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may.5.2016 トア皿洗いのメリットを知る
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「いらっしゃいませ。」
おっと、この方は例の男性だ。愛人も奥さんも彼女も皆連れてくるというツワモノさん。「いつもありがとうございます。」が禁句なのはSABUROのもはや常識。頼むメニューも相変わらずです。「お気に召したようですね。」も勿論禁句。色々と気を使います。でも常連さんと言っていいでしょうね、ちゃんと足を運んでくれますから。今日のお連れ様は・・・奥様ではない、これは確かです。
「今日は何者さんですかね?」
「ハルさん、僕にもそれはわかりません。」
「僕が把握しているのは、奥さんと1号、2号ですね。また一緒にきたら3号と命名することにします。」
「仮面ライダーじゃないですよ?」
「へえ~トアさん、僕は仮面ライダー見たことないのです。」
「僕はそんなに歳とってませんよ!年上の兄の影響です。」
コソコソとおしゃべりです。囁きモードでも何故か聞き取れます。ホールにいる時は鼓膜力があがるのかもしれません。気を張りつつ緊張感を持って臨む仕事ですが、少し息抜きだって必要ですからね。
明日は仕事の人もいるでしょう。まだGWは残っていますって方は月曜日仕事に行きたくない病にかかりそうですね。僕は休みです!そしてお花見です!楽しみ~~!
週末に比べるとお客様の入り時間が早い。たぶん引けも早い時間になりそうですね。とはいえガラ~ンとした店内とは真逆の状態はいつもの通り。厨房に目をやると、ミネさんまだシリアルキラーに変身していませんでした。ほっとします。
仕上がった料理を運び、サービスをする。理さんとハルさんの動きに目を配りつつ、もうちょっと食べたい顔のお客さんに声を掛ける。もちろん笑顔で。
「もしかして、あのレンタルの番組の人ですか?」
「あ~はい。そのようです。」
エエ~キャア、という女性たちの声が店内に思いのほか響きまして、他のテーブルの皆さんの視線が・・・これはほぼ毎日あることなのですが、全然慣れません。猛烈に恥ずかしいです、毎回毎回。
「ようやく順番がまわって「kissingジェシカ」見たんです。この3人でDVD鑑賞会しました。」
「そうでしたか。」
「そしたらもうなんかジッとしていられなくてお店に来ちゃいました。予約してなかったのに入れてラッキーでした。ああいう映画見たの初めてで、でもなんかお洒落でしたよ。トアさんの言うとおり女子力UPした気分です。今日は沢山飲んでたべちゃいま~~す。」
「それはありがとうございます。」
キラキラ視線が3つ。ううう・・・こういうときどう対応していいのかわかりません。飯塚さんとミネさん、よく平常心で仕事ができますね。あの鈴なりカウンターを横目に格好よく料理を作りまくる・・・尊敬します。
あ~僕もあのメンタルが欲しい!
そしていつもの僕なりの自衛策をひっぱりだすのです。
「では是非僕のおすすめSABUROのエンチラーダをどうぞ。」
「えんちらーだ?初耳ですね、映画と一緒です。」
うぐぐぐ、ちょいちょい攻撃してきますね、女性は強しです。
「南米の料理です、エクアドルとかメキシコ辺りの。トルティーヤに肉や豆の詰めものをして上から辛いソースをかけてトッピングをする。かけるソースやトッピングで名前が違ったり、地域で変わるらしいです。当店自慢のチリビーンズを使って一品何か作りたいとシェフが考えたメニューです。」
「へええ。」
「チリビーンズをトルティーヤに包んで器に盛り、トマトソースをかけたあとたっぷりのチーズをのせてオーブンで焦げ目がつくまで焼いたものです。トマトの酸味と甘さにチリビーンズのピリ辛、でもチーズがあるので、辛いのが苦手の人でも美味しく食べられると思います。もちろんお酒にもばっちりです。スピリッツや焼酎もいいですし、ワインでも。色々試してみてください。」
どうする?3人以上になると女性グループは必ず相談が挟まります。「私それ食べる!」という人はあまりいません。「わ、それ食べたいかも。」と言って反応を伺うというか・・・決まり?掟?
そして食べたい人が「頼んでみようか。」と質問を変えて、「そうしよう。」「もうちょっと考える?」という方向に。「喰いたきゃ頼めばいいさ。」という男な流れにはなりません。だから僕はそれ以上無理強いもしませんし、即返答が来ない場合は「お決まりになりましたらお呼びください。」と言っていったんテーブルを離れます。横に立っていると、それはそれでプレッシャーになるらしいので・・・はい、接客は色々気をつかいますし、観察力が養われます。
こちらのお客様は即決に至ったようですね。
「トアさん、じゃあそれお願いします。」
「かしこまりました。」
厨房に向かう僕の背中には「きゃ、名前呼んじゃった。」という声が聞こえまして・・・どうしましょうね。これっていつか平気になる日がくるのでしょうか。
ミネさんにオーダーを通すと理さんがやってきました。
「ミネ、お客さんがみえられたよ。去年の11月に予約くれた方。俺はドリンク聞いてくるから、宜しく。」
ミネさんは「はいはい~。」と余裕のご様子。11月?ああ、確かいましたね。そうでした北海道の人じゃなくって、5月が誕生月でそのお祝いで・・・そうです九州ですよ。
「ミネさん、宮崎の?」
「そそ。リクエストオーダーがあったんだ。トアに説明するから。」
トマトの煮込み・・・かな?
