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オレとおれ。その2
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物心をついた頃から、おれは喋るのが苦手だった。幼稚園では、先生から不気味がられてたし、友達も居なかった。
頑張って一緒に遊ぼう。って声を掛けようとしても、声は喉で止まってしまって、中々言葉が出せなくて。結局誰一人遊びに誘う事が出来なかった。
ブランコに乗って、一人地面を這う蟻を見ながら、必死で喋る練習してたなぁ。
「申し訳ございませんっ明後日までに振り込みは必ず終わらせますっ、すみませんっすみませんっ」
家に帰ったら、すぐ部屋の奥の押入れの中に入れられた。
玄関からお母さんが必死に謝ってる声と、男の人の怒鳴り声が毎日聞こえてきた。
「昨日御宅の旦那さんがパチンコ屋で球打ってるって報告受けましてね〜。遊ぶ金あるなら期日までに振り込み終わらせてくれませんかねぇ〜?」
「すみません……申し訳ございません…」
お父さん……最近家に帰って来てなかった。
なんでこんなにお母さんが謝ってるのかこの時は分からなかった。
押入れの中で、玄関から聞こえてくるお母さんの声と、男の人の怒鳴り声と、ドン、と扉を強く蹴る音……それが強く頭の中に残ってる。
「和希……もう大丈夫よ。出てらっしゃい。」
「………」
それから、男の人達が帰った後のお母さんの優しい声。
「大丈夫よ。大丈夫。怖い人はもう帰ったからね。」
「…お…か…さ…」
おれは、怖くて怖くて押入れの中で耳を塞いでずっと泣いてた。
お母さんに抱き付いて、声はあまり出なかったけど、沢山泣いた。
「泣かないで。大丈夫よ。我慢すればいつかは幸せになれるのよ。お母さんもね。我慢するからね。お父さんの事もそうよ。いつかは気付いてちゃんと戻って来てくれるわ。」
お母さんはいつもそう言っておれの頭を撫でてくれた。
我慢すればいつかは幸せになれる。幸せが何か、まだ小さかったおれには分からなかったけど、その言葉を聞くと安心する事が出来たんだ。
お父さんの顔は覚えてない。お母さんは戻って来ると言ったけど、お父さんはいつになっても家に帰っては来なかった。
怖い人は毎日家に来る様になって、今まで手をあげなかったのに、ついにお母さんをぶつようになった。
おれは相変わらず押入れの中で小さく縮こまって時が過ぎるのを待ってた。
そんな日々が続いたある日、怖い人が帰った後、押入れから飛び出してお母さんに抱き付いたら、ぽたりとおれの頬に何かが落ちてきた。
「あら……変ね…ごめんなさい。」
その日、お母さんが初めて泣いた。
「う…ぅ…」
服を引っ張って、なんで泣いてるの?って言おうと口を開いても、上手く言葉が出せなかった。
「涙はね。我慢しても出ちゃう時があるのよ。お母さん駄目ね。悲しくて涙を流すのは嫌いなのに。」
「お、か…さ…」
「和希、貴方には悲しい事より、楽しい事を沢山口にしてほしいわ。だけどごめんなさい。今はお母さんと一緒に我慢してくれる?」
「…ぅ…う」
コクンと笑って頷くと、お母さんも笑って頭を撫でてくれた。
でも、何も知らない無知な子供だったおれが向けた笑顔は、お母さんの負担を重くしてしまったに違いない。
お母さんが、なんで泣いてたのか今なら分かる。
借金だけ押し付けて夜逃げをしたお父さんを信じて待ち続けて。毎日毎日悪い事してないのに取り立てに来た人に頭を下げて……。
「…?…ぅ…ぁ」
お父さん。お母さんは沢山我慢したんだよ。
「…あ…あ…ゔ…」
いっぱい我慢したのに、お父さんが帰って来てくれなかったから。
「おか、ぁさん……」
いつか来るはずだった幸せを掴めないまま、お母さんは天国に行っちゃったんだよ。
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