アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
患いそして煩い(訳:恋を自覚する)
-
「やっと見つけた…僕のヴィーナス!」
「ぶっ!…ぎゃははは!あは、あはははは!はぁ?ははは、何言ってんの、ははっ、腹痛いからやめてくんね?」
太陽が昇って刻限を刻む頃(訳:昼休み)、ようやく妖狐を見つけた。この妖狐、姿を隠すのが得意なのか、変化の術でも使ったのか、朝から探し回ったというのに全然姿を現してくれなかった。太陽が昇って刻限を刻む頃(訳:昼休み)、太陽に最も近いこの場所(訳:屋上)で、僕はやっとの思いで妖狐を見つけたのだ。その妖狐の周りが煌めいて見える。ヴィーナスのようにキラキラとね…。す、と自分の顔に手を添えて、ふっ、と笑ってみせると、妖狐は笑いを堪えている表情を見せた。ちょっと、なんでここで笑うんです。
「先日は鳥籠の中に囚われしイヴ(訳:パッケージに入ったリンゴちゃんのフィギュア)をその幸運の右手によって救いだしてくれて感謝している。」
「前置きが長ぇよ!ははっ、やっぱあたった?お目当てのフィギュア。よかったじゃん。さすがだねぇ俺?」
「そこで貴方に堕天のギフト(訳:お礼)を授けるために来た」
「堕天のギフト?!はははっ、いらねー!すげー嫌な予感するんだけど!」
「なっ!失敬な!……今から魔法陣を出す。…くれぐれも、このことは内密に。ダークインフェルノ!召喚!イン!デュオ!ハァァァ…!!
」
地面に刻印を刻む(訳:教室から持って来たチョークで星を書く)。そこに封印されし魔の手(訳:包帯を巻いた右手)をかざし、呪文を唱える。妖狐の盛大な笑い声が聞こえるが、僕の力に恐れおののいたのだろう。
「さぁ、受け取ってくれ」
「ポケットから出すのかよ!呪文の意味ねーじゃん!はははっ」
「なっ!これはワザとポケットに錬成したのだ!」
「あーはいはい、わかったわかった!ありがと、…ってこれ、タバコじゃん。」
「ふっ、魔のシガレット、僕にはわからないが、貴方の糧なのだろう。そう、それは吸血鬼が鮮血を求めるのと同じようにね…」
「ぎゃはははっ!吸血鬼!ははっ!ありがと、まぁ俺はヤニ中毒だから似たようなもんだな。ていうかよく覚えてたな、俺の吸ってる銘柄。」
僕の手のひらから、細長い鳥籠に封印されし魔のシガレットを受け取った妖狐は、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら僕に問いかける。
社会のオアシス(訳:コンビニ)で、見つけたその鳥籠。他のとは違い、様々な色がある、ひとつだけ際立って目立つソレ。一箱に10本入りだと時間をも操る騎士(訳:店員)が仰っていたため、とりあえず二つ、手に入れてみた。手前にあった赤と黒、赤はなんとなく、この妖狐を想い起すものがあるな、と思っていたのだ。…まあ、由美さんもコレを手にしているのだから、どんなものかは知ってはいたが。
「不の女神が貴方と同じものを手にしていてね、すぐに覚えたさ」
「ふーん、彼女?」
「なっ!!!ハレンチな!違う!」
「ハレンチ?!あははっ!あーやっぱお前面白いよ。高校生なんだから、彼女ぐらいいてもおかしくねーって。…まっ、キミにはちょっと難しそうだけどな?」
失敬だな。彼女は僕の女神ではない。それは確かであるが、しかし、失敬だな。キッと、僕の邪眼で睨みつけると、妖狐の唇はにんまりと弧を描いた。
「ありがとね。赤と黒、なんて、俺とお前みたいじゃね?」
二つの鳥籠を頬にくっつけながら、妖狐は楽しそうに笑う。
どうして、彼は。
どうして毎日そんなに楽しそうなのか。悩みはないのか。人生が楽しくて楽しくて仕方がないような顔、そんな顔、どうして出来るのだ。そして、どうして僕と同じことを考える、赤と黒、貴方は赤で、僕は堕天の黒。なぜか、カッと顔に熱が灯る。
「あ、ポテチ食う?…って、なんで顔赤いのダビデくん」
不思議そうな顔、しかし笑顔は崩れない。
「貴方は、どうして笑う。」
僕の口から零れた、純粋な疑問。
僕はちっぽけな堕天使さ。厭なものから逃避し、神にひれ伏すような僕、片羽は折れてもう飛べやしない。
「え?なんだよいきなり、人生相談?なんでって、楽しいからじゃん?」
芋の菓子を噛み砕きながら咀嚼する彼は、さも当然かのようにそう言い放った。
「では貴方は。今ここでウンコを踏んでも楽しいのか」
「例えが極端だよ!もー笑わせないで、今ポテチ食ってんだから!ウンコ踏んだら誰だって最悪だけど、笑うんじゃねーかな」
「ほら!楽しくなくても貴方は、」
「だってこんなとこでウンコ踏むとか逆にラッキーじゃね?屋上だぜ?誰のクソだよって、笑えんじゃん」
ラッキーな訳あるか。
