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テキーラ・サンライズ
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*
真っ暗な部屋の中、小学生らしき男の子が体を大きく震わせて小さな声で話す。
いつも綺麗だったと何故か分かる瞳はポッカリと空洞の様に黒色に包まれていてきっと泣きたい筈なのに泣き方さえも忘れたその小学生の餓鬼は震える口端を必死に吊り上げ笑顔を作ろうとしていた。
『俺は要らない子らしい。 俺は誰も、俺のこと誰も……ッ』
『……誰に言われた?』
『……皆、そう思ってる……要らないなら生まなかったら、良かったのにね……ッ』
金色の髪をした震える餓鬼を抱きしめている黒髪の青年は血が滲むほど唇を噛み締めていた。
身体中に残る傷は誰につけられた?
顔に浮かび上がる赤黒い跡は誰につけられた?
泣く事も忘れて笑う事しか出来なくなった心の傷は……一体誰につけられた?
『だったら……。 だったら俺がお前を守ってやる。 俺がお前の生きる理由になってやる……だからもう泣くな。 そうやって要らねぇ人間だなんて思って生きるんじゃねーよ』
腕の中で震える餓鬼の悲しみを少しでもいいからと奪いさってやりたくて、必死になって伝えた恥ずかしいほどの本気の言葉。
そんな青年の言葉を聞いた餓鬼は、信じられないと大きく目を見開いた後ぐしゃぐしゃに顔を歪めて大粒の涙を流していた。
────懐かしい夢だな。
目の前に広がる懐かしい記憶に夢だと気づく。
初めて人が泣く姿を見て綺麗だと思った。
不倫の末に生まれた夏紀はずっと汚いと言われて育っていた。珍しい金色の髪は下品だと阿婆擦れの女にそっくりだと言われて育ってきた。学校には友達が一人も居なかった。先生は髪の色を見れば黒にしろとわざと嫌味をふっかけていた。夏紀の居場所は、どこにも無かったんだ。
娼婦の母親と客の男、その間に生まれた夏紀への世間からの目は酷く冷たいものだった。
それでも夏紀はいつも笑って小さな事だなんだってどんな事も笑い飛ばす様なそんな強いヤツ。
太陽みたいなヤツが初めて泣き崩れた時、俺が夏紀を特別な感情で見ている事に気付いた。
まだまだ餓鬼な中学生の言葉。
俺が守るだなんて、俺が生きる理由になるだなんて、本当に若いからこそ言葉の怖さを知らなかった馬鹿な餓鬼の戯言。
だけどその言葉はこの年になるまでずっと鎖の様に巻きついている。
夏紀の傍に居ることと誰とも付き合わないことは違う事だとは頭で分かっていても、俺の中での夏紀の位置を変えることは何故だか出来なかった。
誰よりも優先して守るべき奴。
夏紀は他の誰よりも大切で傷つけちゃならないやつ。
長く続けた片思いは時間が経つにつれて歪んだものに変わって行ったがそれでも、夏紀を好きでいる事に疑問は抱かなかった。
『ねぇ耀』
『んー?』
『……あのさ、噂でね、聞いたんだ』
『何が』
いつもと同じ、派手に喧嘩をした後、誰も来ねぇ様な河川敷の下で芝生の上に寝転びながら煙草を吸っていた時、頬を赤く染めた夏紀が何やらモジモジとしながら口を開いた。
『耀が……男の人とも、シてるって』
『あ? シてるって喧嘩か?』
『ち、違うよ!』
んな事分かってる。
喧嘩じゃなくセックスの事を言っている事も。それから夏紀が何を考えているのかも。その顔を見りゃあ一発で分かった。
『喧嘩じゃなくて、え、エッチな事だよっ』
『エッチな事ね〜』
『……それ本当なの?』
『さあ』
『……本当なんだ』
『だからどうしたよ。 夏紀には女が居んだろ? お前には手ださねぇよ』
『ッ、……いいのに』
『……』
『他の人にしないで、俺に、してくれればよかったのに』
『何腐ったこと言ってんだ。 ケツに突っ込まれて女みてぇになりてーの? 俺に抱かれて女になりてーのか?』
『……そうじゃないけど』
『心配しなくても何処にも行かねぇよ』
『え……』
『俺は誰のモノにもならねぇ』
『それって』
『約束しただろ。 俺は夏紀の傍に居る』
『……でも耀が……耀には誰が』
『俺には夏紀が居る。 お前が誰と付き合おうがお前の隣は俺のモノだろ。 それで十分だ』
『……』
『俺は夏紀のモノだからな。 他のヤツには取られねぇよ。 心配すんな』
そう言って夏紀の手を振り払った。
夏紀が求めてるのはそんな安心じゃないなんてこと分かっていて。
夏紀も俺へと愛情を向けていることを分かっていて、俺はその手を握らなかった。
例えばあの日、赤く頬を染めて上目がちに見上げてきた夏紀を押し倒してその体を開いたら何かが変わってたんだろうか。
依存を愛情とすり替えた俺達が真似事でセックスをして本当にその先があったんだろうか。
夏紀のモノだと言っておいて、夏紀の隣は俺のモノだと言っておいて、そんな事は有り得ないといつか終わりが来る事を分かっていてもそう言った俺は中学の頃とは違う嘘をつけるやつになっていたんだな。
ただ一心に純粋に涙を止めたくて言った馬鹿で哀れな餓鬼の俺は、その時だけの嘘の言葉を吐ける様な汚れたやつに。純真さなんてものはどこかへと消えていった。
それでも俺達はこの年になるまで、世界に二人ぼっちのように生きてきた。
二人だけの様に、生きてきた。
それももう終わる。
今日で終わるんだ。
夏紀には眩しい未来が待ってる。
*
「……」
ゆっくりと目を開けば見慣れた天井が見える。
なんつー懐かしい夢を見たんだ……
それもこれも全部今日が結婚式だからなのか。
一週間前、店で会った日以来夏紀とは会えていなかった。
お互い忙しい事も事実だったが会えばお互いの決意が揺らぐ様な不安を感じていたから。
今頃式では誓のキスでもしてる頃だろうか。
仲間に祝われて幸せの中、夏紀は優しくキスをして幸せそうな笑顔で笑った後百合の腹を撫でるんだろう。
百合の腹の中に居る、新しい命を愛でるように。
「……あー」
ベッドから下りられねぇ。
モヤモヤして、このままでいいのかって自問自答を繰り返す。
それに加えて今さっき見た懐かしい夢。
ぽっかりと広がる胸の中にヒヤリと冷たい塊が落ちてきたようだった。
その胸の痼を感じたまま俺はもう一度目を閉じた。
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