アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
四季折の羽:パロディ【紅い季節】
-
日が落ちるのが早くなり、家の外では鈴虫が鳴き始め、美しいその鳴き声が静かに夏の終わりを告げていた。
「大丈夫だ…大丈夫だからゆっくり息しろっ」
季節は巡り、山の草木が紅色に染まっていく中、この寂れたあばら家では、赤黒い血が成海の口から溢れて白い布団を赤く染めていた。
「は、っ…ゲホッ…ゲホッ…」
咳き込み、絶えず血を吐くこいつの背中をゆっくり摩る。
咳き込んだ後は、ヒュー、ヒュー、とこいつの胸から恐ろしい音が聞こえてきた。
手が震えて、涙が出て来るのを必死に堪え、何度も何度も成海の背中をさすった。
「…はぁ…っ、は……」
「水飲むか?寒くないか?」
虚ろになるこいつの目が、いつ、永遠に閉じてしまわないかと心配で、こいつの意識を繋ぎ止めようとはっきりと大きな声で何度も聞く。
「……ごめん、な…」
「っ…」
こいつの胸に当てた手を、大きな手で握り締められる。
「ごめんな……新…」
「…やめろよ……」
弱々しい、今にも消えてしまいそうな声で成海は呟く。
こいつは、嘘を言わなくなった。
「……大丈夫、なんだろ……」
大丈夫だ。って、言わなくなった。
俺の手を包むこいつの手は、あの頃のように暖かくなかった。大きなこいつの手はあまりにも冷たくて。
こいつが口にする一言一言が、もう最後の言葉の様に聞こえて来る。
「……もう、いいよ……」
「なんだよ……水要らねえのか?」
「……違うよ。水じゃない…」
きゅっ、と指先を握られ、成海が弱く笑った。
俺も握り返すと、こいつは俺の方を向いてまた笑った。
「もう、いいんだ…」
「だから……何がだよ…」
嫌だ……言うな……
「ありがとう……もう十分だよ…」
言うなよ…なんでそんな顔して、そんな事言うんだよ…
「これ以上俺に縛られなくていいんだよ…お前は好きな場所で、好きな様に生きてほしい。」
「…別に、縛られた覚えはねえ」
「新…」
「やめろ……呼ぶな…」
顔を背けると、成海は困った顔をした。
何を言い出すのかと思えば……何がもう十分だよ。だ…
好きな様に俺は生きてる。お前と居たいから俺はここにこうして居るのに…なんで笑って、さよならしようみたいな言い方すんだよ。
「………むかつく…」
「………」
何も出来てないんだ。まだお前の為に何も出来てないのに、もう満足だ。って言ってるような顔で俺を見るな。
「嘘だったのかよ…」
「…?」
あの時、俺に言った言葉……それも全部嘘だったのかよ。
「…ずっと…俺と居たいって…お前言ったじゃねえかよ」
追い出していいからって俺が言ったら、抱き締めて「追い出したりしないよ。」って言ったのはお前じゃねえかよ。
「愛してる…って、…お前…言ったじゃねえかよ…」
「…………」
俺だけは失いたくない。って、あんなに大事そうに言ったくせに……自分が死にそうになったら簡単に俺を手放そうとすんのかよ…
「全部……全部嘘だったのかよ…」
「…………」
「俺は……どこにも行かない…お前と一緒に居る…」
二人で見た春に咲く桜も、二人で川まで走って魚どっちが多く獲れるかって競った夏も、紅葉が舞う山道を、お前に背負われて歩いた秋も
「嘘でもいいから……大丈夫だって言えよ…」
お前と出会った、雪の降る冷たい冬も
「無かった事にすんなよ…っ…終わらせようとすんなよ…」
俺にとって、全部あったかい思い出なんだ。絶対失いたくない大事なお前との思い出なんだ。
「…新…」
「ゔっ、ぐ……嫌いだ……お前なんか…嫌い、だ…」
もう涙なんか流したくないのに、こいつの前でこんなとこ見せたくないのに。
前みたいに俺を抱き締める力はもうこいつには無い。
手を弱く握る事しかこいつには出来ない。
大きな痩せ細った成海の背中に抱き着くと、こいつの小さく脈を打つ心臓の音が聞こえてきた。
トクン、トクン…って、止まってしまいそうな程、ゆっくりとした鼓動だった。
ここまで弱ったお前を、見捨ててどこかで生きるなんてそんな事俺には出来ない。
「ごめん……ちょっとからかっただけ…」
「ヒックッ、…ズ、ッ…ゔ…」
「お前…最近外にばかり出て行くから……夜は別の部屋に籠りっきりだし……寂しくて意地悪言いたくなっただけだって…」
なんだよそれ……意味分かんねえんだよ……
全部お前の事を思ってしてるんだ。全然寂しくなんかないだろ……
「お前の手……綺麗だよな。」
「………?」
前に回した俺の手を顔の側へと引き上げ、成海はクスリと微笑んだ。
「小さくて…細くて……綺麗な指してる…」
「……っ…」
どこが…綺麗な指だよ……
俺の指は傷だらけで…傷は膿んで化膿してるし…爪だって割れて汚ねえのに…
「……愛してる。その言葉は嘘なんかじゃないよ。」
「……」
傷だらけの手を、優しく撫でられる。
冷たくて、大きなこいつの手。痩せ細って手の筋は浮き出てて、肉ももうほとんど無いこいつの大っきな手の中に、傷だらけで綺麗でも何でもない小さな俺の手がすっぽりと収まってる。
「…俺の…汚ねえ手だぞ……もっと汚くなるんだぞ…」
今日だって、お前の着物着替えさせてやったらまた機を織るんだ。血で染まったこの布団も替えて、川行って洗って、そうしたらまたこの手は傷だらけになるんだ。
「綺麗な指じゃ…なくなっても…いいのかよ…」
俺は指がもげようが、爪が剥がれようがどうなったっていい。
けど、お前が言う綺麗な手はきっともうお前に見せる事は出来ない。
それでもいいのか?と聞くと、こいつはまた弱く笑った。
「……当たり前だろ…」
そして、こいつがそう言った瞬間
また涙が頬を伝った。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
22 / 47