「魚介料理でペスカトーレみたいな一皿がご希望だった。でもペスカトーレなら地元でも食べられるだろうしさ。だからTHE北海道、ここでしか食べられない食材で作った煮込み。」
「これ、タラですね。」
「正解~~。棒タラ。」
家庭の食卓にでてきます。僕の家では煮物が多かったですね。ホロホロの食感と煮汁をたっぷりすいこんだ身は美味しいしクセがない。真鱈や助惣鱈(スケソウダラ)が使われています。
「助惣鱈でしょうか。」
「そ、綺麗に洗って掃除をする。口にさわるからヒレは全部落とす。ぶつ切りにしてトマト煮にした。ニンニクたっぷり、そして味だしはじゃが芋~~~。
ホクっとした男爵と煮崩れしないメークインを両方入れた。オリーブオイルでじゃが芋とローリエを炒めてブロードとトマト缶、魚を加えて柔らかくなるまで煮込む。味付けは塩と胡椒。シンプルで美味しい温かい料理。パンをつけて食べるもよし、ご希望なら煮汁でパスタも作れるから、それも聞いてみて。はい、味見~。」
「味見ですか?」
「味がわからないと説明できないでしょ?」
一口いただきます。おおお~シンプルだけど美味しい!これ冬に食べたい、これで鍋にしてもいいのでは?じゃが芋以外の野菜とも相性抜群だと思います!
「ミネさん・・・僕はこれを土鍋で鍋にしたい。」
「おお~それもアリだね。スペインやポルトガルではこの乾燥タラをよく食べるんだ。「バカラオ」って呼ばれている。旅行行った時バカラオをみつけたら鱈だと思えばいい。
じゃが芋も棒タラも北海道の保存食。冬を越してじゃが芋は糖度が増しているから美味しいと思うよ。それじゃ、サービスよろしく~。」
深皿にたっぷり盛られた料理。なんかアレですね、こういうのっていいですよね。高級食材じゃなくて、僕たちがいつも口にしている材料でおもてなしって。ここで母手製の煮ものみたいな茶色のタラがゴロンとしていたらウ~~ンですが、ちゃんとお洒落仕様になっています。
馴染みの食材を丁寧な仕事で美味しくする。高級じゃないから値段もお手頃、でもここにこなくちゃ食べられないって思い出になりますよね。うん、なる。
テーブルに料理を運び説明をすると、お二人の笑顔を貰いました。ご夫婦で奥さまの誕生月のお祝い。GWに旅行を兼ねてだったのでしょうね。柔らかそうで優しい雰囲気の奥さまと下品なことは言わない感じのご主人。奥様+1号+2号のあの人とは大違いです。(比べちゃいけませんね)
北海道のニュースにも毎日宮崎が登場していて、札幌三越に東国原がきてマンゴーを売りまくったことがありましたが、あれから随分たちました。なかなか遠い九州の地。僕は大阪から西に 行ったことがありませんし、九州に行くとなると二度も海を越えることになる・・・いやあ遠い、よくぞいらっしゃいました。
「すごく美味しいです!素朴で、お芋がホクホクしている!じゃが芋の味が違う!えええ~すごい。」
芋の味が違う?そうなんだ・・・これが当たり前なので、よくわかりません。
「あの・・・。」
「はい。」
「宮崎の言葉で、ものすごく美味しいって何て言うのですか?」
お二人は顔を見合わせてキョトンとしています。ああ~やってしまいました!僕は子供か!よく考えてから言葉にしないと、これじゃあ翔よりも低年齢です。
しかしご主人がニッコリ笑いながら言ってくれました。
「てげ、うまいっちゃが。ですかね。」
おおお~ネイティブな発音初めて聞きました。
同じくニッコリの奥さまは僕を見て言います。
「じゃあ、北海道では?」
ううう・・・ほとんど僕は言わないのですが、お礼はせねばなるまいです。
「なまら、うまいべさ・・・ですかね。僕は正直言った事ありません。北海道のことはチームナックスの皆さんに任せてしまいましょう。どうでしょう。」
ぐは!つまらないダジャレのようになって、笑われてしまった。追加がございましたらお呼びください、とか何とかいいながらテーブルを離れる。うわ~うわ~~恥ずかしい。
それからは恥ずかしすぎて、そのテーブルには近づけずにいたためハルさんがカバーしてくれました。いやもう映画じゃないことだとかなり低レベルな僕です。あ、映画が高レベルだと言っているわけではないのですよ、断じて!謙遜でもなんでもなく本心です。ふううう~~。
笑顔で帰っていくお二人を理さんがお見送りしていました。なんだか素敵なお二人です、いい旅になるといいですね。来年もお誕生日が来るたびにSABUROを思い出してくれるといい。ミネさんの目指す「特別な場所」にまたひとつここがなったような気がします。誰かの記憶とともに存在するSABUROって素敵だと思います、心から。
後片付けはハルさんと皿洗いです。せっせと手を動かしながら沢山の皿を片付けていくのは大変ですが、スッキリする作業なので僕は嫌いじゃない。
「あのご夫婦素敵なお二人でしたね。1号2号とは大違いです。」
