイは俺の顔を見た。そんな風に真剣に見返されたのは随分前のことだから、ちょっとだけドキっとした。
「お前の言わんとすることはわかる・・・。そうだな、まだ大丈夫かもな。」
1本目のワインはあっという間に空いてしまった。ポテトチップをつまみに部屋で飲んでも、そうそう沢山は飲めないが、美味しい料理があれば酒もすすむ。ボトルと6種のおつまみ盛合せを追加して、ようやく少し落ち着いた。
「ここでキイは「ハル君」なんだな。」
キイちゃんを目で追っているのだろう。視線を揺らせながらボソっと言った。
「北川しか言わなかったからね。」
「客に「ハル君」言われてるから人気があるんだろう。まあ、あのルックスなら守備範囲は広いだろうし。
暗い所でばかり見ていたせいかな、随分明るくなったと思わないか?」
「それは思った。前よりずっと素直で明るい、それに年相応の可愛さを取り戻している。」
「歳相応か・・・。」
ボトルは王子様一号がサービスしてくれた。
追加の盛合せの皿は二号が運んできてくれた。
第三号と四号は柱のせいでまだ確認できていない。
「俺・・・どうも沈み込んで浮き上がれないんだ・・・。」
ようやく言う気になったか。
空いたグラスにワインを注いでやりながらつま先をつついた。
「言って楽になれ、聞いてやるから。何を聞いても俺はギイの傍にいるから安心しろ。」
向かい側の男は、泣き笑いのような笑顔をうかべて「ありがとう。」と言った。
キリキリする心臓をなだめながらギイの言葉を待つ。
安心しろ、俺がお前を切り捨てられるはずがないのだから・・・。
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