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March.31.2016 トアの余波
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「ランチはちょい増え程度だったのに、夜はなんだってこんなことになってんだ?」
「今更だろう。もちろんトアに決まっている。」
日曜日の放送があった当日はコレといった変化は見えず、変な緊張をされても困るのでトアには何も言わないまま無事日曜日が終わった。次の日は休みだからハルと仲良くオンエアの映像を確認。おじさんのPC画面で見るのとはやっぱり違っていたし、「へえ~~」なんていう声が自然にでてきちゃうものに出来上がっていた。ハルは後頭部だけだと再び残念がり、カットする前だったからよかったじゃないかと慰めた。とたんに「ハルは崩れてるな。」とサトル兄に言われたことを思い出したのか顔をしかる。いちいち表情が変わるから見ていて飽きない。ニヤニヤ笑う俺を放置してハルはトアにメールを送った。そしていつもの月曜が始まったというわけだ。
「ミネさん、パンツ取り替えてシャワーしてください。洗濯は30分後です!」
そうやってのんびりと過ごした月曜日。
火曜日のランチは飯塚と話あって、いつもより若干多めの仕込みにしてみた。電波効果がどれだけあるかわからないけれど、備えもしないで浮かれているとお客さんに迷惑がかかる。
そして火曜日のランチは満席になって回転した。13:00以降の来客もあり、とてもいい感じの客回りだったから正直に嬉しい。でかしたトア、勿論おじさんとサトルも。あ、あとすずさんも。
いやいや~すごいねトア!なんて言ってられたのはここまでだ。念のため飯塚と協力して各自のおすすめは多めに仕込み臨んだ夜の営業。
ぐはっ!!!
18:00をすぎると客がどんどん来始める。予約のお客さん&フリーのお客さん。ウエィティングテーブルにもウエィティング。まだ肌寒い季節、外で待つなんて無理だし、店内にこれ以上待っていてもらえるスペースはない。サトルは席が空くまでの時間が見えないので、次回の来店を促すことにして対応。ほとんど使われていない俺の名刺の裏に「ファーストドリンクご来店様分ご用意します。」と書き込み俺のシャチハタを押して日付を書いて渡す。希望するお客さんには席があいたら連絡する方法を取った。
ホールも大変だろうが、それは厨房も一緒で、作っても作ってもオーダーが減らない。ハルやトアが張り上げるオーダーに「りょ~~かい。」といつものようにノンビリ返すが、あくまでも返事だけ。のんびりなんてしている場合じゃない、とにかく手を動かす、動かす、動かす!
冷蔵庫とコールドテーブルの扉を開けたり閉めたり。しゃがんだり立ったり、しゃがんだり!
「なによ、もう!俺スクワットしに店に来たんじゃね~~つぅの!」
「口開ける余裕あるなら手でも足でも使え。」
殺気だった鉄仮面はこれまた迫力満載だった。そして19:00を過ぎてさらに混みあい始めるあたりから、アドレナリンが出始めたのか、この状況がシビレルくらい楽しいと感じ始める。
俺は笑顔というか人を殺す直前のシリアルキラーのごとく、不敵な笑みを浮かべながら鍋をふっていたらしい。ハルが俺を見てギョットしたくらいだ。
「ボンゴレロッソあがったよ!」
「は・・・はいぃ!」
ハルの返事は見事にひっくり返っていたけど、それをからかう程の余裕はない。
一息つける時間帯になった21:00になってもテーブルは埋まったままだった。これは明日の仕込み、目茶目茶大変だと覚悟する。備蓄している食材がどんどんなくなり、そうそうでないだろうとタカをくくっていた特大ボタン海老の在庫がカラになってしまった。なんてことだ、欠品メニューを発生させるなんて情けない。冷蔵庫の脇にぶら下げている予約委細が書かれているホワイトボードに殴り書きで「ボタン海老」
ホワイトボードは書きなおさなくちゃ判読できない有様だ。でも仕入が必要なものを覚えているうちに書いておかないと絶対に忘れるからとにかく書く。食材の文字が躍るホワイトボードになってしまった。
シンクには大量の皿がもうこれ以上置けません状態になっている。合間合間に必要な皿を洗い使いまわす。こういう時は皿洗いバイト君がいたら助かるわけなんだが、これが一過性のトア効果なのか継続するのか見極めができない。たった1日の事で安易に経費がかかる決定はできないわけで・・・ああ、料理を作る以外のことにも気をとられてしまう。
ようやく迎えたラストオーダー。
「ラストオーダーありませ~~ん。」というのを期待するも、埋まっているテーブルの状況を見れば、そんな甘い希望をもった俺がお馬鹿さんだってことになる。
そして思ったとおりのオーダーの山。
ひたすら作る。でも作業になっちゃいけない。「この前のほうが美味しかったわね。」「この前のほうが盛り付け綺麗だったね。」そんなことをお客さんに言わせるシェフにはなりたくない。
厨房の向こうにいるお客さん達を想って味を整え、皿を飾る。
この点飯塚も同じ信条だから心配する必要がないのはとてもいいことだ。足並みが揃ってこそいい仕事ができるっていうわけ。
最後の皿を仕上げてトアに渡すと、どっと体が重くなった。
ホール部隊はドリンクのラストオーダーを迎えるまでまだ30分ある。厨房チームはその間に戦場と化した厨房を元通りに回復させなくてはならない。