どんな発想の転換だ、謎だ、どういう思考回路をしているんだ。
「そう思うと、なんでお前は笑わねーの?そのニヒルな顔似合ってないけど。ついでに毛の色もマニキュアもぜんぶ変。いや、面白いけど!」
「失敬だな本当に!僕は、………あんまり、よく分からないんだ。きっと前世の記憶が僕をマインドコントロールしているのさ」
「ところでお前のその設定どうやって考えてんの?」
「設定ではない、事実だ」
「だいぶ頭ヤバイよ!あーウケる!あんな、例えばさ。例えば、お前がヒデー女に恋をするとするだろ」
「ギクッ」
「ギクッってなんだよ!ははっ、ちょ、ほんとだめ、笑わせないでって!こういう時は先輩の話をちゃんと聞いてなさいよ!んで、そのまま弄ばれるとするだろ。お前のことだから悲壮な顔して被害妄想に明け暮れ最後には堕天使だの妖狐だの言い出す訳わかんない奴になっちゃっても、それラッキーだから」
「エスパー?」
「ん?あはっ、わりとお前の人生こんな感じ?でもまだ15歳だろ、クソガキじゃん、心閉ざすには早いね。お前がもし、一般的に言われる人生の勝ち組だったら、俺はもしかしたらお前にこんなに構ってないかもしれないぜ?」
「それのどこがラッキーですか」
「ぶふぉ!あははっ、おいこの野郎!知ってんだぞ、ダビデくん。お前、俺に懐いてんでしょ。タバコなんか買ってくれてさ。」
魔のシガレット、透明のフィルムを剥がして中身をとりだし、発火装置(訳:ライター)で炙る。その仕草、それ、それが、…どうして。
昨日は彼女と彼が被ったのに、どうして。今日は彼と彼女がかぶらない。強烈な色、赤。何故だ、貴方の背中に羽が見える、白い羽。白い羽だ。
「…………。天使?」
「あったま狂ったかぁ?ははっ、あのなぁ。見方によっちゃ、なんでも楽しいんだよ。楽しけりゃなんでも笑えるし、人生は、」
人生は?
す、と煙を吸い込む彼、目尻がきゅっとなる。
「できるだけ、損したくないだろ?」
ふぅ。と、彼の口から白い煙が吐き出される。
例えば。僕が彼女に振り回されて今も弄ばれていつか捨てられる日がきても、僕なら笑えはしない。彼の言うとおり卑屈になって魔術を行い一生かけて呪う。でももし彼なら、それも楽しいと、笑うのだろうか。そのおかげで築かれた自分と、周りの環境を慈しむのだろうか。
「なに、そんなにじっと見つめて。惚れた?」
今の全てに嫌気がさしたなら、僕から終焉の詩を歌うこと(訳:終わりをきりだす)も許されるだろうか。彼は本当に妖狐なのか、それとも僕に舞い降りた救いの手、ほんとにヴィーナスなのだろうか。
「貴方は恋をしたことはありますか」
僕は、貴方の口からこぼれる言葉と、白い煙を目で追うことで精一杯だ。光が、刺す。眩しい、眩しい人間は嫌いだ。契約者にもなれない。僕は闇の化身だから、心が蝕まられるのは恐ろしい。僕は堕天した身、僕は、恋が恐ろしい。
「ないよ」
にっこりと。彼の笑顔は崩れない。それすらも楽しいというのか。それすらも、貴方にとっては、幸福だというのか。味わう魔のシガレット、彼の手から奪い取る。吸いかけのそれを咥えると、彼女と接吻の儀(訳:キス)を交わすよりもドキドキとした。
すぅ、はぁ。
苦い。苦い。なにも味わうものではない。これはやはり魔のアイテム、悪魔の囁き、狂った秒針、僕は、狂ったのだと、この一吸いで、酔ってしまったのだと、そう思えば幸福かもしれない。
「僕のヴィーナスは貴方だ。」
「あはははっ!ははっ!マジ顔でなに言ってんの?マジで惚れた?やべーな?」
「からかわないで、貴方の背中に羽が見える」
「いやいや、ウケるから!それ、告白のつもり?ははっ、あー。……バカじゃね。そんなんじゃ俺は落とせねーよ?」
「そんな…っ!それならせめて僕の契約者に!」
「やだよ、お前漬け込んできそうだもん」
「じゃあ!どうすればそのタバコぐらい僕を見てくれますか!」
貴方の背中に羽が見えるのも、キラキラして見えるのも、嘘じゃない。
僕の心に土足で入ってきた、するりと、入ってきたくせに。ここにきて全て拒絶なんてあんまりだ。彼の肩を掴む、見た目に反してしっかりしている肩に驚いた。…そりゃ、そうか。彼は彼女じゃない、男だ。
「俺は恋はしない。…でもどーしてもっていうなら、頑張って俺を本気にさせてみな。そしたら考えてやるよ。まったくめんどくさい後輩に懐かれたなぁ俺も、ぶふっ、ははっ、やっぱさ、俺の背中に羽が見えるっていう告白は、ははっ、ねーわ!」
酷い人…。僕は酷い人に惹かれるのか、マゾか、マゾかもしれない。彼の全てが煌めいて見える。恋だ。あの時彼女に感じたあの眩しさより、ずっと眩しい。恋だ。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
8 / 17