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november.20.2016 パレード
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「いつもきれいにしてますよね。」
うすいピンク色のマニュキュアが塗られている指を見つめていたら、言葉にしてしまっていた。先だけキラキラしら銀色がうすく塗られている。
僕の視線が指先にあることを確認した坂口さんが微笑んだ。
「いちおう手を使う仕事なので。でもサロンにいったりはしませんよ、自分で塗っています。でもこれけっこう手抜きだったり。濃い色だとハゲたところが目立つので薄い色。先は剥げやすいのでグリッターでごまかしているんですよ。種明かししたらオシャレでもなんでもないですよね。」
「お化粧したり、マニキュアしたり女性は大変です。」
「慣れですよ。それに職業柄ちゃんとしていないとお客さんが不安に思うかもしれないですしね。」
坂口さんのゆったりとした口調が染み込んでくるようです。なんというか、本当に昨日はハードでした。というかその前日から・・・結構な週末だったのです。
「トアさん、なんかお疲れモードですね。」
「ええ・・疲れました。」
「路面店は影響あったでしょう?」
「そうです、影響ありまくりでした。土曜日も結構てんてこ舞い状態でしたしね。街中に人が沢山いて驚きました。そして当日のあの状態。14万人と聞いて納得です。」
ファイターズのパレード。SABUROのメンバー全員甘くみていました。地元に根差した日ハムファンに加え、全国各地からも駆け付けたファンの皆さん。全国+全道の日ハムファンの熱がここまでとは考えていなかった僕たち。「なんかやけに人が多いな。」とミネさんが言った土曜の夜。札幌の人にしては厳重な厚着のお客さんを見て理さんが「もしかして明日のパレード?」と呟いた。
その後検索したら10年前の画像がひっかかって全員無言になりました。
人が路面にあふれているじゃありませんか!
今晩なんてまだまだ序盤戦にすぎないってことです。あの人だかり、寒い札幌。終わればどうしたって
「温かい物が飲みたいね。」「ちょっと早いけどお昼にしようか。」「早めに入らないとどこも満席になるよね。」
という予想は当たり前にできるわけで、ゲッソリしたのは言うまでもありません。
そして札幌駅からすすきのまでのわずか1キロの道路に14万人!
路面電車は折り返し運転になっていました。地下鉄の駅も人であふれかえっているし、地上は人が多すぎて歩くこともできない。
11:00のオープンとともにお客さんがなだれ込むだろうということで、厨房チームは念入りの仕込み。
ホールチームも役割と回転をあげる動きを確認。
万全の態勢でお客様をお迎えしたわけですが、常時満席状態、ウェイティングも続々増える。厨房チームは無言で作業だったのでおひとりさま席のカウンターの方たちはミネさんや飯塚さんの笑顔を見ることなく引き上げる結果になりました。「真剣な顔も素敵。」なんていう声もチラホラ。
店内の混み混み状態を察してか、映画の話題が振られることはなかった。実際聞かれても返事ができたかどうかは怪しかったです。
さすがに夜はそこまで忙しくなかったですが、クローズして閉めた時ミネさんが「皆お疲れ、明日が休みでよかったな。」と言いました。
グッタリした身体で家路につく間に僕は坂口さんにメールをしました。明日お昼を食べましょうって。
一晩眠って体に休息を与えた後、やはり心の癒しが必要ですから。
それでこうやって向かい合っているわけです。
僕が思わずギュウとしてしまったあの日の事、坂口さんは何も言いません。僕としてもどう答えていいのかわからなくなりそうなので、触れないでいてくれることはありがたいと思っています。
でもこのままじゃいけないって事はちゃんとわかっています。いつどのタイミングで言うべきか・・・それは全然固まっていませんが、どうにかはするつもりです、はい。
「こっちも午前中の予約は結構前に埋まっちゃったんです。」
「え?美容室の?」
「だって2Fの窓は駅前通りに面していますから。」
「なるほど、見放題ですか!」
「寒くないし、選手は車の高いところにいるから地上よりも距離感が近くって。カットやロット巻いている作業の途中でお客さんは皆窓にへばりつき状態です。仕方ないので私たちもパレード見ました。」
「まさか美容室にも影響があるとは!」
「トアさんのところと違って常連さんばっかりですけどね。」
「常連さんはほぼいらっしゃらなかったです。ヨサコイとか雪まつり、ああいった時期は常連さんの来店が減ります。満杯状態で活気のある雰囲気もいいけど、ゆっくりしたい場合はちょっとねってことみたいで。イベントはいつもあるわけではないので、常連さんたちはうまく調整してくれていますね。
でもどんな時でも「もう二度と来ない。」って思われないように頑張らなくてはいけません。」
「そうなんですよね。髪型を整えたり変えたりって、身だしなみの一環だけど、やっぱりちょっと非日常じゃないですか。自分でドライヤーかけるより人にしてもらって、少しいつもと違う会話をして、髪もシャンプーしてもらう。店に入った時とは別人になって帰るみたいな・・・そんな場所だと思うので、そこはちゃんと気を遣いたいところです。笑顔で帰ってほしいですもん。」
「ええ、笑顔で「また来ます。」って言って欲しいので、その為に頑張っちゃいます。」
坂口さんはフフっと笑った。
「なにかおかしなこと言いました?」
「いいえ。そうじゃなくって、商談とか営業とかそういうサラリーマンの人が言う数字のことってトアさん言わないですね。それを言ったら私もです。
明確な商品という形がないものを提供しているからかな。あ、料理は商品ですけど、トアさんはそれを提供するサービスをお客さんに売るわけですよね。ええとうまく言えないですけど、技術料と少し似ているかもしれません。」
「技術料・・・ですか。」
「出来上がった料理運ぶだけでしょ?って言うこともできますけど、私にはできないなって思います。私の場合2時間とか長いと3時間とか同じお客さんに向かい合うので、その中でコミニケーションがとれればいい。でも料理一皿運んで、その料理がより美味しく感じるサービスを提供するなんて、けっこう難易度高くないですか?
だからトアさんすごいなって思います。」
「えええ~そう言われると、なんだか照れます。」
「今度・・・お店に行きます。トアさんは私の職場に来ているのに、私は行ったことがないですから不公平ですよね?」
不公平・・・なんだろうか?
坂口さんは悪戯っぽく笑った。
「それに、スタッフさんと私を見に来たでしょう?だから私もお返しに見に行くことにします。厨房チームさんも気になるし。」
「緊張・・・してきました。」
「抜き打ちで行きますから。」
僕と坂口さんの関係にまだ名前はない。
名前はないけど、きっとこれからそれはついてくるはずだ。なんの根拠もないのに僕はそう実感した。
この出会いは絶対に無駄にしない・・・僕は自分に強く言い聞かせた。
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