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august.2.2016 ハルの誕生日<夜>
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「それじゃあ、あらためましてかんぱーい。」
僕とミネさん、いつものように缶ビールで勢いよくガゴンというわけにいかず、若干おとなしめの乾杯になりました。だってバカラですよ、バカラ!
「さすがにいい音するね、チリ~ンって。」
「ですね。」
トアさんが選んでくれたスパークリングワインは甘くてスッキリした味わいで僕の好みです。さすがトアさん。
「甘口だけど甘ったるくなくて美味しいな、これ。」
「ですね。ボトルも素敵だし。」
「あのザルカップルセレクトだったら、渋々で重重な赤ワインだったぞ、きっと。」
「バカップルの次はザルカップルですか。理さんに言いつけますよ?」
「別にいいよ。本当のことだし。」
ミネさんはニヘラっと笑った。朝いちばんのおめでとうに始まり、今日僕は沢山のおめでとうを貰いました。こんなに人の気持ちを受け取った誕生日は今までなかったと思います。
「今日はたくさんのおめでとうを貰いました。こんなに気持ちのこもった誕生日は初めてかもしれないです。」
ミネさんは少し首をかしげて僕を見た。あれ、なんか間違ったこと言ったかな。
グラスにスパークリングワインを注いでくれたあと、ミネさんはちょっと真面目な顔になる。
「初めてかどうかは・・・ん~俺はそんなことないと思うよ。」
「そうですかね。」
「だってさ、生まれてから毎年誕生日を迎えてね、俺やハルの年齢だと親が祝ってくれた回数が一番多いと思うんだよね。」
「・・・そうですね。親は毎年おめでとうをくれます。」
「丈夫に育ちますように、元気で大きくなりますように、幸せになりますようにっていっぱい願いをこめて毎年おめでとうを言ってくれてたと思うんだよね。それに友達がくれたおめでとうにだって気持ちはこもっていたと思うよ。今日ハルが皆におめでとうって祝ってもらって、そこに気持ちがこもっているって感じたのはさ、ハルが相手の気持ちに気が付けるようになったからだと思う。」
「僕・・・がですか?」
「そう、ハルがね。確かに言葉と気持ちが一致していない人もいるけどさ、大部分の人達は気持ちがあってそれを言葉にしている。俺はそう信じているんだよね。
んで、ハルは自分が大事にされているってちゃんと思えた。だからみんなの言葉を素直に受け取ってうれしいって感じたんじゃないかな。
きっと今日を境にハルは自分が皆に必要にされているって事にもっと自信が持てる、俺はそう思うよ。」
相手の気持ちを素直に受け取る。それって受け取ってもいい人間なんだって自分で思えたからってこと・・・か。ミネさんはすごいね、いつもこうして僕に大事なことを伝えてくれる。
「いままで・・・自分のせいで相手の気持ちを受け取り損ねてきたのかもしれないです。何回も何度も。」
「それは仕方がないよ。でもこれからは大丈夫だろ?出来なかったことを悔やむより、これから先を楽しんだほうが絶対いいと思うしね。日々成長っていってもさ、わかんないじゃない。でも年に一回誕生日は1年振り返って変わった自分や出来るようになったことを数えてみるのもいいかもね。」
まるでお昼に僕が決意したことを知っているみたいです、ミネさん。
時々こんな風に格好良くなるのってズルいと思う。敵わないなって・・・負けっぱなしでいいんですけどね。
「ああ、忘れるところだった!」
ミネさんがあわてて立ち上がると自分の部屋にバタバタと走っていった。もしかしてプレゼントを用意してくれたのかな?
