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職業生活
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桐生というその青年は、印象深い学生だった。
彼は、人目を引く美貌の持ち主で、まだ准教授だった竹春の授業を熱心に聞いていた学生の一人だった。
竹春は、文化人類学者で宗教について研究していた。特に、性のあり方について関心が深かった。
竹春は、同性愛者ということを公言してはいなかったが、ほのめかすようなことは言っていたかもしれない。
学生の中にも同性愛者の男子学生はいて、時々、相談を受けることもあった。
中には大胆な学生もいて、まだ若かった竹春に、導いてほしい、ありていに言えば、性の手ほどきをしてほしい、などと申し出る者もいた。
竹春は、私生活では、大胆だったが、さすがに教育者の立場で、職業人としても、己の立場を危うくするようなことは、しなかった。
人並みに出世欲もあった。
出世欲といっても、自分の研究を続けたいという学者として健全な欲が元になっていた。
それには研究費が必要であるし、職を失うわけにはいかなかった。
ある程度出世しなければ思うような研究もできない。
そのための出世欲だった。
だから、そんな若い学生の申し出は当然、断っていた。
教え子が傷ついた顔をするのを見るのはつらかったが、受け入れるわけにもいかないことだったので、仕方がないことだった。
幸い、竹春は好みがうるさかった。
ただ若いというだけで食指が動くことはなかった。
また美貌だからといって好きになるわけでもなかった。
確かに美貌の若い青年から見つめられたら、熱い尊敬の眼差しを向けられたら、勘違いしたくはなった。
けれど勘違いするほど愚かではなかった。それは玄人に入れ込むことくらい間が抜けていると知っていた。
その厳しい自己批判が時に竹春を不幸にも孤独にもしていたかもしれないが、当面は社会生活を営むための安全弁として機能していた。
敬愛を恋と勘違いしている初心な学生に熱い目で見つめられると、自分も勘違いに身を任せられたらなあと思うことはあった。
だが竹春は、それほどおめでたい人物ではなかった。
そして、職業生活の用心深い心のパーテーションの中では、彼のことを、そう、桐生への気持ちを、どのように表していいか、わからなかった。
言葉で表現することも、定義づけも、なんと名づけたらいいかも、わからなかった。
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