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終わりの始まり
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雨の日に別れてから、お互いが本当にお互いの存在を消したのがわかった。今迄感じていた切りきれない何かを失ったのに気づいた。
「……泣きたいのに泣けないのか」
「泣く必要がないから泣かないだけです」
「……」
直輝が俺を瞳に映さなくなった。そんなの当然だろって話だし、あれだけ全てを拒絶したんだからそうであってもおかしくないのに理解していても自分だってきっと同じように切り捨てていても、それでも本当に自分の横からいつもいた誰かが居なくなる寂しさは想像していても痛い。
「……怜さん、俺って弱いですか?」
「は?」
「俺はそんなに男として頼りないですか」
「……」
「俺が選んだのは今じゃなくて、未来だったんです。 お互いに成長した時に、いつかってそう思ってたから、その時をただ待とうと思っていたけどそんな未来に縛り付けるなんて虫のいい話だと思って言えなかった」
何、話してんだろ俺は・・・・・・。こんなこと怜さんが聞いたって迷惑なだけだ。言わないと捨てた言葉なら、言わないと決めた思いなら、しっかりと自分の中だけに抑え込むべきなのに。結局こうやって誰かに肯定して欲しくて誰かに気持ちがあった事を知って欲しくて、本当に知っていて欲しい人には伝える勇気がなかった癖に、こんな所で関係の無い人を巻き込んでいる。
止まれと思っているのに、辞めろと思っているのに、それでも止まることなく話す俺を怜さんは咎める事なく静かに黙って聞いていてくれた。
「だから嘘をついてたのに……堪らなくなって自分に負けて、縋ってみたら自己嫌悪して、やり直すチャンスを相手がくれたのに結局駄目にした。 でも本当に今のままじゃ、今の俺じゃ駄目なんだ……一緒になんか居られない……」
「……天使直輝の事か?」
「ッ!」
「お前見てたら分かるよ。 後アイツもわかり易過ぎるな。 折角のなかなか見れないイケメンだし食ってやろうと思ったんだけどさ、お前のことしか見てなかったから冷めて辞めたよ」
「……」
「祥、弱いかって聞いたよな?」
「……はい」
「そんなの俺からしたら皆弱いの一言だ。 俺も、お前も、天使直輝も、結葵もな」
そう言って怜さんは、ポケットから取り出した煙草を口に加えて火をつける。赤く染まった先が黒く変わって、大きく息を吸い込んだ怜さんの口からは白い息が吐き出された。まるでそれが人が溜め込んだ凝りのように見えて、当たり前の様に繰り返す息をほんの少し止めてみる。
けれど、直ぐに息苦しくなって酸素を求めた体は呼吸を止めることをしない。何度でも繰り返す。生きる間、何度でも何度でも。何だかそれが人間の起こす過ちとそっくりに思えて、やっぱり吐き出した二酸化炭素には、それだけじゃなくてもっと黒い何かも混ざっているようなそんな気がして、少し怖くなった。
「でも」
煙草を吸いながら、目元を細めた怜さんが俺を見る
「皆、強い。 生きてるだけで十分に強い」
そう言ってイタズラに微笑みながら怜さんは再び煙草をふかした
「生きてたら嫌でも色んなこと経験するだろ。 途中でリタイアする奴もいるけどな、でも強いか弱いかそんなの人の物差しで図るものじゃないだろ」
「……」
「俺が祥を弱いって言ったって、それが全てじゃないし。 俺は祥の全部を知らない。 逆に強いって言った所で、同じ事だろ」
めんどくせーよな、そう零しながら怜さんが灰皿に煙草を押し付ける。それから俺の横にどさりと座り込むと、黙って俺の頭を撫でてくれた。
「そんなに好きだったんだ?」
「……っ、はい」
「……今もまだ好きなんだな」
「はい……ッ、はい……好きです」
「……」
「でも……ッ、終わらせたくなかったから嘘をつくことを選んだのに……全部話しちゃったからもう……否定しちゃったから、戻れないッ」
ああ。情けない。
怜さんの姿が揺れる。ツン、と鼻の奥が痛くなって喉が締め付けられる。話す声は震えていて、目頭は熱くて仕方が無い。
ずるいんだ俺は
直輝にずっと嘘をついたのは縛る事も出来なくて、でも終わらせる事も出来なくて。もしも、なんて未来に期待を出来るから本心を話さずに逃げてきた。けど直輝の傷ついた顔を見て三年もの間止まったままの直輝を見て、しっかりと終わらせてやらなきゃって本音を話した事で全てが終わった事に後悔してしまっている。
話さなかったらまだ未来に夢見れたのに、期待していられたのにって、直輝の事よりも俺は自分の事ばっか考えてるような本当は嫌なやつ何だ。
「でも……っ、もう……全部終わっちゃった……から、っ」
「……おいで」
「怜さ、ん……っ……自分のせいで、もう誰かが傷つくの見たくないッ、俺のこと守ろうとした人皆ッ、皆、傷ついてた」
「……ん」
「俺が知らないところで……ッ、両親も、弟も……ッ、きっとこのまま続いてたら直輝も……! そうなったら俺、っ、おれ……ッ!」
「祥、……もう我慢するな今は泣け。 本当に泣いちゃならない時に堪える為にも、泣ける時にはしっかりと泣くのも必要だろ」
「ッ、う……ぁ……っ」
「……本当に馬鹿だなお前も」
怜さんに頭を引かれた途端、何かが切れたかのように涙が後から後からこぼれ落ちる。泣くなと思っているのに、いくら堪えても止まらないまま声を押し殺して泣きあげた。
子供みたいに泣きあげる俺の事を黙って髪をなでてくれたその手が暖かくて、小さい頃両親に撫でられた時の温度をふと何故だか思い返した。怜さんの手はその時と似ているなんて、そんな事を思いながら溜め込んだ三年分の涙がこぼれ落ちた。
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