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懐かしき想い人
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夜遅くにある送別会の前に、直輝とデートをする約束をしていた俺は駅前に来ていた。
待ち合わせた時間よりもうんと早く場所に着いた俺は、駅に隣接されたショッピングモールをブラブラと散歩していた。
流行りの服やアクセサリーを見たり、直輝に似合いそうなジャケット見つけたり中々楽しく時間を潰していたらあっという間に時間も過ぎるもので。見て回った中でも特に気に入ったアクセサリーを最後にやっぱり買うとお店を後にした。
駅から出て待ち合わせの時計台の下に向かおうとした時グンッと後ろに引かれつんのめる。
驚き振り返るとそこには見知らぬ三人組の女の子が立っていて、その中の一人が俺のコートの裾を握って笑顔で立っていた。
「おにぃさーん」
「あっ、こらカナ! 手離しなさい。 すみません……」
「やだぁ〜お兄さんと遊ぶぅ! ねぇ、お兄さん暇?」
「……え、っと」
急に何なんだろう、と不思議な顔をしていたからか問うよりも先にコートを握っている彼女がそう聞いてくる。どうやら三人とも少し酔っているみたいで、確かに夜の22時も過ぎていれば酔っ払いもいるよなぁと納得はするものの困った。
男に声をかけられるのには慣れたもんだけど、女の子に声をかけられる事は滅多に無い。自分で言うのも悲しいけど、女性から誘われたりだなんて人生の中で全くと言っていいほどに無かったから、上手いかわし方も分からずわたわたとしていた。
「えっと、あの、ごめんね? 俺今から人と約束が──」
「じゃ、その人も一緒にぃ〜、えへへ、おにぃーさん超タイプ〜。 彼女いるんですかぁ?」
「いや彼女っていうか……」
うぅっ、どうしよう……
俺がハッキリ強く言えない事に気づいたのか、さっきまでは止めてくれていた彼女達も今ではすっかりコートを握る女の子と同じ表情で見上げてくる。
長い睫毛に、ほんのり染まる頬。ウルウルした瞳はとても可愛い。
男なら真っ先に落ちそうだけど、直輝の事を考えればそんな誘惑も全く響かないわけで。それ以前に恋人が居るのに誰かとだなんて気は少しも無い俺はジリジリ詰め寄ってくる香水の匂いに少しだけ酔い始めていた。
「俺付き合ってる人が居るからそういうのはちょっと、」
「え〜つまんなぁい! 別に浮気じゃないじゃぁ〜ん」
「あ、あのっ、この子もこう言って聞かないので1時間だけとかでも……どうですか?」
「う、えーっと……それがすぐに恋人が来るから、ごめんね」
「あーっ、嘘ついたぁ! 目がキョロキョロしてるもん!」
「……」
嘘は言ってないんだけどなぁ。
でも動揺したのは事実だった。
恋人が来るからって言って、もしもこの場面で直輝が来たら色々まずい気がする。どう考えても直輝は女の子だからと理由で優しくする筈もないし、恋人と公言してしまった手前で芸能人であるモデルの直輝なんかが登場したら何を言われるか。
今のご時世、簡単に好き勝手何でも呟けてしまうSNSなんてものもある訳だから直輝を理由にした事が心の奥でひっかかる。この状況を見られるのもまずいし、遭遇するのもまずい。
はぁ困った。
でも普通は恋人がいるって聞いたら身を引くものじゃないのかな……?
世間が見てる"恋人"というものがいったいどんな物なのか不思議だ。そんなアクセサリー感覚でなるものじゃないのに。なんて呑気な事を考えて居ると直輝の顔が浮かんで胸がポカポカする。
早く会いたいなぁ。待ってる時間も苦じゃない程直輝が好きなんだな、なんて。惚気た事を考えるとも口許が緩んでしまう。
直輝を好きなことが嬉しくて、直輝に早く会いたくなってきた。もしかしたら時計台にもう来ているかもしれない。
緩んだ口元をきゅっと締めて、大きく深呼吸をすると笑顔で彼女達を見た。
しっかりと断って、早く直輝の元へ行こう。
「俺その人のことすっごく好きなんだ。 だから悪いんですけど、遊ぶのは出来ません……ごめんなさい」
ハッキリと、真っ直ぐ彼女達に伝えた本心。きっと見知らぬ誰かへ自分の思いを口にする日は来ないだろう。隠すべき恋愛をしているからこそこんな事を言う日は無い。だからほんの少しだけ胸がふわっとした。ハッキリと伝えた事にも何だか変な達成感迄生まれてホッとした。
のに、酔っ払いというものは話が通じない生き物だったそうで……
「カナ今のでもっと惚れたぁ! お兄さん超〜好きぃ〜! ねぇ、彼女さんって可愛い? それともカナの方が可愛いー?」
「え、え?! あの俺の話……っ」
「も〜顔赤くしてお兄さん可愛いねー! さぁさぁ、早く行こー!」
あれ?!俺しっかり伝えたよね?
グイグイ引っ張られる腕に思わずギョッとする。忘れていたけど、直輝以外に触れられるのはあまり好きじゃない。人と関わるのは好きでも距離を詰めるのは心身共にあまり得意では無かった。
だからか驚いて身を固める俺を緊張したと勘違いした彼女達はクスクスからかい笑っては可愛い、可愛いと言っていたけど、凄い迷惑だ。久しぶりに誰かに対して不快感が募る。
もうこうなったら強行突破だ!
言って駄目ならば逃げるしかない!
少し乱暴だけど腕を振りほどいて逃げよう。彼女達は高いヒールだし運動神経にはそこそこ自信もあるし。うん、そうしよう。
閃いた考えに納得して、いざ実行しようとした時、再び俺の体は後ろへと引っ張られた。
でも今度は服でも腕でも無く、髪の毛を鷲掴みで。
お陰で走り抜けた痛みに顔を顰めて振り返ればそこにはどこか見慣れた幼さを残す、懐かしい顔を見つけた。
「……──涼夏(スズカ)?!」
「やっほ〜、ダーリン待たせてごめんねー?」
顔の横で手をひらひらと振り、「ダーリン」だなんて笑ってしまう様な言葉を言った彼女は懐かしい人懐っこい笑顔を浮かべていた。
だけど、直ぐに威圧的な声を出すとその笑顔には真っ黒いオーラが放たれる。
「ところでその雌共はなんぞ?」
「雌共って……口悪いよ涼夏」
「祥はうるさい。 それより、あんた達。 私の彼氏に何か用? 話あんなら聞くけど、勿論私の前でだけどね」
有無を言わせない威圧感はさっきまで陽気に笑っていた彼女達にも効果抜群だった。嫌そうな顔を浮かべていたものの、渋々何処かへ消えていく。
その姿を見つめ、再び涼夏へと視線を戻した時その表情に思わず固まった。
「何をナンパされてんじゃこのアホ」
「……ごめんね」
ああ、凄く怖い。
懐かしいのは笑顔だけでは無かった。昔と変わらず、怒り方も凄まじい。
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