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テキーラ・サンライズ
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「耀さん座れば?」
「おー」
「……別に俺の横に座りたくないならいいけどさ」
「んな事一言も言ってねーだろうが」
一言多くトゲのある言い方をする瑞生に参ったなぁと思いながらも腰掛ける。
いつもはピタリとくっつく体が今日は遠い。
「明日学校は?」
「……」
「……眠かったら寝ろよ」
「怒んないんだね」
「何にだ?」
「俺がさっきしてた事。 いつもなら小さい事でも妬いてる癖に、こういう時って耀さん全然怒らないし気にしてないよね。 普段のアレも演技かなにか? 俺に妬いてますってフリしてただけだった?」
「……」
「そもそも俺の事いつも近づけないよね。 いつも肝心な時目を逸らすし上手くかわす。 俺が気づいてないって思ってた?」
「瑞生、落ち着け」
「……落ち着いてるよ。 結局こうやって堂々巡りなんだろ、だったら話すことないよ」
「……」
落ち着けと言ったのは一体誰に向けてなのか。自分の言葉に疑問さえ抱く。
目の奥を見透かす様に覗いてきた瑞生は今になって何時ものように笑みを貼り付けると、ソファから腰を上げて目の前を通り過ぎていく。
このまま行かせるべきなのかもしれない、そんな考えが脳裏に過ぎった。
けれど、頭とは違って体は正直だ。
通り過ぎていこうとした瑞生の手首を掴んだ手は解く事なんて選択肢に無かったとでも言うかのように強く握っていた。
「離して」
「……」
「離せってば」
「……嫌だ」
「離せってば!」
「離さねぇ……ッ」
「〜〜ッ、耀さんなんか、耀さんの事なんか好きになるんじゃなかった……っ」
「ーーッ?!」
息をのむ……
振り向いた瑞生の目には涙が滲んでいた。
ぽろぽろと猫目に浮かぶ雫が頬を伝い落ちていく。
荒らげた悲痛の声に突き動かされた体は、瑞生の腕を思い切り引っ張って震えている肩を強く抱きしめていた。
「なし、て……離してッ」
「……悪かった」
「そんなのもう要らない……ッ、もう全部要らないから、忘れるから、耀さんの傍に居たくない……っ」
「瑞生、悪い……許してくれ」
「〜〜ッ」
情けない。
率直な感想はただただこれだけ。
腕の中で暴れる瑞生を離してやれない俺は情けない大人だ。
子供みてぇな大人だ。
大人になれない大人だ。
そんな俺は情けない男だ。
「ッ、グズ……なんで……」
「……」
「なんで今更……ッ、どうしてそうやっていっつも……」
「……瑞生」
「何であの日俺を追いかけてこなかったんだよッ」
「瑞生、……ごめん」
瑞生の言葉に心臓が鷲掴みにされる。
その通りだった。あの日、瑞生があそこに立っていた事に気づいていた。
気づいていて、瑞生の表情がみるみるうちに無表情へと変わり果てて行くのを見ていながらも、俺は腕の中に居た夏紀を突き放せなかったんだ。
瑞生を選ぶ事が出来なかったんだ。
「夏紀さんは……、ただの幼馴染みなんかじゃないんだろ……」
「……」
「もう嘘なんか要らない」
「……悪い」
「耀さんも、あの女と一緒だよ……。 信じたのに……ッ、あんただから俺は信じたのにッ!」
「ッ」
「結局裏切るって分かってたんだから、信じた俺が馬鹿だった……。 人なんて信じたのが馬鹿だった」
「違う……それは違う。 信じたお前は何も馬鹿じゃねぇよ。 お前を裏切った俺が馬鹿なんだ……。 だから、お前は、何も……」
「要らないよ、そんな綺麗事」
「……」
「俺が欲しかったのは、そんな安っぽい慰めの言葉じゃないんだよ耀さん」
「瑞生」
「俺が欲しかったのは耀さんが言ってくれない様な言葉……『ずっと』って、ただそれだけだよ」
ぽたぽたと頬に雫が落ちてくる。
力任せに俺を付き倒して押し乗った瑞生が俺の上で静かに泣いていた。
今すぐにでも俺に殴りかかろうとしていた拳は力無くそのまま胸の上に振り落とされる。
分かっていて分からない振りをしてきた瑞生が心臓を抑えてボロボロと泣いていた。
痛いと嘆く様に、子供のように泣いていた。
「……なんで、言ってくれないの。 いつも俺に耀さんは逃げ道を与えてばっかで俺のこと本当に好きか分からない……。 分からないからいつも疑って、そんな自分が俺は……ッ大嫌いで……」
「……」
「嘘でも良かったんだ。 それだって結局、叶わなくてもその時だけでも、約束した時本気だったらまだ救われた……でも耀さんは違うッ。 きっと俺が欲しい言葉は、耀さんが嫌いな言葉だ……。 俺が求めてるものは耀さんが怖いものだろ……?」
「……。なあ瑞生……、ずっと一緒になんて言葉はもう言えねぇよ」
「ーーっ」
「……瑞生がほしがっても言えねぇ。 俺は言ってやれねぇんだよ」
腹の中で押しつぶしていた言葉を初めて口にした。残酷だなんて分かっている。
今言えば尚更瑞生を傷つけるのも分かっている。けれど本当の言葉を求めてる瑞生に返すなら、俺も言わなきゃならないと思った。
何度も想像してきた。瑞生がショックを受けて顔を歪めていく姿を。
そして幾度も頭の中で浮かんだ悲しい表情のとおりに瑞生は顔を歪めていく。
悲痛なその姿にやっぱり、言ったことは間違いだったのではないかと後悔した。
「な、んで……」
「お前がそれを求めて来る度に若いと思ってきた」
「関係ないじゃん……年なんか、関係ないだろ」
「……あるんだよ瑞生。 お前が俺と同じ歳になった時に分かる。 何回も別れを繰り返してくればなおのこと。 本気で誰かとぶつかったなら尚更、その言葉はどれだけ重いか分かる。 嘘をつきたくねぇから、言えねぇ言葉があんだよ」
「……っ、ふ……う、ぅ」
「大人に見えてもまだ、青いな瑞生は。 俺にはもう言えない様な言葉をお前は言える。 俺が言ってやれないような言葉を誰かに言ってやれる……。 いつかお前が本当に誰かと出会った時間までの暇つぶしで構わなかった」
「……だからっ」
「でも」
瑞生の言葉を遮って次に零す言葉は、本当に情けない男の言葉だ。
それを分かっていて口にする俺は瑞生の言う通り狡くて最低なやつなんだろう。
「でも、そう分かってても、俺は……瑞生が欲しかった」
「ーーッ」
「傍に置いておくべきじゃねぇのも……お前がどうしようもなく寂しがり屋なのも、とんでもねぇ我が儘でまだまだ餓鬼な事も分かってた。 だからなおのことお前と居るべきじゃねーのも分かってた」
「か、がりさ……」
「分かってて、それでも手を出した俺の事……。 許してくれ……ッ」
自分で言った言葉にとんでもない男だと、そう思った。
狡くて卑怯でやらしい……
泣いているやつに逃げ道をやらずに返事を求める。
あれだけいつも、逃げ道を残して瑞生を愛してきた男は、こんな時だけ好きな奴に逃げ道を与えなかった。
そんな情けなくて格好のつかないやつが黒江耀だ。
それが、俺なんだとどうしようもなく苦しくなった。
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