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テキーラ・サンライズ
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か細い声が聞こえて、夏紀の肩越しにそちらを見れば立っていたのはよく知っている瑞生の姿。
咄嗟に夏紀から離れようとした時、体は全く動かなかった。
「……俺一人のがいいのかなッ」
「ーーッ」
腕の力が緩んだ時に聞こえた独り言の様な夏紀の言葉に何十年もの間、夏紀だけを好きで守ろうとしてきた癖は考えるよりも早く体を動かし夏紀の事を受け入れていた。
なんつー事をしたんだ……
そう後悔が襲ってきたのは直ぐだった。
混乱と動揺が落ち着いて、やけに頭の中が冷静になった中で少しばかり脳裏にチラついたのは、このまま離れるべきかもしれないと言う追い払った筈の考え。
覚悟を決めようとした時に起きたこの出来事に手を出すなと言われているようで動こうとする意志迄もが消されて行く。
気づけば瑞生はもうそこに居なくて、今追いかければ間に合うだろうか。
いやもう手遅れか……瑞生は泣いてないか……。
そんな情けない事を考えるだけで、一瞬でも夏紀に揺らいだ自分の気持ちに言い訳さえするのが嫌になった。
俺こそ独りで居る方が合っているのかもしれない。
昔のように夏紀のただ隣に立って、一番好きな奴の一番にはなれないことを知っていて馬鹿みてぇに傍に居る。
未来なんかねー事を知って、諦めて、手放したもしも何て違う未来に夢見て、そんな似合わない感傷に浸った自分を嘲笑ってのらりくらり誰にも関わらず生きていく事の方が俺らしいのかもしれない。
誰とも交じわない方が俺もアイツも幸せになれるかもしれない。
俺がここで消えれば瑞生は誰かと"普通の幸せ"を見れるんだろう。
「……ッ」
「耀?」
そう考えたらとんでもなく心臓が締め付けられた。
何でこの歳になってこんなにも誰かを欲しいと思ってしまったのか。
どうして今更こんなにも誰かを好きになったのか。
夏紀の事も勿論好きだった。
夏紀の生きる理由になると言ったのは本心だった。
ただ純粋に夏紀に惚れて、だけど夏紀からの見返りを求めた事はなくて。
夏紀からの視線を感じてもあれだけ遠避けた癖に瑞生が他の誰かと幸せになると思うと、とんでもなく痛くて、情けない程泣きたくなった。
もう、俺が一番に守ってやりたいのは夏紀じゃなくて瑞生なんだ
その気持ちに気づいた時にはもう遅くて。
痛いほど思い知らされた時にはもう手遅れで。
きっと瑞生は俺の元には帰って来ない。
裏切られることを何よりも怖がった瑞生が一番嫌うことをした俺は、許されない。
「夏紀……」
「なに?」
「大切な奴が出来た」
「ーーッ」
夏紀にそう告げたのは、あの事が起きて数日後だった
瑞生の元へ行くとしても先に夏紀と終わらせなきゃならない
じゃないと何度でもまたこうやって夏紀の元へ来てしまうから
「約束覚えてるか」
「当たり前だよ……覚えてるよ」
「夏紀があの日結婚式で言った言葉ーー」
『あのね、耀も大切な人を見つけてね。 ちゃんと、誰かと一緒に生きてね。 その人と生きたいって人が居た時に……俺の時みたいに逃げたらぶん殴るからな! 幸せにならなきゃ怒るからな!』
脳裏に蘇る結婚式の日、夏紀に言われた言葉と約束。
俺達のこの距離が本当にもう終わりだと感じた言葉。
そんな日は来るんだろうかなんて心のどこかで馬鹿にしていたのに、幾ら否定しても、大人であろうとしても、プライドでかっこいい男で在りたいと思っても、瑞生を好きだと言う気持ちは消しても消しても消しても消えてはくれなかった。
「幸せにしてやりてぇヤツがいる」
「ッ、うん」
「だからもう……夏紀の一番では居られねぇ……ッ」
「……っ、う、ん」
「"ずっと一緒"て約束守ってやれなくて悪い……っ。 約束も守れねぇような奴で……悪い」
微かに震える手の上に白くて小さな掌が重なる。
静かに笑いかける夏紀に心が締め付けられて、少しも汚れていない夏紀の笑顔が苦しくて。
最低だと嘘つきだと責めて貰えたなら一体どれだけ楽なんだろうか。
けれど夏紀は人を責めたりなんかしない。
今だってきっと「俺のせいで耀が苦しんだ」とか考えて泣きたいのに抑え込んで笑ってるんだ。
そんな馬鹿なほどお人好しで、こっちが泣きたくなるほど優しいやつなんだ。
だから本当に大好きだった。
本当に大好きで、愛しくて、愛してた。
でももうその気持ちは今の俺のモノじゃない
今の俺が大切にしたくて愛したいのは
今の俺が一番に守って幸せにしてやりたいのは
瑞生だけなんだ
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