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june.1.2016 とある朝:理
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なんだろ、甘いにおいがする。
シャワーを浴びてさっぱりして廊下にでるといつもと違う香りがただよっていた。美味しそうで甘い香り。
今朝は目が覚めて、いつものように衛の腕を検分するはずがどうしてか顔を見たくなってしまった。寝顔を見ていたら当然のこと触りたくなった。
目が閉じられていても俺の好きな男前っぷりはかわらず目の前にあったから、ほっぺたをつついてみた。綾子みたいにプクプクしていないけれど、やわらかく笑った時に緩む頬が好きだと思う。
そして鼻筋のとおった鼻。意思の強そうな顎。
そこまでいったら衛が起きていたことがわかって、エライ恥ずかしい思いをした。そして結局なし崩しのパターン。でも今朝は俺が衛に触れたかったから結果オーライ。
もぞもぞと着替えながら、そういやそろそろ新しいパジャマを買ってもいいな、なんて考えてみる。涼しい生地がいいな、何がいいだろう。サッカー生地はどうかな、中休みの時にネットで検索してみるか。
リビングに行くとテーブルの上で甘い香りの正体が待っていた。
「食べてしまおう、はい、これカフェオレ。」
マグカップを受け取りながら、俺はフワフワのホットケーキに目が釘付けになった。黄色くて表面はキツネ色。モフっとした厚みがものすごく美味しそうだ。湯気がたっているアツアツのホットケーキ。
「俺、衛のホットケーキ初めてだよな。」
「そうだな。なんだか無性に食べたくなって。朝から甘いもので悪い。」
「いやいやいや、悪くない悪くない。」
バターとメイプルシロップをかける。バターがじわじわ溶けて染み込んでいくのがこれまたいい。お腹がグウと鳴って向かいの衛の顔が笑顔になる。
「だってめちゃくちゃ美味しそうだから、胃袋が早くよこせって言ってんだよ。」
「じゃあ、早く食べたほうがいいな。」
衛はそう言ってアハハハと笑った。やけに楽しそうじゃないの、いや・・・楽しいけど。
「んんまああ!!い!!。」
ホットケーキなんてもう何年も食べていないから、このフワフワ感にうっとりしてしまった。特別ホットケーキに思い入れはない。ハワイのパンケーキの店が話題になっていたりするけど行こうなんて全然思わなかったし。でも衛が作ってくれたとなれば話は別。おまけに初ものの一皿。
「俺が料理らしい料理をした、初めてのメニューがホットケーキだった。」
「子供のころ?」
「そう、子供のころ。母親が作ってくれるホットケーキが大好きで、牛乳を飲みながら食べるのが好きだった。」
衛の子供時代か。本当は写真があるなら見てみたい。でもあまり家族のことを話さない衛に写真を見たいとは言い出せないままだ。親であって家族ではないという言葉を聞いたばかりだし。だから衛が自分から話すときはきちんと聞くことにしている。
「ホットケーキと牛乳か。完全にお子様仕様だね。」
「いまはコーヒーのほうが断然うまい。」
「俺はカフェオレ~。」
パクリとホットケーキを放りこみ、その甘さとやわらかさに自然に笑みがこぼれる。食べ物って不思議だ。美味しいものは笑顔を作りだすのに、冷たくて不味いととたんに気持ちが重くなる。不味いものを食べ続けていたら心が貧しくなりそう。俺はその心配をしなくていい、それってものすごく幸せなことだと思った。
「父親は料理ができなかったから。」
「うん。」
「ホットケーキが食べたくなったんだ。どうしても食べたかった。それでスーパーに行ってホットケーキミックスと牛乳と卵を買った。家に帰ってホットケーキ作りに取り組んだけど、なかなかフワフワにならなくて。」
