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勿忘草
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カツーンなんてそれこそ何かの安いドラマみたいに床にビールの缶が落ちる音が響き渡る
その音は今も流れてる映画の音に混ざるようにして掻き消されて
あれだけ動かなかった体は嘘みたいに衝動的に動いていた
気がついた時には頭で考えるよりも早く目の前に居る祥を絨毯の上へと押し倒していた
「………ふざけすぎだ」
「………直輝」
「うるせえ……っ」
困ったように笑う祥の口を塞ぎたくて
押し付けるようにキスをして言葉を閉じ込める
床に張り付けられた祥の手首がぐっと押し返そうとしたのに
でも直ぐにその力が抜けると祥の体からも力が抜けていく
それが全てを諦めたように思えて
俺が何をしてもどれだけの事を伝えても祥の意思は変わらないんだって
まるで最後のお別れだとでも告げるように
そんな受け入れた祥の態度に心が掻き乱される
「んっ……! ふ……っぁ……ぅう」
「……ッ」
どれだけ乱暴にキスしていたのか
俺も祥も肩を上下に動かして苦しげに息を繰り返す
それでも俺のしたに居る祥の瞳は真っ直ぐ見上げいて
グラグラと全てのものが崩れていく俺とは違う決心の付いてる瞳で
全身の血が体から消えていくみたいに冷えるのに
心臓はそれとは逆に段々と煩く動き出す
「……直輝」
「それ以上言うな」
「………直輝聞いて」
「言ったら二度と外に出さねえ」
「俺の話を聞いてっ、別れたいんだ……ッ!」
「――――っ」
『別れたい』
そんな言葉何度も聞きたくない
スッ、と全身が冷えていくし
目に映る物には初めから色なんてなかったかのように見えるモノ全てが色を失っていく
「……」
「っ! ま、って……直輝っ!」
「もう何も話すな」
「直輝っ……!いっ……たい、……う、ぁあっ!」
頭が追いつかないんだ
今起きた事を気持ちが頭が全てを拒否をする
いつもみたいに触れ合っていても満たされない
それどころか虚無感は身体中を蝕んでいって
その原因は祥の気持ちがもうここに無いからなんだって現実が
じわじわと首を締め付ける
痛む心臓が怖くて暖かいと感じない感覚に怯えて無理矢理に祥を抱きしめる
離れようとする祥を腕の中に閉じ込めたら
今のが全部ただの冗談だと笑って欲しくて
冷えていく体温さえも消したくて
その何もかも壊した方が楽になるんじゃないかって
ぶつけるように
押し付けるように
めちゃくちゃに祥の中をこじあける
心も、体も掻き乱して
嘘だよって言うんじゃないかなんて
そんな儚い望みで
「……っ、う……ッ」
「は……っ、……」
痛がる祥の声が聞こえてるのに
体は止まるどころかもっと酷くなる一方だ
このまま壊すんじゃないかってぐらい乱暴に抱いているのに、苦痛に歪ませながらも祥は優しい瞳のままで
それが尚更腹ただしくて
眩暈がするほどの頭痛を引き起こした
俺は今、独り善がりで
祥を傷つけてるのに
それら全部を受け入れる覚悟のついてる祥を初めて嫌いになりそうだった
「な、おきっ……ご……めんね……ッ」
「……」
何に謝ってる
別れを切り出したこと?
それとも付き合ったことすべてに対して?
苦痛しか感じてない祥の喘ぎ声
無理矢理体を押し込む度に溢れかえる嫌悪感
あの日初めて祥を抱いた日と全く同じだ
また俺は祥を、傷つけてる
「はっ……あ、く…… バカっ……だな、っん」
「……喋んな」
「ぁああっ! んぁっ……うっ……! ああっ!」
冷たくそれだけを言うと
最奥を思いきり突き上げて
祥の体が痛みでガクガクと震えている、悲鳴を、あげている
苦しさに顔を歪めている癖に
それでも、その瞳は変わらない
「直輝っ……」
「………っ」
「……ッく……泣か、ないでよ」
「――ッ」
祥が震えた両手を伸ばして優しく俺の顔を包みこむとそんな馬鹿なことを言う
泣いてなんかない
そんなハズない
俺が、どうして泣かなきゃならない?