戻ってきたミネさんの右手には細長い30cmより少し短い箱があった。
「これプレゼントなんだ。はい、おめでとうさん。」
「ありがとうございます、開けていいですか?」
「どうぞ、どうぞ~って開けてくれないと俺が困る。」
いつものニヘラなミネさんに戻ったから僕もにっこりを返した。重さはなくて随分軽いし、この大きさなら扇子かな?ペンにしては長いし。全然見当がつかない。
紺色のリボンをほどいて包装紙をはがす。箱をあけると中身は箸だった。
「お箸だ。」
白銀色のとても細長い印象のお箸。箸先がとても細くて嬉しくなる。
「ミネさん、これ。」
「俺ね、ハルがくれたマグカップがすんごく嬉しかったんだよね。チップしているの気が付いている人がいて、俺のこと気遣ってプレゼントしてくれたっていうのがね、なんか心に沁みた。値段じゃないなって。指輪とか時計とか財布みたいなプレゼントもいいけれど、俺はマグカップと同じでハルが毎日使えるものがいいなって。二人でいった加賀百万石展でハルが漆塗りの箸見てただろ。」
「はい、でも買わなかった。」
「値段もはるけど、ハルは長さと箸先のことを気にしてたなって。」
百貨店の物産展にぶらっと出かけたことがありました。ミネさんが白エビの押し寿司を買いたいと言って僕も一緒についていったんです。輪島塗の黒が綺麗で見惚れちゃったんですが、僕は長さがあって細目、特に先は尖っているは大げさですけどゴマ一粒でもつまめちゃうくらいの細いのが好きです。
売り場に僕好みのサイズと箸先を備えた商品がなかったから買わなかった。
箱の中の箸はすべての条件を備えていて、見た目も素敵だった。こんな箸みたことがない。
さっそく手にとって持ってみる。肌触りがいいし長さも僕好み。
「ミネさん!これ僕が求めていた箸です。うわ~どこで見つけたんですか。」
「それね磁器なんだ。有田の窯元で作られている。」
「え?磁器ってことは焼き物ですか?」
「食洗器にかけてもOKな丈夫さだから手入れを気にする必要がないの。」
うわ・・・これが磁器?
「長さ25.6cm。天削りの割りばしでも長いので24cmだから、これは結構長いよね。」
「・・・どうしてこんなの見つけられるんですか。」
「そりゃあね、ハルのことだから俺張り切っちゃうわけよ。」
「うわ~もおお!ミネさんありがとう!!」
僕はたまらずミネさんに抱きついてギュウギュウ力をこめる。
ミネさんは笑いながら「箸があぶないでしょ。」と僕の手から箸をとって箱に戻してくれました。
「そんなに喜んでくれて嬉しいけどね、実はこいつ補欠だったの。」
僕はキョトンとしたんだろう。ミネさんがニヘラっとしながら僕のほっぺたをムギュウと摘まんだ。
「実はさオーダーメイドの箸屋さんが京都にあるんだよ。伝統工芸は分業制なんだけどここは一人で全部しているみたいでね細かいオーダーが可能なんだ。」
「オーダーメイドですか?聞いたことありません。」
「持つ人の好み、身長や性別、手の大きさ、材質、それを組み合わせて世界にひとつだけの自分のオリジナル箸が作れるの。基本来店しないとダメなんだけど遠方の場合は電話でも対応してくれてね、オーダーしたまではよかったんだけどさ。」
「えええ!僕のですか?」
「そうだよ、ハルのだよ。」
さっきよりさらにギュウギュウしてしまう僕。「苦しいって。」ってミネさんが笑っているから苦しくないのかと悔しくなって更にギュウギュウした。
「ちょい、ハル、たんま。ええとね、情けない話が続きます。聞いてくれますか?」
「・・・え?なんですか。」
僕はミネさんの膝の上から床に降りて正面に座った。情けない話ってなんだろ。嫌な話?悲しい話?
「ええとね、オーダーしたのはいいけどね1年半待ちでして・・・出来上がるのはずっと先。うっかりすると次の誕生日にも間に合わない可能性があります。」
「すごい人気なんですね。いえ、いつでもいいです。楽しみが先に待っているのは嬉しいことですよ。それにこの箸すごく気に入ったので。楽しみだな、どんな箸をオーダーしてくれたのかな。」
「ハル、わかってる?」
「なにをですか?」
ミネさんは僕の手をとって引き寄せた。すっぽり抱きかかえらえる。わかってるって何?
「保険みたいなものだよ。別に黙っていればいいのにね俺。でも1年半以上届かないよってハルに言ってるわけ。」
「ですね。」
「少なくとも1年半は愛想つかさないで俺の傍にいないと箸当たらないよって言ってるの。ちゃんと傍にいなさいよって言ってるの、わかる?」
そんなの・・・傍にいるに決まってるじゃないですか。僕は「はい」の代わりにミネさんにしがみついた。
「それでね、いつか京都に二人で行ってさ、そこでお揃いの箸をオーダーしよう。京都なんていつ行けるかわからんので・・・そうだな。まあ5年は諦めて俺の傍にいなさい。」
「少なくても5年は傍にいていいってことですね、ミネさん。」
そのあと僕は本当に息ができなくなるくらいギュウギュウにされた。降参のタップをしながら僕の顔は自然に笑顔になる。
好きな人と月日を積み上げて歳を重ねるってことが、こんなに心を満たすなんて知らなかった。
ミネさんと一緒に過ごした来年の僕が何を思い考え感じるのか。
それがとても楽しみです。
ミネさん、僕はあなたと一緒にいます。傍で笑って過ごします。
できる限り・・・時間が許すまで・・・ずっと。
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