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今年のコンテストは『命』が題材だ。
審査ポイントはオリジナリティ、表現力、ファッション性、世界観、ヘアとメイクの応用テクニックを見られる。
審査員には世界を代表する外国の有名人から日本を代表するようなアーティスト達が四人いて、その中には怜さんもいた。
舞台に上がるのは、ヘアセットを終えて、衣装をきた状態でだ。舞台上で行われるのは主にメイクのみ。
審査員は書類に俺達の動きを見たり、時には話をかけてくることもある。
舞台にあがるわずかな時間に全てがかかっているのだ。
「皆さん、そろそろお時間になります。舞台裏へと移動をお願いします」
スタッフの呼びかけに、控え室で所狭しと並び支度をしていた皆の手が止まった。
かくいう俺と涼夏も同じだ。
真っ白な衣装だが、所々に銀色の刺繍が施されたエンパイア型のドレスだ。ドレープが綺麗で、動く度に色を変える。
光を受けると、ドレスがキラキラと光を返すのだ。
雪景色に陽光が降り注ぐような、柔らかな白銀の輝きにそれは似ていた。
ヘアセットはそれはもう一生懸命に夢中で作り上げた。
主色となる白に薄い緑から深い緑と茶色を織り交ぜてエクステを足していき結い上げたボリュームのある髪型。
左から頭上へはいくつもの小さな花が咲き乱れるように、そして右側にいくにつれ緩やかに編まれた三つ編みが折重なり大きな花の形を作っている。
俺と涼夏は舞台にあがると、開始の時を待った。
壇上にあがる怜さんがふと俺を見る。
モデルが変わったことは気づいただろう。でも彼は淡々と挨拶を続けると審査員のもとへ戻って行った。
「それでは、初めてください」
始まった。舞台に立つ十人が一斉に動き出す。最後の仕上げだ。
衣装を、髪型を、魅せるメイク。
独創的で人の目を惹く華やかであり上品な完成を目指していく。
夢中だった。
緊張も忘れて、観客の視線も、審査員の鋭い視線も、あっという間に忘れていく。
ただひたすら、俺の表現したい作品を作り上げていく。
ふと、隣に立った審査員に名を呼ばれた。
「どうして君はこの題材に? もっと派手なものを選ぶことも出来たと思うけど」
審査員の質問は当然のことだった。
周りを見ても、皆はっと目を惹く派手な色彩。その中でもドレスもエンパイア型をえらび、全身が白色で彩られているのは中でも控えめな作品だった。
「命を聞いて、真っ先に思ったのは静けさでした。命が産まれる時、輝く時、終わりを迎える時。色んな考えが浮かんだけど、俺は命が芽吹く時を創造したかったんです」
「へぇ。なぜ?」
「命の静謐さを、力強さを、尊いと思ったからです」
「なるほどね」
今気づいたが、彼は海外で活躍する有名なアーティストだった。
「これの主役は花?」
「……恥ずかしいんですけど自分がもし花だったら、長い冬を経て花開く時に何を思うか考えました。長くは持たない命で、たった一瞬を刹那に生きるならどうするかって。真っ白な雪景色の中で、春を待つ思いはどうだろうって。そして春がやってきた時、いっせいに芽吹く命はどれほどの美しさだろうか……そう考えたら、主役ってきっと自然の全てかなって」
「そう、面白いね。花になったらなんて僕は考えたことこなかったや」
「うっ、恥ずかしいのでからかわないでください」
男性は僕を見てにこやかに笑うと、ウインクをひとつして去っていった。
迷いはない。他と比べたら地味かもしれない。
でも、命は密やかに、そして力強く、脈動するのだ。
ありふれた多くの命のなか、失われても世界が何か変わることはないだろう。
けれど、その一つ一つの命の輝きは、誰にも邪魔することなんてできない。それぞれに生の物語があるのだ。
「時間です」
駆け抜けた時間はあっという間に終わりを迎えた。
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