「ハルさん、実は僕も同じことを考えてしまってダメだな~って反省したんですよ。」
「あははは、やっぱり。」
でも僕は知っている。ハルさんがお二人を見たあと、ちょっと遠くに視線を投げて寂しそうに笑ったのを。「あの形をどんなに望んでも僕には一生手に入らない。」そんなハルさんの言葉が聞こえてしまうような表情を見てしまった僕は、そのあとずっと心にそれがひっかかってしまって・・・。
言葉にしないほうがいいのかもしれない、でもやっぱり放ってはおけなくて・・・。
「ハルさん。」
「なんですか、トアさん。」
「僕もあのお二人を羨ましいって思いましたよ。」
一瞬ハルさんの動きが止まった。僕はハルさんに視線を合わせて言葉を伝える。間違って伝わらないように。
「ハルさんは自分は他の人と違うからって考えたかもしれません。僕はハルさんからみて真逆の立場ですけど、あのご夫婦を羨ましいって思いました。全然あんな未来を想像できないからです。」
「いや・・・トアさん。根本的に違います。望めば手に入るし、手に入るかもしれない未来があるでしょ?僕はどんなに望んでもそれは無理です。」
「なにも別に世界中にゴロゴロしている夫婦の形を望まなくてもいいじゃないですか。ハルさんの好きな人と一緒になれば、家族や夫婦もしくは恋人っていう色々な形になれると思います。子供は無理かもしれない、でもそれを言ったらお子さんを持てない、持たない夫婦だっています。」
「まあ・・・そうですけど。」
「ハルさんは幸せになれます、絶対に!」
ハルさんはフワっと笑ったあと手を動かす。
「なんの根拠もないのに、可笑しいですよトアさん。」
「根拠はあります。」
「へえ~どんなですか?」
「ハルさんは愛されるべき人です。その価値があるし、そのくらい素敵な人です。絶対それに惹かれる人が現れます。絶対です!!それが僕の根拠です。」
ハルさんは大きな目を見開いて僕を見た。何か言いたげに唇が少しだけ動いたけれど、何かを我慢するようにキュっと結ばれる。ユラユラしている瞳の表面がなんだか綺麗で吸い込まれそうで・・・。でもハルさんは泣かないように我慢しているんだってわかってしまいました。
エプロンにぶら下げていたタオルで右手を拭いて、ハルさんの髪に手を伸ばす。
「ワシャワシャワシャ~~~~。」
「トアさん!濡れちゃう!」
「僕の根拠信じてください、絶対ですから!信じるって言うまで止めませんよ?
ワシャワシャワシャ~~。」
「もう、トアさんったら。わかりました・・・そうですね、僕らしい幸せがどこかに待っているって・・・信じてみます。」
「そうですよ、信じる者は救われるのです!」
「あははは、なるほどですね。」
後ろからミネさんの大きな声が!
「おい、サボるな、サボリ禁止!!」
「はい!すいません!」
そして僕たちはまた皿洗いに戻った。ハルさんはずっとニコニコしていたし、僕の言いたいことが少しは伝わったらしく安心しました。
そうか・・・飯塚さんと理さんが皿洗いしているときって、こんな感じで伝えたい何かを言葉にしているのかもしれない。
大事な事を言う時、ハルさんを皿洗いに誘うことにします。
だって僕はハルさんが大好きで、幸せになってほしい。
それを心から願っていますから。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
去年の11月に来店予約いただきました読者さん登場のエピソードです。
コメント欄のやりとりしか情報がないので、かなりうすらボンヤリのご夫婦になってしまいました。
ペスカトーレみたいな魚介トマト系がリクエストでしたので、私なりに考えて素朴だけど現地にこないと食べらない食材で一品にしたいな~と。そしてスペインの「バカラオ」を使った料理を思いだしまして、それをアレンジしました。
芋の味が違う、これは私が驚いたことです。九州の芋は粉をふかない!なんだかリンゴのようなショリショリ感といいますか、ホロっともホクホクもしていないのです!そして甘くない。「これが芋なのか・・・。」なんてこったいでした。そして1種類しか置いていないスーパーが多くて、メークインじゃなくて男爵が欲しいのに~きたあかり・・・売ってないよね最初ガッカリしたものです。でも里芋はいっぱい種類おいていますよね、北海道は里芋はほとんど売っていませんから同じですか、所変われば何とやらです。
(フーデリーには色々あるけれどww)
読者さん登場はお二人目。
遠距離不倫では書き手さん、こちらでは読み手さんを巻き込んでの展開。
楽しいから仕方がないww
キュウキュウいわせ過ぎたハルはトアに慰めてもらうことにしました。
楽しんでいただけたら嬉しいです。OOさん!
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