調理器具たちを洗い元の場所に戻す。コンロをばらして洗い、また組み立てる。食材を収めていたタッパーやバット、コンテナの多くが空になっている現状にクラっとしながら、明日の段取りを頭の中で追い始める。ブロードの量は倍にしなくちゃいかん、あとトマトソースの在庫を確認、あと仕入のファックスを今晩中にいれておいて明日朝イチで全部入ってくるか確認の電話をすること。入ってこないものがあるならメニューを変える必要がある。
とりあえず厨房が綺麗になる頃に完全ラストオーダーとなった。
飯塚と手分けして仕入のファックスを完成させて送信する。ホールは帰るお客さんの見送りや皿を下げたりと慌ただしい。
「飯塚、シンクのレスキューするか。」
「ああ、これはひどいな。」
飯塚と並んで皿をせっせと片付けながら、明日の仕込みの打ち合わせを開始。
なるほど、並んで立って皿を洗っていると結構集中できる。明日の段取りがとんとん拍子に進んだ。サトルと飯塚が並んでいる時は近づかない俺達だけど、きっと二人にとって大事な会話が交わされているんだろう、そんなことを思った。
大事な話をするとき、俺も皿洗い戦法使うことにしようか。大事な話をすることはそうそうないだろうけどね。
最後のお客さんを見送り、ようやく静かになった店内。俺達は全員ゲッソリしている。お客さんがいるときは気を張っているけれど、俺達だけになればそんな力は沸いてこない。
「おつかれ。」
「お疲れ様でした・・・。」
「お疲れ。」
交わされる「おつかれ」も相当疲れている感じ。
「よっしゃ、もうちょい頑張って後片付けよろしく。」
俺がそう言うと、ハルとトアがコクンと頷いた。
「ミネ、俺はドリンクの欠品チェックするよ。こんなにソーダ水でるとか予想外なんだけど。」
「こっちの食材もだけど、ドリンクもか。明日少し早目にでてこないと駄目っぽいな。厨房は仕込みがテンコ盛りだし。」
「こっちも早出するよ。酒屋さんに早目にオーダー入れたいし。細かい仕事で俺達ができることはするから。たとえばウェイティング用のパン切るとかさ。」
「あ~助かるわ。」
「俺は出来ないけどね。かわりにお断りしたお客さんに渡すドリンクチケットを明日から用意する。」
「お願いする、俺はそっちまで正直手がまわらない。」
「俺がパン切ったらロスだらけになって、明日の賄がパンになる確率100%だよ。」
サトルはそう言いながらボールペン片手にワインのボトルを数えはじめた。ワインにソーダ水・・・ソーダ水ってことはアレか、果樹酒系のソーダ割りがでたのかな。けっこう美味しい柚子酒をいれたばかりだし、カンパリクランベリーのソーダ割りがでたのかもしれない。
ふうう・・・。
そして各々が仕事を全うし、全てが片付いたのはいつもより40分以上遅い時間だった。
「ふううう。」
リビングのソファに沈み込む。身体が脱力してソファに埋まってしまうかと思うくらい身体が重い・・・疲れた。
「雪まつりの時とはまた違いますね。」
ハルの顔もお疲れさんだ。ちんまりソファに座ってポヤンとしている。
「雪まつりはランチのほうが忙しかっただろ?メニュー決まってるし、ドリンクオーダーも少ない。でも夜の単品攻撃とドリンクだから、そりゃあ~もう疲れ方が半端ない。でも有難いことなんだよな。もうこれ以上こなくていいから!なんて考えちゃうけど、それだめなんだよな。感謝しないと。」
「ですね。忙しいのは僕達の都合で、お客さんに非はありませんから。ついついそこ忘れがちです。でも今日は厨房で笑いながら動いているミネさん、すごいな~って思いました。」
「笑ってたか?素敵な微笑みだっただろう?」
「・・・お客さんには素敵な微笑みに見えたかもですが、僕にはなんですかね・・・「クリミナルマインド」にでてくる犯人が悪い事するときみたいな顔に見えました。ちょっと怖かったです。ビール持ってきますか?」
「いや、ビールじゃなくてチューハイにする。甘い物を身体にいれたい気分。」
ハルはスタスタとキッチンにむかいチューハイを運んできてくれた。
プシュっとあけて乾杯をする。
喉をすべる炭酸は文句なし、味蕾がキャッチする甘さが身体に心地いい。
「明日も忙しいですかね。」
「たぶんな・・・トア効果がいつまで持続するかわからんけど。」
「ですね。」
350缶、すぐなくなちゃいそうだ・・・。
ボア~とチューハイを飲んで脱力モードを継続する。もう少し体力を回復しないと動く気にならない。
ハルはソファの上で向きを変え。俺に向き合うように座った。
「今日みたいな凄味のある笑顔もいいですけど、やっぱりミネさんには笑っていてほしいのです。だから明日、今日みたいに変な笑顔だったら僕が思い切り笑顔になりますから。それをみたら、うわ、俺シリアルキラーになってる!って気がついてくださいね。」
シリアルキラーね・・・それはマズイ。
「わかったよ。そんでハルの思いっきりな笑顔ってどんなのよ。」
ハルはふっと目を閉じたあとゆっくり開けた。
俺の顔をじっとみること3秒。
そのあと輝く様な優しい笑顔を俺にくれた。
「こんなふうにです。ミネさんはいつも笑っていてくださいね。」
その笑顔は俺のどこかに刺さったような・・・今まで知らなかった何かを俺に及ぼした・・・と思う。
疲れた身体にアルコールを入れたせいだろうか。
久しぶりに体が重いせいだろうか。
なんだろう・・・な。
わからないままに俺はハルに笑顔を返す。
「そうです、ミネさんの笑顔は最高なんですから。」
『何言ってんだよ、ハルの笑顔が最高だっての』
いつもの俺ならそう言えるのに、その時は何故か・・・言えなかった。
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