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疑心暗鬼
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月曜の夜、僕が仕事から帰ってくると、弓弦さんが
「病院に行ってきた」
と言った。
「どうだった?」
「大人しくしているから、治りは順調だ」
そうは言っても、ぐったり座り込んだ様子からすると、体調は良くなさそうだ。
病院に行ってきて、疲れたのかもしれない。
「ドクターに何か聞かれない?」
「君との関係について?」
彼は顔を上げ、僕の顔を見て、意味深に聞いた。
「違うよ」
言われて僕は、恥ずかしさに頬が熱くなった。
「大人しくしているかどうか?」
弓弦さんは、くるっと、笑顔みたいな変な顔を作って聞き返してきた。
「何だよ、さっきからその大人しくしているって」
僕は怒ったふりをして言った。
「君に、ちょっかいを出していないということだよ」
そういって、弓弦さんは僕の脇腹をつついた。
「は? 何言ってんの、この人」
僕は身をかわした。
弓弦さんは、僕の弱点を知ると、おもしろがってくすぐってきた。
「そういうことじゃなくて、その傷が、どうしてできたかについて、聞かれないかって言ってるんだよ」
「ねえ、そういうことって、何?」
弓弦さんは、僕が恥ずかしがるのを面白がって聞いてきた。
僕は、恥ずかしさも手伝って、少し強い口調で言った。
「いいかげん、ふざけるのは、よせよ」
弓弦さんは、急につまらなそうな顔になって、
「別に、ふざけてないよ」
と答えた。
医者は不審に思わないのだろうか?
いや、本当はわかっているに違いない。
だけど、弓弦さんがちょっと変な様子なので、慎重にして、弓弦さんの気に障らないように、問いただすようなことはしないでいるのだろう、と僕は推した。
弓弦さんの、ちょっと変さっていうのは、僕が知らなかっただけで、元からあったのかもしれないけれど、あの出来事のせいではなかったとしても、その前に急に憔悴しだしたあたりから、何か不安定になったという感じが、僕はしていた。
「今度、僕も病院に付いて行ってあげるよ」
「君が病院に行く必要はない」
医者の見解を聞きだそうという僕の目論見は一言で破れた。
「君がまた倒れたというなら、話は別だけど」
弓弦さんは僕をからかって笑顔を見せた。
「君の心配はわかっているよ」
夕食の後、弓弦さんが僕の肩に手をかけて思案そうに言った。
「医者が、君を疑っているんじゃないか、ってことだろう」
「え? 何のこと?」
また彼は、僕が思ってもいないことを、考えているようだった。
「君がナイフをふりまわして、俺を刺したと思われていたら、具合が悪いだろう」
「そんなこと……」
僕は、勿論そんなことを考えていたわけではなかった。
そんな心配はしていなかった。
僕は、自分が人を傷つけるなんて信じていなかったし、まして本当に肉体的に傷つけるなんて今まで一度もないし、だから他の人だって、僕をそのような人間だとは見ないだろうし、だから他の人が僕を疑うことなんて少しも考えていなかった。
「大丈夫だ。たとえそう思われていたとしても、血を見て倒れているような君なんだ。本気で刺したわけじゃないと思うさ。いくら痴情のもつれっていうやつでもね」
「真面目に聞いていれば、またからかうんだから」
僕は、彼の首根っこをつかんでやった。彼は首をすくめた。
弓弦さんは、ふざけたふりで、何かを隠しているのだろうか、とふと思った。
でも、あんまり裏を考えすぎないほうがいいよな。疑いだしたらきりがないから。
疑心暗鬼は禁物だ。
ウタガウココロノヤミニオニ。
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