衛はその頃を思い出しているのか、懐かしそうに微笑んでいる。でも俺は笑顔を返せなかった。いくつの時だか知らないけど、子供が材料買って一人もくもくとホットケーキ焼いているって・・・それなんかちょっと寂しい。
「どうやったら美味しくなるかって、やっているうちに面白くなって。思えばあれが料理にはまる最初の一歩だったのかもしれないな。」
「ほかのご飯はどうしてたの?」
「おばあちゃんが何か作っておいてくれたから、それを食べていた。ホットケーキのことがあってから、食べたいものを自分で作れば一番面倒がないと気が付いて、休みの日は料理を教わったんだ。」
「おばあちゃんに?」
「そう、でも和食はほとんど作らない人だったから、俺のレパートリーの弱点が和食。これから克服するつもりだけど。村崎や紗江さんに教わるよ。理に食べさせてやりたいし。」
まずい、なんだか泣きそうだ。俺は食べたいものをいえば母さんか姉ちゃんが作ってくれた。自分で作ればいいなんて考えたこともなかった。子供の頃からなんでも自分で作ることを当たり前にしてきた衛。美味しい、旨いばっかりの俺が情けない。
「理、なんでそんな顔してる?お前が思うほど可哀想な話じゃないだろ?」
「そっかな・・・俺は恵まれてるなって。う~ん、なんか考えちゃった。」
「俺は節目節目に必ず料理があって、そこから道が拓けてきたんだなって思う。ホットケーキを食べられる環境にいたら、俺は料理をしていなかったかもしれないだろう?
それだと村崎と友達になっていなかったはずなんだ。単なるクラスメイトで終わったと思う。
そして理を泊めて朝ごはんを一緒に食べた。俺にとってはあれがすべてだよ。美味しいと食べる理の顔をまた見たいと思った。それが今も続いていて、俺は理の色々な顔を見ることで想いがどんどん深くなっていくんだ。
サラリーマン同士だったら俺たちはこの関係になっていたのか・・・わからないけれど、今の状況があるからこそ俺たちは一緒にいられているって思える。
ホットケーキを自分で作ろうと思いついた子供の俺が未来を作ってくれたんだ。
そう考えたら悪くないだろ?だから美味しそうに食べる顔をみせてくれ。そんなしょんぼり顔だと作った甲斐がない。」
俺は最後の一口をゆっくり食べて飲み込んだ。
甘いだけではない、やわらかいだけではない、そんな味がしたような気がして、食べ物はやっぱり不思議だと思う。作った人の想いを知ると味が変わる、より美味しくなって・・・そしてありがとうって言いたくなる。
ついでに今俺は衛を抱きしめてやりたい。
「ごちそうさまでした。」
「はい、ごちそうさま。今日も一日頑張るか!」
ソファに座ってうーんと伸びをしてる衛。俺は立ち上がって傍にいくと立ったまま衛を抱きしめた。衛の頭を大事に抱えて。
「美味しいものをありがとう。俺は幸せ者だって、また実感した。」
「理のいい顔を見られたから俺も幸せだ。」
「今度の休みはハニーマスタードのあれ作ってくれよ。思い出したら食べたくなった。」
「わかった。」
今朝衛がしてくれたように頭のてっぺんにキスを落とす。
「これ以上くっついていたら仕事に行きたくなくなる。理、もう時間切れだ。」
「そうだね。」
衛はソファの座面に両手を置いて反動をつけて立ち上がった。
「おわっ!」
向かい合ってしっかり抱きしめられてさっきの寂しい気持ちが消えていく。ほっとする安心感と温かさ。いつも衛が俺にくれる安堵。
「中休みになってもまだ今の気持ちが残っていたら抜け出して帰ってくればいい。」
「うん、そうだね。」
笑顔と一緒に唇を重ねる。二人は同じ気持ちで同じ幸せを感じている。それってやっぱり楽しくて嬉しくて安心。名残惜しいけど仕方がない、仕事にいく用意をしよう。
最後にぎゅうと衛を抱きしめ返す。
いつもと違う甘いホットケーキの香りが俺を包み込んだ。
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