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掛け違えたボタン
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タクシーを拾おうとしてその手を止める
歩き出した外の空気はいい具合に冷えていて頭がスッキリする
たまには歩くのも悪くないと思った俺は
携帯を取り出して着信履歴に残る最新の番号に電話を掛けた
『はい』
「俺」
『俺?』
「聖夜って番号見ないで電話に出てるの?」
『直輝かよ』
「……失敗した」
『何が』
「……。 映画の主演が本格的に話が進んだから、俺の専属ヘアメイクアーティストになって欲しいって言おうとしたら今朝餓鬼に先取りされたよ」
『ふっご愁傷さまだな』
電話の相手、
聖夜が鼻で笑うのが聞こえてくる
下手に慰めるとかじゃなくて
笑ってくれる聖夜にほんの少し慰められた
「掛け違えたボタンみたいだ」
『ん?』
「タイミングはいつも大事って話だよ」
『ああ……。 てことは言わねぇの?』
「今更言えないだろ」
『なんで』
「もう話が進んでるのに今更それを取り消して俺の専属になれって? それに……あいつが自力で俺の所まで来るの待ちたい気持ちもある」
『まあ祥の事だから言ったところで断りそうだよな』
聖夜の的を得た予想に思わず笑みが零れる
その通りだ
祥は甘えたりコネだったりそういうのを一切嫌うから
言ったところできっと断られてただろう
『それ以前に、俺はお前らが話さなきゃなんねぇ事あると思うんだけど』
「無いよ」
『本気で言ってんのか?』
「……ああ。 無い。 今更何を話すんだよ」
『全てをだよ』
「聖夜、……三年分の溝はデカい」
『そんなの俺だって分かる。 けどお前らは大切なこと忘れてる』
「大切な事?」
『俺は直輝みたいに人の感情には敏感でもねぇし、何を考えてるのか見抜く力も無い』
「ムッツリだからだろ」
『今はふざけてんじゃねぇんだよ』
「はいはい」
『はぁ……。 それに、祥みたいにどこまでも誰かを思いやれるほど懐も広くないけど、鈍感な俺でも友達だから誰よりも自信もって言えることもある』
「……」
『俺にとって直輝と祥は何があっても絶対に離れ離れになる様な関係には見えなかったし、それは今も変わんねーよ』
「……変わるよ」
『変わんねぇんだよ。 直輝も祥もいつも互いの事ばっか思ってるせいで大切な事見落としてんだ』
「……」
『自分達の気持ちがどう感じるのかって大切な事をいつもないがしろにしてる。 見落としてる』
落ち着いた口調で話す聖夜が
どことなく苦しそうで
吐き出した白い息に混じって
今迄吐き出すことの出来なかった感情が溶けて混ざる様なそんな不思議な感覚
「……だから」
『だからじゃねぇよ。 一度しっかり話せ。 迷惑になるとかそんなくだらねー小さい事見てねぇでもう一度くらい素直になるべきなんじゃねーの?』
「……」
『二人揃って大切な事言わないんじゃ本当に知ってて欲しい気持ちは相手には伝わんねぇよ』
「ふっ、聖夜の癖に言うじゃん」
『俺達三人の中なら俺が一番素直だからな』
「ただ隠せ無いだけだろ」
『……そうだな。 だけど直輝は隠しすぎだ。 飄々として相手に自分を見抜けないように立ち振舞ってる癖は俺達にも出てる』
「……」
『祥だって。 本当に言いたい事言おうとしても直ぐに違う事言い出すし、例えば誰かを守る為なら自分の気持ちなんて後回しだろ』
「俺もそれは考えた」
『それで、どうだった?』
「考えたけど……あの日別れた時の祥の目は真っ直ぐだった。 どこまでも迷いなんかなくて澄んでる目。 聖夜も分かるだろ」
『……』
「そのだんまりは肯定で間違いない?」
『頷きたくねーけど、まあ分かる。 でも……それは三年前の祥だ。 今の祥は今見てやるべきだろ』
聖夜の言ってることも言わんとしてることも理解してるし十分に伝わってきてる
俺だってそう思う
今の祥を見るべきだって
でも時間って怖いことに人から自信だって奪っていく
昔は恋愛に奥手になる事なんてなかったのに
今は慎重過ぎて笑ってしまうほどだ
それだけ一つの感情が
大人になると貴重過ぎて重くて
ありきたりで何も代り映えしない時間に
色をつける感情ってものに
どうにも免疫がなくなるらしい
何もかも新しくて次から次へと乗り越えるべき壁がやってくる高揚感なんてものは大人になるにつれて乗り越えなきゃならないものへと変わった
自身から飛び込んでみようなんて気持ち
大人になるにつれて何処かへと消えていく
「……怖いんだよ」
『は?!』
「二度、祥に拒絶されたらって考えると怖気づく」
『お前本当に直輝か?』
「ふっ、俺が相談してやってんだから黙って聞いてろ。 胸のうちを親友様に明かしてやってんだろ?」
『……何だその上から目線』
「ははっ」
電話越しに聖夜がポカーンとしてるのが想像できる
しっかりしてるけど変なところで天然なのが聖夜だ
良くも悪くも真っ直ぐで嘘がつけないやつ
だからたまには
捻くれてる俺でも本音を漏らす事が出来るのかもしれない
「あー……でも。 話すべきなのかもな」
『俺はそう思う。 お前らすれ違ってんじゃん』
「……これでもし俺が振られたら聖夜も何かしら罰ゲームね」
『はぁ?! なんで俺が!』
「だってそうだろ? 聖夜の意思を尊重して〜……」
そんな聖夜とくだらない事を話しながら
久し振りに笑った
電話の向こうで相変わらずな聖夜に
ずっと喉に引っかかっては違和感を与えていたものを聞いてもらって
情けないけど
心がほんの少し軽くなる
モヤモヤしていた霧が晴れるように
心の中がクリアになっていく
『直輝の気持ちがどう思ってるのか、祥の気持ちがどこにあんのか。 ちゃんと二人で確認して来いよ』
「……ああ。 ありがとう聖夜」
『……気持ち悪ぃ』
「聖夜の綺月さん妄想全国に流すよ?」
『いやすみません。 辞めてくれ』
結局最後はいつもと変わらない
くだらない話をして笑いながら電話を切る
冷たい空気を深く吸い込むと目指すべきベクトルを新しく掲げて踏み込んだ
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