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テキーラ・サンライズ
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◇
「瑞生! 今日の合コンよろしくな!」
キラキラした笑顔で背中をトンと押される。
随分前から今日を待ち望んでいた先輩はいつもよりも気合を入れた格好でニコニコと嬉しそうだ。俺も、振り返って適当に頷くと早くアップを終わらせる為に作業に戻った。
耀さんとナツキさんを目撃した日、黙ってその場から去ってから今日で二週間だ。
耀さんとは今はもう連絡を取っていない。
何か理由があるかもと、気にしないように見ないふりして居たけど、大晦日も結局予定があると言われて約束は流れた。
安易に嘘をついてるのはバレバレで、きっとナツキさんと会っているんだろうと思うと何だか色々馬鹿らしく思えたんだ。
だからその日以来、耀さんからの連絡は見てなかった。
色々考えるのも疲れたし、やっぱり俺には一人でフリーの方がいいやってやっと気持ちに整理がついて切り替わってきた頃だった。
「んじゃもう上がるぞ〜」
「お疲れ様でぇーす」
「また明日!」
「じゃあね」
アップ作業を終えて皆事務所から荷物を持つと鍵を締めなきゃならないオーナーの為に足早に店を出る。
俺はこの後、前に約束をした先輩の為にセッティングした合コンがあるから今日は珍しく飲みに出る予定だ。
「ん?」
「どうかしたんですか?」
ウキウキ気分で先に歩いていた先輩がピタリと歩みを止める。
後に続いてた俺も釣られて止まれば、目の前に立つその人を見て心臓の辺りがジリジリと焦げ付くように痛み出した。
「……瑞生」
「……」
何でここにいるかな……
どうしてやっと整理がついた時にこうやって現れるんだよ。
本当、ムカつく
「瑞生、話がある」
「……」
「俺の連絡無視してる理由聞かせて欲しい」
「そんな理由で店の前で待ってたの? アンタって暇なんだ」
「そんな理由じゃねぇだろ。 大切な事だ」
「大切、ね……。 そんな言葉良く言えんね? でも悪いけど俺これから用事あるから」
「少しで構わねぇから」
「無理。 じゃあね〜」
久しぶりに姿を見た。
ここ半年以上、耀さんとはほとんど同居のように家に泊まり込んでいたから、少し会わなかっただけなのにその声も微かに香る煙草の残り香も、人の良さそうなタレ目も……何もかもが懐かしいと思えて、そして全てが鬱陶しい。
「瑞生ー? 知り合いか?」
ただならぬ雰囲気の耀さんと、飄々とした態度の俺を見て先輩が少し気まずそうに一歩引いて見守っているのに気づく。
先輩にも悪いし、今更何を話すんだ。
もうどうでもいい。
耀さんへの気持ちはとっくに切り捨てた。
面倒な事が嫌いな俺が面倒な付き合いを続けようとする方がおかしいんだから、普通に戻って今は寧ろ楽じゃないか。
「待てよ瑞生」
「はっ、痛いんだけど。 離してくれない?」
「……用事、何時に終わるんだ?」
「さーどうだろ。 てかそれアンタには関係無いだろ?」
耀さんを見てるとイライラしてくる。
何自分が被害者みたいな顔してんだよ。
捨てるなら捨てるでさっさと切ればよかったくせに。だから俺から切ったのに何でそんなアンタが傷ついた顔してるわけ?
