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stepup
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「れれ、怜さん! 俺、予選通過しました!」
届いた速達を片手に、事務所に転がりこむ。自分自身でも上ずっているのが分かった。興奮している。
一つ目の目標だった全日本ヘアメイクコンテストの本戦出場できる事が決まった。
「あらやだ〜、私が育てたんだから当然でしょ? 予選落ちなんて笑っちゃう、その時はクビよ」
「あ、はい。クビの前に服着てくださいね。下丸見えです。事務所の子が困ってます」
「やだもう私ったら脱ぎたがりだから」
「……」
怜さんの裸で仁王立ち姿にさっきまでの熱がどこかへ飛んでいく。
嘆息しながらも拾い集めた服をクリーニングに出す準備を整え、新しい服と下着を渡しながら真っ赤な髪色のした彼が居ないことに気づいた。
「あれ、龍騎君はどうしたんですか?」
「あぁ?」
「……あ、と、珈琲飲みたいなぁ」
「チッ」
ええ……地雷……。
女性とも男性とも言える中性的な美貌をこれでもかと歪めて怜さんに睨みつけられる。
いつの間にかひょっこり現れては、甲斐甲斐しく怜さんをお世話していた不良くん──當山龍騎君が今朝は見当たらなかった。
チラリと怜さんを伺う。ソファに座ってイライラと指先をひざ掛けに叩きつけているけど、機嫌が悪いというより拗ねているのだろう。
どこか歯痒そうに、悶々としているのが憂いを含む美貌から伝わってくる。
背中を流れる艶やかな黒髪を、言わずとも結わってくれる彼がいないからか、怜さんは鬱陶しげに髪をかきあげた。
「でも怜さん龍──」
「黙れ犯すぞ? ケツ掘られたくねぇならそいつの名前出すんじゃねーよ祥、分かったな?」
「…………はい」
「今の間はなんだよ? つーか何笑ってんだ」
「いえ、了解です。喧嘩したんですね! 早く仲直りしてください!」
「……オマエ、ぶち犯す」
滅多に見れない元総長の殺傷力の高いビームがめちゃくちゃ痛いけど、珍しい怜さんに思わず笑ってしまった。
だって常に唯我独尊な彼──彼女?──が、龍騎君が関わるとこれだ。この一ヶ月の間に距離が縮まったんだろう。
何があったのかは気になるけど、それは俺が首を突っ込む事でもないし、いずれわかることだろう。
向かいのソファから立ち上がり、怜さんに言葉通り犯される前に俺は事務所から逃走した。
あの人のぶち犯すは本当だ。冗談抜きでやっちゃうのが怜さんだから、次に顔合わせる時までに機嫌が直っていたらいいなと思った矢先、事務所の階段下に噂の彼がいた。
うんこ座りだ。龍騎君がうんこ座りをして俺をめちゃくちゃ睨んでいる。
「……」
「…………」
「………………」
どうしてなんだろう?
龍騎君はいつも俺に会うと全身を上から下まで睨みつけてくる。
龍騎君は結葵君と幼馴染みだと以前聞いた。実際は長く疎遠になっていたらしいけど。そこもまた深い溝がありそうで、それにしても爽さんと結葵君、彼等もまたここ最近冷戦状態だ。
京都の旅行から帰ってきて以来、直輝は泣いてる爽さんに冷たくしつつも付き合っている。
結局のところ、直輝もなんだかんだ言って爽さんが好きなんだろうな。
たまに一分会話する度に千円とか言ってお金巻き上げてるのを見ちゃったけど……。
そこで一人物思いにふけそうになりハッとする。
とにかく事務所の前にいるヤンキー君を捕獲しなければ。
ヤンキー座りしながら煙草を咥えている彼は見た目的にアウトだろう。
怜さんが怜さんだから、これ以上変な噂が立つのも困る。珍獣ハウスと呼ばれている現在で色々アウトだとは思うんだけれど……。
「龍騎君おはよ。怜さん待ってたよ?」
「……そうすか」
「…………えっと、寒いし事務所いく?」
「あんたは仕事行かないのか?」
これはあれだろうか?
話かけるなひょろひょろ!
みたいな意味合いだろうか。
何はともあれ龍騎君に嫌われていようが見たのが最後、途中で放置は出来なかった。
「俺は今からスタジオに行くよ」
「ならさっさと行けばいい」
「その前にここ事務所の前だから未成年が煙草を吸いながら座り込んでると、俺にも事務所にも迷惑かかっちゃうんだよね。事務所に迷惑かかるって意味、分かるよね?」
「…………」
龍騎君が咥えていた煙草を没収して火を消す。途端に強まる殺意のこもった視線が痛いけど、駄目なものは駄目だ。
彼が怜さんを慕うなら、なおのこと。
怜さんはあの性格だから敵も多い。そんな中でまだまだ技量も経験も足りない俺や他のスタッフを纏めて面倒見てくれているから、俺も怜さんが困るようなきっかけは回避しておきたい。
「事務所の子が今頃イライラしてる怜さんに怯えてるかもしれないから、出来れば早く助けてあげてね」
とは言ったけど怒らせたのは俺で、逃げたのも俺だった。ごめんなさい皆……と歩き出しながら思っていたら、ふと手を引かれる。
「あんたそうやって結葵のこと誑かしたのか?」
「え?」
なんのこと? とは言わない。だけど、彼が知っていることに驚きの声を漏らしてしまう。その刹那、龍騎君の手に力がこもり握られた腕に痛みが走った。
「ッ、ッツ」
「そうやっていい奴ぶって、何人捨てて来た?」
「り、ゅうき君、腕っ」
距離を開きたい俺の意志とは真逆に、思い切り引っ張られ彼の鋭い双眸が目前へと現れる。
龍騎君の顔が近づいてきて耳元で彼が囁いた刹那────背後から現れた体温に身体を優しく抱き込まれた。
「祥ちゃん、本当危なっかしいね」
「なおき……」
「……」
嗅ぎなれた甘く爽やかな香水の香りに、腕の痛みまでもが荒んだ心と共に凪いていく。
思った以上に緊張していたのか、直輝の腕の力強さに安堵して肩から力が抜けていった。
「直輝ありがとう」
「良いよ。それより何があったの?」
「特には。……そろそろ行かなきゃ仕事に遅れちゃうから俺もう行くけど直輝は?」
わかりやすい話の逸らし方だったけど、呆れ顔をしながらも意を汲んでくれた直輝は「送るよ。迎えに来たしね」と言ってそれ以上詮索はしないでくれた。
「龍騎君」
「……」
先に直輝が歩き出したのを確認して、彼に向き合う。
「俺は直輝しか好きじゃないよ。その頃のことは間違えてばかりだけど、君に侮辱される理由はない。俺は俺で直輝だけを大切にするから」
君が怜さんを、結葵君を守っているように。
俺は直輝が大切だから、────あの男もいつか棄てるのかよ? 阿婆擦れ。────あの言葉は聞き流せるものじゃなかった。
「俺だけじゃなくて、間接的に直輝まで侮辱するような事は二度と言わないで。不愉快だよ」
ギラギラと睨みつけてくる龍騎君の目を真っ直ぐ見つめた時、おかしなことに思ったのは彼の目はとても綺麗ってことだった。
悪意のある言葉を俺に突きつけたのはきっと、結葵君の為なんだろう。
それ以上龍騎君の返答を待つことはせず、俺は急いで直輝の車へと駆け寄った。
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