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冬の厳しさも交代と、新緑の力強い芽吹きを感じさせる春の風にはちょっとした騒動が乗っかっていた。
「ちっ」
「ちぃぃっ」
クリーム色の柔らかい壁紙に、落ち着いた家具が整然と並べられた部屋の中。
春風は吹くことを諦めたのか、冷々とした空気が漂う。
初めに舌を鳴らしたのは盛大に顔を顰めた直輝だ。
その後に続いて、これまた盛大に舌を鳴らしたのは涼夏である。
俺の目の前には現在の恋人である直輝と、過去の恋人だった涼夏の二人が額を突き合わせて睨み合っている光景が広がっていた。
「お前に祥の目の前をうろちょろされると迷惑なんだ」
「誰が迷惑なの? 器量のちっっっさい、頭も下半身も軽いどこぞのモデル様かしら?」
「口だけは達者な所がまた忌々しいほど害虫に似ていて哀れだな。優しい祥の恋人として言ってるんだ。今すぐ、消えろ!」
「いやね。余裕のない男は捨てられるのよ。ねえ、祥?」
そこで俺に話を振らないで欲しい。
ぼんやりとよそを見ていた俺を逃がすもんかとすかさず涼夏の睨みが飛ぶ。
喧嘩を始めたのは二人で、俺はここに仕事をしに来ているのだけど。そんな正論なんて求められてないことは分かっている。
だから息が切れるまで黙って見ているのが一番だ。
「おいっ! 俺の、祥! だ、勝手に話しかけるなっ」
「はぁ? いつ、誰が、あんたのものになったわけ?」
「生まれた時から祥は俺のものだ!」
「もの? けっ、祥はものじゃないわよ!」
「俺の恋人だ、嫁だ! お前はお呼びじゃないんだ!」
「ブフーっ」
鬼のような形相で放った直輝の言葉に思わずお茶を吹き出してしまう。
何をサラリと……このバカ直輝は……。
「よ、嫁ってなんだよバカ!」
「嫁だろ。家にも話たお陰で堂々と祥をこの腕に抱ける。毎日、毎晩キスで目覚めて腕の中に抱きしめて眠れる。だから早く帰ろう、祥ちゃん。な?」
思わぬ変化球に二の句が継げず、意味もなくあわあわと口が震える。
ちょっとだけ想像して、帰りたいなんて思ってしまったことが恥ずかしい。
きっとオーラが見えるのなら一瞬で俺の背後にはピンク色のハートが舞っているだろうし、直輝は──うん、禍々しい色合いのハートだろうか……。
そんな二人だけの世界を壊したのもまた涼夏だった。
「何が堂々と、よ。そうのたまう前に一番の敵がまだ野放しなんじゃないの?」
流石は涼夏。
直輝の美貌にも圧にも涼しい顔をして応戦するだけある。
いま一番俺を、特に直輝を打ちのめすのに適切な指摘だった。
「黙れ。そのうち何とかする」
「……あっそう」
さっきまでの言い合いは、本気ではなかった。
その証に、全ての感情が削ぎ落とされたかのように無表情な直輝が静かに言う。
静かなのに、だからこそゾッとするほどの強制力と眼光は、涼夏の細い体を震わせて、黙らせた。
一番の敵。
ただ黙って見過ごすわけが無いその人がいつ牙を向くのか。
穏やかな春は、またとても不安定だ。
雨を降らし土地を荒らす。雷を落とし花開く前の蕾を殺す。
まるであの人のように。
直輝の事務所を運営する社長の顔が、ちらりと脳裏を過ぎった。
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