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番外編:心と距離6・5(先生の気持ち)
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坂下が国語科準備室に来なくなって、二日。たった二日だ。
なのに……こんなにも淋しい。
俺は馬鹿だ。どうしようもない自分勝手だ。
坂下が来れば、照れくささや人目を気にして、さっさと帰れと言うのに、帰ってしまうと淋しがる。来なくなれば、不安で泣きそうになる。
こんな自分勝手な俺を、坂下は嫌いになったかもしれない。
メールに書いてあった「大事な話」と言うのは、別れ話のことだろうか…と思うと、不安で胸が張り裂けそうだった。
もしそうだったら、坂下の望む通りにしよう。教師が生徒の人生を狂わしちゃいけない。そもそも、付き合うこと自体間違いで罪なのだから。
「~~次は八百井交番前、お降りのお客様は…」
流れてきたアナウンスに、近くにあった降車ボタンを押した。
それからバスに揺られること一分ほど。停車したバスから降りて、腕時計を見ると六時半だった。
今日は早く帰って来られたから、明日のために掃除をしよう。別れ話だとしても、坂下に散らかった部屋なんか見られたくない。
一応、飲み物とか用意しておこうかと、帰り道のスーパーへ向かいながら、明日何時に来るのかメールしてみようと携帯を取り出す。自分からは、滅多にメールも電話もしない。
きちんとした理由や目的がないと、何となく連絡してはいけない気がして。
電源ボタンを押すと、ディスプレイが明るくなる。そして「不在着信一件」と表示された。
確認してみると坂下からだった。その名前に、不安が膨れあがる。怖い。携帯を持つ手が震える。
何度か深く深呼吸してから、意を決して掛け直してみたけれど、坂下は出なかった。
「………飲み物…いらないかもな」
明日は来ないかもしれない。
これで終わりなのかもしれない…。
夕飯の材料を買う気にもなれず、スーパーを素通りして早足でマンションに向かった。
夏場のこの時間は、まだまだ明るい。
いい歳した大人の男が泣きながら歩いていたら、不審な目で見られるだろう。部屋まで我慢だ。
途中から小走りで帰ってきたせいで、ボタボタと額から落ちてくる汗を拭い、カバンから部屋の鍵を取り出す。
今日は、酒でも飲まないとやってられないかもな。部屋が間近になると、涙腺緩みだす。
「はぁ…くそ…汗が目に…」
滲んだ視界に人影を見た気がして、泣いているわけじゃないと言い訳をする。
目を擦り、もう大丈夫と顔を上げると、ぼやけた視界には、まだ人影があった。動かない。
それに何だか変だ。
「………?」
うちの学校の制服。男子生徒。
倒れているように見える。
「…ぁ……さ…坂下…?」
他にうちに来るような奴はいない。
どうしてここに坂下が?
いや、それよりも様子がおかしい。
慌てて駆け寄り、坂下に声を掛ける。
「坂下、おい坂下?寝てんのか?なぁ……」
肩を揺さぶり、頬を叩く。触れた頬は、かなり熱かった。
嫌な予感が駆け巡る。
「坂下…お前、いつからここに……」
違う。そんな疑問は後で良い。
「きゅ、救急車…っ」
そうだ、救急車を呼ばないと。
しかし手にした携帯は、坂下の手が俺の手ごと握り込んで操作を邪魔してしまう。
「坂下?救急車、呼ぶからっ」
「……おかえ、り…健さん、…っ、中、いい?」
「名前……じゃなくて、それより救急車を…」
「ね、……へや、入れてよ」
「……っ…」
本当は救急車を呼ぶべきだ。
そんなことは、良くわかってる。頭ではちゃんとわかってるけど、身体は坂下に言われるままに動いていた。
鍵を開け、坂下を引き摺り、リビングのソファーに寝かせる。坂下の意識はハッキリはしていない。
エアコンのスイッチを入れ、出来る限り部屋を冷やそうと設定温度を下げる。節電とか、今はそんなこと言っていられない。
それから冷凍庫からアイス枕と、氷をあるだけボウルに入れて、リビングのテーブルに置いた。
取り込んだままの洗濯物からタオルを取ってアイス枕を包むと、首の下に挟む。
「坂下、水持ってくるからコレでも舐めてろ」
「んー……やだ」
氷を一つ掴んで、坂下の口元に持って行くけれど、拒否された。
こんな時に我が儘言いやがって。イラッとしつつも、何とか水分を摂らせ様と、500ミリのミネラルウォーターを持ってきて、ストローをさして口元へ運ぶ。
「坂下…水を」
「…ん、飲ませてよ…健さん」
「……ストロー」
「くちうつしが良いな」
「…………」
目を閉じた坂下の顔を見下ろす。
呼吸は速く、火照った顔はどう見ても仮病には見えない。
こんな状態でも、アホなことが言えるなんて、こいつはどうかしてると思う。馬鹿とかアホとかじゃ、言葉が足りない。
「……目、閉じてろよ」
こんなに心配してるのに、本当に憎らしいクソガキだ。
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