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華堂市 夜宵台 七丁目
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夕方、うちのこう太と森崎くん間宮くんを連れて夕飯を食いに行く。
森崎くんが行きたいと言ってやって来た中華料理屋は、大衆食堂と言えば聞こえはいいが、何ていうかちょっと汚くてボロかった。
潔癖症とは言わないけれど、綺麗好きの間宮くんは店の雰囲気に少しだけ眉をしかめていたくらいだ。
けれども、予想外に料理は美味かった。
大皿の料理はメニューによれば二人前らしいんだけど、これ五人家族で食う分じゃないの?ってくらいボリュームがあってしかも美味い。
何より店の売りの焼き餃子が、今まで食った中で一番と言えるくらい具がたっぷりでいくらでも食えそうだった。
紹興酒も上手くて、気分は最高だ。
四人で楽しく飯を食いながら、週末の花見楽しみだな、って話していた時だ。
店の隅に設置されたテレビから流れるニュースで、アナウンサーが俺達の住む街の名前を読み上げた。
思わず四人してテレビに顔を向けると、アナウンサーが淡々と華堂市と隣の光谷町の市町村合併が決定し、人口がどうの自治体がどうのと話していた。
「あー、ついに合併するのか」
「市町村合併自体は二三年前から話に出ていましたが、長引いていましたね」
「光谷町が華堂市に飲み込まれる形なんですよね」
俺達はテレビのニュースを見ながらそんな話をしていたら、ニュースの意味がわからないこう太が俺の袖を引っ張って、「合併って何?」と尋ねてきた。
すると間宮くんがいつもの冷静な口調で説明してくれるんだけど。
「複数の市町村の区域の全部、または一部を統合して新たな市町村を形成、もしくは市町村の区域の全部または一部を他の市町村に編入したりすることでして…」
「間宮くん、難しい難しい…」
「要は、俺達が住んでいる市と隣の町が合体して、大きな一つの市になったんだよ」
俺の言葉にこう太は合体ってロボットみたいだ、と呟いた。
そこからちょっと合併のことについて、森崎くんと間宮くんとで盛り上がってしまった。
光谷町との合併っていうのは結構前から話していたのに吸収合併か対等合併かで揉めて長引いたんだよな、とか。
大体の知り合いはみんな華堂市に住んでいるけど、間宮くんの親友である安藤くんは光谷町に住んでるんだよな、とかそんな話をしていた。
こう太には合併とかまだよくわからないみたいで、ちょっと不満そうに餃子をつついている。
機嫌を治すために杏仁豆腐を注文してやると、着信音が流れたと思ったらすくっと間宮くんが立ち上がった。
「申し訳ありません。少々席を外します」
そう言うと、足早に店の外に電話をしに出て行ってしまった。
それに釣られたのか、森崎くんもトイレ行ってきますと立ち上がった。
俺とこう太だけになって、少しだけシンとする。
合併ねぇ、と呟きつつエビチリに箸を伸ばそうとしたら、不意にこう太にまたも服の袖を引っ張られた。
ん?と振り向くと、不安そうな表情でこう太が俺を見上げていた。
「合併っていうのがよくわからないけどさ…。何も変わったりしないよね?ボク達の暮らしが変わっちゃったりしないよね?」
声を潜めて伺うように尋ねてきたこう太の言葉に、俺は何て返すかちょっと悩んだ。
酒に酔ってて頭がそんなに上手く回らないし、あんまり市の状勢とか詳しくはない。
だけど、こう太の不安は拭うように、こう太の頭をぐしゃぐしゃっと撫でてやる。
「なぁんも変わらねぇよ。合併しても合体しても、今の二人きりの生活は変わらねぇし、住んでいる街も、周りのみんなも何も変わらねぇ。例え何かが変わったとしてもな、一番重要な、俺がこう太のことを世界で一番大好きってのいうのは、不変のものなんだ。だから、何にも心配はいらねぇよ」
大好き、って顔を近づけて囁いてやると、「そんなことは別に聞いてないし」と口を尖らせつつ、こう太は頬を染めた。
でも段々とニンマリしてきた。
俺に体をピトッて近づけたかと思うと、ヒソヒソ話をするように口元を手で覆いながら、
「ボクも、お父さん大好き」
と囁いてくれた。
それから体を離すと満面の笑みを見せてくれた。
その顔が本当に可愛くて、俺も顔がにやける。
「間宮くん電話長引いてますねー」
二人で体を密着させていちゃついていると、トイレから森崎くんが戻ってきた。
よいしょ、と席に着くと、ニコニコしている俺とこう太に首をかしげた。
「二人ともニコニコしちゃってどうしたんですか?」
「へへへ、ないしょです」
「教えろよー。うりうり」
「へへへへー」
森崎くんにつつかれながらもこう太は楽しそうにしている。
二人を微笑ましい気持ちで見ていたら、間宮くんも何処か嬉しそうにしながら戻ってきた。
「先生、仕事が入りました。来週から四国四十八箇所での出張書道教室と、週刊誌でのコラム連載と、歴史小説の挿絵と、中国の大学での講演依頼とあとそれから…とりあえず、ここ一ヶ月のスケジュールが全て埋まりました」
「頼むから君は変わってくれ」
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