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テキーラ・サンライズ
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◇
「耀お帰り」
「……」
車を駐車場に止めて、先に部屋へと向かわせた瑞生の後を追い家に帰ればそこにはケロッと笑って出迎える夏紀が居た。
それといつも貼り付けた様な笑顔を崩さない筈の瑞生が無表情で座っていて驚く。
あの瑞生が笑っていないことが奇妙で仕方なかった。
「……夏紀帰ったんじゃなかったのか?」
「ああ、まあ……だって俺のせいなんだろ?」
「何のことだよ」
「耀の嘘とかもうバレバレ。 俺のせいだって知ってて帰るとか無理だしね、瑞生君にも挨拶したかったし……。 ま、もう耀も帰ってきた事だし俺は帰りますよ」
いつもの調子でふにゃふにゃ笑う夏紀に少し胸の奥が痛む。
本当なら今コイツを一人にしたくは無い。
幼ねぇ時から知ってるからこそ、今傍から離れる事がどうも億劫で恐怖さえ感じるのにそれをする事は許されない。
もう夏紀を守るのは辞めると決めた。
俺がこれから守ってやると決めたのは、選んだのは、夏紀じゃなくてーー
「瑞生」
「……なに」
「少し待ってろ」
「分かった」
急に呼ばれた事に驚いた表情を浮かべる。
しかしそれも直ぐにいつもと変わらない心の内が読めない顔へと戻った。
「それよりもさ瑞生君」
「はい?」
「一ついい事教えてあげる」
「なんですか」
「耀さ、君を探すために耀の下僕達使って必死にーー」
「おい夏紀」
「い、痛い、痛いよ耀」
「うるせぇこっち来い」
「はいはい。 まあ要するに耀って見た目以上に独占欲やばいそうだから、食われない様に気をつけるんだよ」
「……はい」
「余計な事言うんじゃねぇよ」
「余計じゃなくて大事なことだろ」
どこが大事なんだ。
そんなみっともねぇところ教える必要があるのか。
いつまでも瑞生から離れようとしない夏紀の耳を引っ掴んで玄関へ連れ出すと、さっきまで太陽の様に笑っていた笑顔から光が消える。
「……平気か?」
「うん、大丈夫。 どっちにしろもう仕事で戻らなきゃなんだ」
「……そうか」
「耀こそー、ちゃんと瑞生君捕まえなよ? 俺みたいに奥さん逃して独り身とかほんっと寂しいからね? しかも悠叶にまで嫌われちゃってるし」
「ハルとは話せてねーのか」
「まだ許して貰えてないから」
「……」
顔にかかったサラサラで金糸の様な髪を耳にかけながら微笑む夏紀はやっぱり独りにするには余りにも頼りがなくて、不安に駆られる。
生まれつきの金色の髪も、潤むたれ目も、ハルにソックリだ。
ハルはしっかりとコイツの血を受け継いでるからなのか性格までそっくりで頑固者だ。
「それより悠叶の面倒見てくれてありがとう」
「んなの今更だろ? お前は仕事で家空けてんだから」
「……だから。 大切な時に家に居なかったから、お陰で嫌われちゃってんだけどね。 へへっ」
「そのうち溝は埋まる」
「本当にそう思う?」
「ああ。 俺達の方が手の付けられねぇ親不孝もんだったろ?」
「アハハっ、確かに」
「でも今は夏紀には立派な子供がいるんだ。 子供が親に反抗をするのは自分の意見が生まれる程大人になった証拠だと思ってめげずに傍に居てやれ」
「……うん」
「……何かあったら連絡しろ」
「分かった。 ありがとう耀」
その言葉は一体何度聞いただろうか。
それでも夏紀から俺の元へ逃げてきたのは一度も無かった。瑞生に見られたあの日迄。何十年と一緒に過ごしてきた中で初めて逃げ込んできたのはあの日が初めてだったんだ。
「身体壊すんじゃねぇぞ」
「はーい」
ほんのり鼻の頭を赤くした夏紀の頭を癖で撫でてしまう。
その事に気づいてハッ、と手を引っ込めれば、何かを悟ったのか夏紀が一段と無理した笑顔を浮かべた。
「頑張れよ」
寒い冬の夜、一人で夜道を歩き出す華奢な背中に語りかける。
返事は勿論無い。
返事が来たところで、俺がしてやれることは限られているのだから聞こえ無くて良かったのかもしれないと心の何処かで思った。
見えなくなるまで見送って、玄関の鍵を閉めるとリビングへと戻る。
ソファに座った瑞生は珍しく煙草を咥えていて、他所の心配をするよりも先ずは自分のことをしっかりとやらなきゃならねぇと苦笑が溢れた。
「瑞生ー、悪いな待たせた」
「……夏紀さんは?」
「帰ったよ。 仕事に戻るんだとさ」
「そう」
「……何か飲むか?」
「要らない」
「分かった」
なんつー気まずいこと。
今までも瑞生と気まずい時は何度かあったが比べ物にならない程の空気の重さだ。
いつもなら瑞生は楽しくもないのに貼り付けた笑顔を見せていた。
怒っている時も、不満がある時も、悲しい時も、どんな時でも嬉しくも楽しくも無いのに癖の様にニセモンの笑顔を貼り付けていたのが今は驚くほどに無表情だ。
……それだけ俺は瑞生を怒らせたのか。傷つけたのか。
車の中で聞いた「終わらせる」が一体何を指して居るのか。
俺はどうしたいのか、言葉にしなかった二人の無言は瑞生の吐き出す白い煙の様に部屋ヘと充満した。
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