アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
始まる未来、進む道
-
***
ニューヨーク行きの便に乗ろうとしてふと思い返す場所があった。将来、そこに、祥を連れていきたいと思っていた場所。
どうせもう二度と行くことがないなら、もう二度と祥へ好きと伝える事を辞めるなら、最後にそこで全てを流してしまおうと思った。
悩みながらも飛行機から降りて、もう一度中に戻る。迷い足を止める前に、急ぎ気味に受付の人に行き先を伝えると新しいチケットを発行してもらった。ふと見上げれば時間はもう午後になっている。それでも祥からの連絡は無かった。
「……」
このまま行ったら祥はホッとするだろうか。それとも、少しは寂しいと思ってくれるだろうか。そんな事を考えながら出来上がったチケットを手にして、行き交う人から離れるように壁に寄りかかる。
ガラスの奥に見える真っ青な青空に見えた飛行機は、きっと俺が乗っている筈だったものだろう。
空に消えていく飛行機を見ていた時、二人組の女の子達が目の前で足を止めた。
「あ、あの……天使さんですか?」
「……」
真っ赤な顔をしている彼女達を見るとドキドキと高揚しているのが伝わってくる。短くそうですと答えれば、パァと花が咲くような笑顔になるのを見て心臓のあたりがズキズキと痛んだ。
「握手してください!」
「わ、わたしもっ! わたしずっとファンで、この前の雑誌もかっこよくて出版社毎のやつ全部買っちゃいました!」
「……ありがとう」
嬉しそうに笑う二人を見て、眩しいと感じる。その言葉に素直に嬉しいと感じる。
この仕事についたのは、祥が沢山笑ってくれたからだった。本来ならどうでもいい他人の為にしたわけじゃなかった。でも続けて行くうちに応援してくれる人には応えたいって、そう変化していた。
でもそこに祥の笑顔が無いことが何よりも苦しくて堪らない。
「あ、ありがとうございました! これからも応援してます! 映画楽しみにしてます!」
握手をしたあと、赤の他人である俺にそんな言葉をかけて応援してくれる彼女達に少し罪悪感を覚えた。
・・・・・・いや考えるのはよそう
一度、全てリセットして、そこからまた始める。今度はちゃんと俺の道を選ぶ。
そう決めるとまだ少し、手に残る人の温度と共に掌を握り締めた。そろそろ行こう、搭乗時刻が迫っている。
行き交う人に混じってるとほんとちっぽけだなと感じる。いつか見た秋空の下、祥と抱き合って寝た時を思い出すからいつの間にか空は見なくなった。けど久しぶりに見た空は冬の寒さを忘れさせるほどに青く濃く、それに比べて人間なんて些細な存在なのにこんなにも誰かを思って悩む事が出来る。
──『直輝が好きだよ』
──「俺は今も好きだよ」
どうでもいいと思っていた世界で、そうじゃなかったのは祥だけだった。祥と一緒に呼吸をする時間はどんな時でも幸せだった。今こうしていても祥を好きになった事だけが唯一俺の人生で良かったと思える出来事には代わりがなかった。
ここまで考えて笑えてくる。
「……情けねーなー」
枝分かれしていく道の中何を選んだらいいのか分からなくて、ふと立ち止まってみた。何かの目的のために歩き続ける人の中、急に止まる俺はいい迷惑だろう。
だけど気になったんだ。
皆、どこへ向かって、どこへ帰るんだろうか。
その戻る場所には一体、誰か大切な人がいるのだろうか。
聖夜が俺にくれたように、その人達にも居場所があるのだろうか。
ぐるりと周りを見渡した時、何か懐かしい声が聞こえてきた。何だかとても好きな何かに惹かれる声。
一体、誰の声がなんだろうともう一度周りを見渡せば再び耳へとその声が届く。
それは何度も、何度も、繰り返される名前だと気づいて。その名前が、その声が、聞き慣れたものだと気づいた時、時間が止まった。
────「直輝……ッ!」
聞き間違いかと思った。俺の夢なのかと思った。息を吸うことを忘れてしまう程見つめる先に立つその人に瞳が奪われたまま動くことが出来ない。俺の名前を呼ぶその人は幻覚なのかと疑ってしまうほどに思い焦がれていた人。
この数年間1ミリとも頭を離れることなかった大切な人が目に涙をためて、真っ赤な顔をして、今にも倒れそうな姿で、必死に俺の名前を呼んで駆け走ってくる。
「……ッ、なんで」
信じられなくて立ったまま動けなくなった俺の元に、夢かと疑ってしまう俺の元に、飛び込んできた体温が嘘じゃないと夢じゃないと示すように伝わってきた瞬間、止まっていた何かがもう一度動き出す音がした。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
316 / 507