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初めて聞く本当の声
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***
「来てもらったばかりで悪いけど、単刀直入に言わせてもらう。 ──天使と別れて欲しい」
「……」
「その反応は想定内だった感じか?」
「はい。 直輝と付き合って行く上で必ずこうなるとは思ってました」
直輝とクリスマスを過ごした翌日、俺は直輝のプロダクションへと訪れていた。
ずっと胸の奥にまとわりついていた嫌な予感はこれだったのかと納得と共に訪れたのは息が詰まるような絶望感と、胸に広がる冷たい痼
「それで答えは?」
「ーー別れません」
「本当に? 本当にそれが正しいと思ってるんだったら君も天使も間抜けだな」
「……だとしても、俺一人で決める事じゃない。 俺と、直輝の事です、俺が今ここで決めることなんて出来ません」
重圧感に包まれる部屋には、俺と、社長と、よく知っている篠田さん。黒い革で出来た高級そうなソファに腰掛けた社長は俺の言葉を聞くなり鼻で笑い飛ばす。それから射抜くような瞳をこちらに向けるとさっきから好感を持てるとは思えない歪め方をしている口を開いた
「だったら気が済むまで天使と話してくればいい」
「……じゃあ」
「だけどそうなれば天使は迷わず辞めるだろうな事務所を」
「ーーッ」
びくりと心を読まれたのかと肩が震える
社長の向けてくる瞳が全てを見透かしているようで思わず目線を逸らす。規則正しく刻まれる指針の音が心臓の脈と重なって、やがてそれはずれ出した
「直輝は……」
「天使が? ……はぁ、あいつは年の割には大人びた考えをしてるとは思う、それに頭の回転も早い。 けど君が絡むと誰よりも馬鹿になるって事は重々気づいてるんだろう? 自分の為になるとアホの子みたいに考え無しになって何でもかんでも捨てようとする。 自分の未来の重さだって考えもせずに放り投げるだろうな、君のせいで」
「……ッ。 それ、は……」
「そこまで分かってるのにそれでも天使と話し合うか?」
「社長。 言い方があるでしょう……」
「篠田、中途半端に濁すよりこういう話はさっさとケリをつけた方がいいだろ」
「だからって急に呼びだしたのはこちらですし、もう少し言い方を変えても」
「篠田さん大丈夫です。 それより、あの……直輝はこの事知っているんですか?」
威圧的な話し方を続ける社長を、篠田さんが落ち着かせる為に静止をかけてくれるけどそれでも空気は重いままだ。篠田さんへ分かりきった質問をすれば、静かに首を横に振るだけだった
「いいや、知っている」
「え?!」
「直輝君知っているんですか?」
やっぱりか、とそう思った時遮った社長の言葉に俺だけでなく篠田さん迄もが驚きの声を上げる。社長はそんな俺達に騒ぐなと言いたげな表情を浮かべると話を続けた
「クリスマスの生中継の後、口煩く言っておいた会食の途中であの馬鹿はすっぽかしたんだよ。 たった一言、"もし"としか言ってないのにな」
「じゃあ直輝知ってて俺に言わなかったんですか?」
「正しくは酔って覚えてないんだろう。 酔ってる時じゃなきゃあいつのガードが硬すぎてまともに話も出来ないからな、少し酔わせた」
「……少しって」
酔ってる時……っていえばあの時だ。確かに酔っていた。それに俺に何かしなかったかって不安そうに聞くぐらいだから記憶が無かったのも嘘じゃないんだろう。あの日会えない筈だったのに急に帰ってきたのも確かだ
「君と別れるぐらいなら辞めると言っていたよ。 君がそれで傷つくとも考えてもないだろうね、天使が自分の為に躊躇いもなく何かを捨てる度に君は罪悪感で傷ついてるのにね」
「そんなこと……っ」
「嘘ついてどうなる。 どれだけ嘘ついて誤魔化してもそんなもんいつか崩れるだけだよ」
「でも……それはっ、直輝と話し合えば、きっと」
「……不安定な答えだねぇ。 言っておくけど天使と話し合った所で俺は許さない。 君達が付き合うなら辞めてもらうし、それだけじゃないな。 天使は一瞬だとしても全国に名前が知られているし、辞めたとしてもファンもパパラッチも小汚い野次馬も気が済むまで追い回してある事ない事噂をしては事実にすり替える」
「……」
「事実がどうか、なんて事にあいつらは興味ないんだよ。 多勢の意見が真実へとなる。 甘い蜜があれば誘われる。 言いたい事分かるかい? 甘い蜜って言うのは人の不幸だ、人の不幸ほど人間にとっておいしいものは無いよ」
真っ直ぐ、真っ直ぐ、社長の言葉が頭に入り込んでくる。その言葉にグウの音も出ない。それに傷つくのは直輝だけじゃなくて、直輝の家族もだ
昔に比べれば同性愛に少しは理解が増えたけど、だからって世間の目は相も変わらず冷たいままだ。異質をみるように汚物扱いをする人だっているし、そんな人達の方が圧倒的に多い世間で生きるのは難しい事なんて痛いぐらい知っている
「……だったら、事務所にいれば直輝は守って貰えるんですか?」
「話が早いな。 君達が随分ところ構わず目立ってくれたお陰であちこちからネタが湧いてきてる。 このまま日本にいると潰され兼ねないから直輝を俺の事務所からニューヨークのモデルチームに入れるつもりだ」
「……」
「天使は君との将来を本気で考えているのは伝わってくるよ。 どうでもいいと思ってる癖に勉学に手を抜かないのはこうなった時に他の道を歩む為だろうしな。 けどそんな噂まみれの奴を誰が雇う? 一流企業には勿論入れないだろうし、はっきり言うなら無謀過ぎる上に馬鹿だとしか思えない」
落ち着いた声で話す社長の言葉には十分すぎるほどの理解も納得もしている。けれど、別れたくない。ただ好きだから一緒に居るって事が許されないのは俺達が男同士だから?俺が女の子だったらここまで大事にならなかったのかなんて、止まらない自己嫌悪と嫌な考えは冷たい痼を大きくしていった
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