アンタの理由なんか分かりたくもないし、知りたくない。
ただ、ただ、今はこの人が目障りだとしか思えない。
「先輩、遅れたら女の子のイメージダウンですよ。 早く行きましょ」
「え、でもお前……」
「この人のことなら気にしなくていいですから。 ただの知り合いなんで」
「お前が言うなら……でも」
「先輩? 遅れたら折角のチャンス逃げますよ」
「……」
耀さんに掴まれた手首を振りほどいて先輩の背中を押す。
何か言いたげな表情をした耀さんをその場に残すと俺達は合コンへと向かった。
それから着いた飲み屋では順調にことは進んで。
肝心の先輩は女の子に囲まれて幸せそうに笑っていた。
「瑞生飲んでるか?」
「はい」
「なあ瑞生余計なお世話だけどさ、あの人何か辛そうだったぞ? 話聞いてやらなくて良かったのか?」
「大丈夫ですよ」
「……お前も何か辛そうだぞ。 俺から頼んでおいて何だけど明日も学校の後バイトだろ? しかもそろそろ国家試験もあるし、もういいから帰ろ? な?」
「本当大丈夫ですよー。 いつも思ってたんですけど、先輩って優しいですよね」
合コンも中盤に差し掛かった頃先輩が隣にやってきた。
気遣い何だろうけど本音いえば有り難迷惑だ。
それに先輩も楽しんでいたし、やっぱり見た目としては女の子にとってもアクセサリー感覚として悪くない美容師は本命になり得なくとも人気がある。
お陰で気に入った女の子と先輩も無事に連絡取れていたし、やっとこれから盛り上がるって時にあの人を理由に帰るのなんて癪だ。
でも実際、先輩に言われた通りさっきからあの人の顔がチラついてむしゃくしゃする。
飲むスピードも早くて、最近は全くだった手癖の悪さが静かに顔を出していた。
勢いで酒を胃に流し込むのを続けて居るとこの苛立ちの発散方法は昔の悪い癖に走り出す。
「お、おお……瑞生に褒められると嬉しいな」
「ふっ、なんで? 先輩照れた顔可愛いですね」
「ーーッ?!」
クズだなんて分かってる。
そんなの今に始まった事じゃない。
ーー誰でもいい。
もう、誰でもいいから、このまま底を付かずに乾いていく焦燥感を止めて欲しい。
先輩はタイプでも何でも無い。
ただ単に隣に居たから。それにきっと気持ちいい事に弱そうだし流されやすいから。
そんな理由でターゲットにしただけ。
先輩の赤くなった顔を確かめるとグラスを握っている男らしい手に俺の指を絡めた。
「っ、み、ずき……、お前、酔い過ぎ」
「んー、かもしれないですね……何か熱い。 先輩、俺酔ったかもしれないから肩貸してもらってもいいですか?」
「へッ?! あ、ああ! かっ肩な……おう、いいぞ」
俺よりもガタイのいい先輩の肩にもたれかかって目を閉じる。
傍から見れば仲のいい先輩後輩がお酒を飲んでじゃれ合ってる様に見えるのか、目の前に座る女のコたちは赤い頬をもっと赤らめてキャーキャー言いながら写真を撮っていた。
そんな喧騒の中で久しぶりの男の体に、思い返すのは耀さんの姿。
暗い部屋に差し込んだかすかな月夜の光に照らされた体は、服の上からじゃ分からないほど均等の取れた筋肉が付いていて引き締まっている。
それから……綺麗な背中を雷鳴がかけ走る様に掘られた黒い刺青は、驚くほどあの人に似合っていて、俺はいつもあの人の肩甲骨にキスをするのが好きだった。
「……ッ」
「み、瑞生? 気持ち悪いのか?」
「……はぁー。 先輩、外行きたい」
「外?! い、行くか……? 俺も少し酔ったみたいだし、構わねぇよ?」
「……ありがとう」
一つ一つの行動をとる度に耀さんとの事を思い返す。
俺が酔ってわざと両手を広げれば耀さんはいつも子供へするかの様に俺を抱き上げてくれた。
そんなベタな甘え方に耀さんが弱いのを知っていて、わざと俺が甘えれば、わざとだって事も分かった上でその何倍も甘やかしてくれていた。
今だってきっと隣にいたなら頬にキスして「可愛いねぇ瑞生ちゃんは」なんてむかつく言葉と一緒に抱きしめて立たせてくれたんだろう。
そんなこびりついている耀さんが消えなくて、胸の奥の痛みは強くなって行く一方だ。
「先輩……」
「瑞生? 水、買ってくるか?」
「……。 鞄持ってきたんですね」
「お前そのまま帰るかなって……」
「……それだけ、ですか?」
「ッ」
「本当に、それだけの理由で?」
「う、おい……瑞生ッ」
手に持たれた二つの鞄を見て思った以上の成果だったと自賛する。
酒が入ってるからいつもよりも理性が緩んでるのかな。
ほんのりと目元の赤くなった先輩に体を擦り寄りくっつける。
俺よりも少しだけ背が高いんだなぁとか、この人はタバコの臭いじゃなくて香水なんだなぁとか……耀さんはいつも柔軟剤のいい匂いだった、なんてまた、思い返すのはあの人。
「み、瑞生」
「……ねぇ先輩」
「な、なんだ?」
「先輩、キス好きですか?」
「へ?!」
「キスって気持ちいいですよねぇ。 頭ぼーっとして、暖かくて、ゾクゾクして……お酒飲んでるせいかな、俺、キスしたい……」
「ッ、ちょ! ちゃっとたんま!」
「……ダメですか」
「いや、そうじゃなくて……」
「せんぱい」
「だーっ、もう! 糞!」
ガシガシと頭を掻いた先輩に肩を思い切り掴まれて壁に押し付けられる。
勢いに任せて重なった先輩とのキスは、何も感じるものが無くて、満たされるものは何も無かった。
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