そう思ったとき、
祥に触れられた頬の上を冷たい涙が伝い落ちた
「……っ……く、っ」
「……直輝……ごめん、ごめんね。 俺……夢叶えたいんだ」
「……っ」
「会えない間ずっと考えてた。 自分の夢、追いかけたい」
「だったらッ! ……だったら尚更別れる必要なんてねえだろッ」
「………違うよ、夢は二つだってさっき言っただろ……だから」
「そんなの……そんなのは俺の夢とは違う!それは祥だけの勝手な夢だ……。 俺は一ミリも望んでない」
「……ごめん、でもさ俺。 直輝の子供みたいなって思っちゃったんだ」
「……っ」
「……直輝の未来を一緒に生きるのは俺じゃダメなんだよ」
「だからっ、それは、――ッ!」
喉が締め付けられる
目の奥が熱くなって
口から漏れる声は何を表してるのか
ぐちゃぐちゃな頭で精一杯に考えた言葉を飲み込んだ時
ぐっ、と噛み締めた唇にキスをされた
それからゆっくりと離れていった祥は
俺が大好きな細くて綺麗な指で俺の涙を拭う
そしてまた、嫌になるほど優しくて残酷なほど綺麗な笑顔を浮かべた
「ごめんね、直輝」
「……っ……なんでだよ……ッ」
「……俺が、苦しくなっちゃったんだ。 直輝の傍に居るのが……今はもう好きよりも苦しくて堪らない」
「……俺は祥が好きだっ……祥とずっと……」
「俺にはね、その未来が見えなかった」
「………」
「嬉しかったけど、でも直輝……。 俺にはその未来が想像出来なかったんだよ」
「そんなの……これから見えるだろ……っ! まだこれからだって……これからたくさん……っ」
「俺もずっとそうだって信じてた。 けど違った。 直輝に好きって言われる度に、俺が直輝へ好きって伝える度に…いつか来る終わりの事ばかり考えてた」
「………」
「直輝は当たり前にそう言うけど、俺は好きって言葉を聞く度に終りを感じてたよ」
「……っ……じゃあ、どうしたら」
「……直輝、お願い泣かないで」
ゆっくり頬に添えられている祥の手に重ねて強く強く握り締める
ああ、この手を離したくない
今感じるこの温もりも景色も
俺の隣で優しく笑う笑顔も
何一つ失いたくないのに
暖かい祥の体温が
肌を通して流れ込んでくる
そのせいでさっきよりも胸が苦しくて堪らない
痛くて、息苦しくて、辛くて
こんなんならいっそ首を締められた方がましだ
いっそのこと
大嫌いだから、顔もみたくないからって
悪意を向けられた方が苦しくないだろう
「俺は、自分の道を行きたい」
「……っ、……そこに……俺が居たら駄目なのか」
「俺の未来に、直輝は居ない」
「――ッ」
「直輝に思う気持ちは……もう無いんだ」
はっきりと、
凛とした声が頭の中に流れ込んでくる
握り締めた手のひらから祥の手がすり抜けていって
俺の掌の中には
温もりも何もかもが、消えて失っていた
「直輝……ありがとう、大好きだったよ」
「――っ」
またひと粒
涙が頬を静かに伝っていく
握りしめた拳から力が抜けていく
抗うように感情を押し殺すように
抑えつけていた力を抜くと
濡れた頬を拭った
その時にまで何の意地悪なんだろうか
追い打ちをかけるようにして
祥から香っていた花の香りが鼻先を撫でて
今涙を拭ったばかりだってのに
また零れそうだ
「直輝」
「……祥」
「もう、大丈夫だね」
「悪い……」
肩から力が抜けた俺を見て、
俺の目を覗きこんだ祥が言葉を漏らす
ああ、ほらまたお前は笑うんだ
あんなに泣き虫だったのが嘘みたいに
綺麗で、優しくて、暖かい笑顔で
俺とは違って弱さを誤魔化さない
本当に強くて真っ直ぐな祥は
いつだって凛として背筋を伸ばしていて
まるで平気だとでもいうみたいに
柔らかい陽向の光の様に微笑んでるやつで
そんな風に言われたら
そうやって確認されたら
俺が何も言えなくなる事
祥はわかっている癖してわざとその言葉を選ぶ
それは俺も同じで
きっともう何を言っても無駄だって
初めから瞳を見た時に分かっていたくせに
祥の決心は変わらないって気づいていたくせに
諦められなかった
諦めたら本当に終わるから
だからこそ嫌だった
だからこそ気づきたくなかった
だからこそ知らないふりをしていたかった
だけどそれじゃ駄目だって知っているから
祥の事が本当に大好きなんだ
祥が俺の全てだったから
俺の世界で一番大切な人だから
だからこそその言葉を今ここで祥に言わなきゃならないんだとしたら
祥の事をこんなにも愛さなきゃ良かった
なんてこと思ってしまったことを
いつか、後悔する日が来るだろうか
「祥」
「……なに、直輝」
「……」
大きく息を吸い込んで
深く静かに息を吐く
今の俺に言える言葉、
言ってやらなきゃならない言葉
祥の背中を押してやる為の最初の言葉
俺達が終わる言葉
本当は言いたくない言葉
「別れよう」
「――っ、ありがとう」
……声、震えてなかっただろうか
あんだけ取り乱して今更なんだって感じなのに
そんな小さなこと気にしてる
離れている祥の頬を撫でると
屈託の無い笑顔が俺を見ていて
俺にとっての幸せは祥の幸せだって思い知らされる
それだけは嘘偽りのない変わらない気持ちだから
その笑顔を守りたかった俺はそっと祥の手を離した
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