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四季折の羽:パロディ【もう会えない】
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「ゔっ、…ぅゔ…」
聞こえない。隣の部屋から、さっきまで聞こえてたはずのあいつの吐息が聞こえない。
「ヒック、……ふっ、…ゔっ…」
あの怖い音も、咳き込む声も、何も聞こえない。
「ズッ、…散々…うるさくしてたくせに……なに静かになってんだよ……」
どうせ、美味いもん食ってる夢でも見て、安心し切って寝てるんだ。
それか、俺が飲ませた薬が効いてきて、あいつの病気を治してくれてるんだ…
「…っ…ほらな……治ったじゃねえかよ…」
カタン、と機を踏んで俺は笑った。
プツンともう残りわずかな羽を抜き取り、糸の先に繊維を繋ぐ。
「馬鹿が……俺だって寝たいんだ……これ織り終わったら…すぐ布団に入って寝てやるんだ…」
笑えてくるのに、涙は勝手に流れ落ちる。
トン、トン、と糸を引きまた一枚羽を抜き取る。
「朝になったら……お前の寝顔見て、都まで走って…薬…貰うんだ…」
静かになった家の中には、機を踏む音と、外から聞こえる鈴虫の声だけが響き渡っている。
静かな夜だった。とても、とても静かな夜だった。
カタン、カタン、……
「……っ、ヒック…ゔっ、く、…」
聞こえない。手を止めて、耳を澄ましても、あいつの部屋からはもう何も聞こえて来なかった。
嫌だ……嫌だ……俺は、俺はまだ何も言えてない
「…なんで…何も聞こえないんだよ…」
俺は、本当の事も、本当の気持ちも、何もお前に伝える事が出来てない。
「……っ」
プツン、と最後の羽を抜き取る。
視界が涙で揺らいで、手元も良く見えない。
「…………」
一枚の羽をじっと見つめる。
もう翼も全部無くなった。飛べない。どこにも行く事なんかこれで出来なくなった。
「…………」
愛してる。ってもう聞けないのかな…
俺……嫌いだって言っちまった……。言い直し効くかな?
血まみれになった布団だっていくらでも洗ってやる。お前が目ん玉飛び出るくらい驚く美味い飯だって作ってやる。畑だって、俺が毎日面倒見てやる。もう我儘も嫌な口も効かねえから……ちゃんと、明日の朝は起きておはよう。って言ってくれよ…。
「…俺も…俺も愛してる…」
髪に付けた簪に触れると、その言葉が胸から溢れて来る。
愛してる。…愛してる……
なんで俺は言える時に言えなかったのかな?…
あいつは、俺が我儘でも、嫌な奴でも、それでも俺を好きだと言ってくれた。
綺麗な声だ。って…綺麗な指してる。って……
どんなに俺が壊れていこうがそれでも構わないと言ってくれた。
俺だってそうだ。お前がどれだけ血を吐こうが、どれだけ痩せ細ってしまおうが、お前がもう二度と口を訊けなくなっても、目を覚ます事が出来なくなっても…それでも俺は構わない。
俺は……お前じゃないと駄目なんだ…
でも……
「……俺がヒトじゃないって知ったら……それでもあいつは……俺を愛してくれたのかな…」
怖くて、それを口に出来ないまま、最後の羽を織ろうとした時
羽を握った手を後ろから大きな手が伸びて来て、優しく包まれた。
『何回でも言うよ…俺は』
優しく暖かい温もりが体を包む。
『当たり前だろ。』
懐かしい。とても懐かしいと思える程、大好きな、大好きなあいつの声が耳元で聞こえた。
『…新…俺は変わらない。ずっと、ずっとお前だけを愛してる。』
出会った頃の、暖かい体温が背中から全身に広がって
強く、優しく、大事そうに抱き締められる。
「…ゔっ、うぅっ……」
涙が溢れ、もう会えないこいつの腕に必死にしがみ付いて
俺は、何度も、何度も愛してると呟いた。
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