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may.7.2016 企みの匂いがしますよ?
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『朝から結構な雨。花びらが結構落ちちゃったかもしれない。明日の朝みてくるね。』
姉ちゃんのメールにテンションが落ちる。タイミングとしてはすこし遅いのはわかっていたけれど、雨とはついていない。緑は綺麗になるだろうが主役は桜の花なわけで。
日曜の夜中に車を飛ばす意味があるだろうか・・・。明日の報告を待つか。
「こんな時にスマホをのぞき見か?真面目に仕事しろ。」
「姉からのメールです。花見を控えているのに雨らしくて。ダメージですよね、残ってくれているといいですが。」
「俺をのけ者にした罰があたったんだ。」
「もう・・・いい加減勘弁してください。」
俺の隣にはふんぞり返った充さんが座っている。ミネの誕生祝の席に呼ばなかったと、いまだにネチネチ言い続けているから、いささかウンザリしてきた。呼ぶことも考えたけど、充さんを呼んだら正明の父も呼ばなくちゃいけないような気がして。そうなったら西山さんも?どんどん広がっていく気がしたので、大人集団は今回いいかと線引きをしたらこの有様。
こういう時は話題を変えるに限る。
「それで、急になんでこんな話になったのですか?」
「なんでって、2回目の放送で反響があったから。でもその前に実は目をつけていたらしい。2回目のリーマン家庭修復の巻、あの撮影の時らしいぞ。」
「あらま、そうだったんですか。」
ミネはカウンターに背中を預けてトアと正明を見ていた。その隣には衛が座っている。
窓側のテーブル席に座る正明とトアはいつものようにおしゃべり中だ。いつもと違うのはそれを撮影しているカメラがあるということ。二人の視界にはいりにくい場所に設置されて長回ししている。
「使えますかね?」
「武本はどう思う?」
質問に質問返しですか・・・諺に諺で返したことをボンヤリ思い出した。いきなり会議室に呼ばれて、入室間際に「ばれた。」と衛が囁いたあの日。色んなことが実はバレていて、いいように充さんの手のひらの上で踊っていた俺達。懐かしいな。
「おお、おお、こんどは余裕の微笑みか?」
「違いますよ、思い出し・・・違いますね、思い出笑いです。」
「ほう。そう言われると、「思い出し」笑いと「思い出」笑いは質が違うな。」
「そうです。会議室に呼ばれて「辞める算段しているだろ?」と爆弾落された日のことを思い出しました。」
「なつかしいな。」
充さんはニヤリと笑った。ほらね、思い出は人の表情を変える。人は色々な思い出を持って生きていく。薄れてしまうものや何時の間にか消えてしまって、何が消えてしまったかを自分で探せなくなることもある。でも新しい思い出が積み重なっていくから空っぽになることはない。どんどん降り積もっていく。衛との思い出も上書きを繰り返していくうちに古い順番から消えていくのだろうか。
「充さん、思い出と記憶って何が違うのでしょうね。」
「おいおい、今度は哲学か?」
「いや・・・なんか思い出っていうキーワードがぐるぐる頭の中で回っているだけですよ。」
「記憶と思い出か・・・。それは持ち主の想いいれというか気持ちによって変わるのかもしれないな。」
「持ち主の主観で変わるということですか?」
「武本に言われて初めて記憶と思い出の区別なんて考えたが、そうだな・・・俺にとって俊己の記憶のすべては記憶ではなく思い出だ。「思い」と「想い」がゴチャゴチャ入り組んだ塊だな。全てを記憶として分類する人間もいるだろう。現に英語だとどっちもメモリーじゃないか?英語は得意じゃないから他に表現する単語があるのかもしれないが。」
人によってか・・・それは言えてる。そして俺はそれ以上この話題を続けるのは止めた。去年の命日の日、俊己さんとリンクした俺は心の中で哀しみを感じてボロボロ泣いた。俊己さんが流した涙は俺の心に沁みこんだから、充さんがあの時どんな気持ちだったかは充分察することができる。
沢山俺を思い出せ・・・俊己さんはそう言った。そうだ「思い出せ」って言った。
トアと正明は映画の話しをしている。
正明がDVDをトアに渡したから返却中ってとこだろう。
「ハルさん、どうでした?」
「どうって・・・もう。なんですかね、感動とも違うし、哀しいのもある。あと、心が破けそうになったり、うまく言葉にできない感情がぐわんぐわん響いてオイオイ泣きました。」
「ミネさんと観たのですか?」
「そうです。ティッシュの箱が空になるかと思いました。」
「わかります。脚本穴だらけでツッコミ所が沢山あるのですが・・・そんなつまらない事を言って批評したら、あの判事や刑事みたいになってしまう、僕はそう思うのです。」
テーブルの上にあるDVDはタイトルが見える。『チョコレートドーナツ』???どうみても甘そうなタイトルだけど、そんな号泣もの?
「あわわわ、ハルさん、ハルさん!」
正明はポロポロ涙をこぼしている。映画の余韻がぶり返したのかもしれない。あとでどんな映画なのかトアに聞いてみよう。
「うううう・・・・トアさ~ん。僕・・・思い出して・・・・ううう・・・えぐっ。」
トアは「よしよし」な顔をして左で頬杖をつくと、右手を伸ばして正明の髪をふわりと撫でた。
「ハルさん、思い出し泣きですね。僕もよくあります。」
「うううう・・・・。」
正明は手の甲で涙をぬぐいながら深呼吸をしている。トアは正明が落ち着くまでずっと髪をふわふわさせていた。
「充さん・・・こんなんでどうにかなるんですか?」
「さあな、プロがどうにかするんだろうな。俺から言わせれば、チビッコが泣いて、ミツがよしよししてる図にしか見えないが。」
「俺にもそうにしか見えません。」
次回の放映分にトアの休憩シーンを加えたい、正明とトアはそれしか言われていない。「だからいつものように普通におしゃべりしてくれればいい。西山がどうにかする。」充さんの言葉で、最初緊張ぎみだった二人も徐々にいつもの雰囲気になり、視界に入らないカメラの存在を忘れたようだ。
実は・・・言ってしまいたいけれど本決まりじゃないから言えないのが現実。でもこんなので役にたつのか?俺は正直五分五分だと考えている。プロがどうにかする・・・まあ餅は餅屋に何タラかんたらって言葉もあるし。
俺は何気なく後ろを振り向くと、衛とミネはまだ座ったままだった。衛は普通、これといって何もなし。
ミネは・・・わかってるのかな、眉間にうっすら皺が寄ってるってこと。
正明に視線をもどせば、まだトアによしよしされたままだった。
う~む。
色々なことが起こりそうな・・・起こって欲しくないような・・・微妙。
いつか今日の日のことを「思い出」として話す日がくるだろうか?
どう思う?ミネ。
俺は心の中でそっと呟いた。
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