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傷だらけのラブソング
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人違いだと伝えた方がいいのか、それともこのまま好きにさせるべきなのか。悩み踏みとどまってしまったのは、僕にもこれだけは分かるからだ。
現実で会えない人に会えた夢の中は言い表せない程に濃く心に染み込む。これが夢だと気づいていても、起きた時に現実じゃなかったとしても、会いたいと願っても会う事が出来なくなった人が現れる夢はとても貴重な時間だ。
だから僕は、初めて彼を欺く事に罪悪感を抱かなかった。
「しょ、うさ……。 しょう……着替えたら、横になって寝て」
「……なおは」
「え?」
「なおきも一緒に寝ないの?」
繋がれた手をすり抜けて細い両の腕が僕の首に回される。強く香る祥さんの匂いに心は本当に知ることのない彼とリンクしている気分だ。
なおさんの名前は「なおき」と言うのか。じゃあ「なお」と言うのは祥さんがその人を呼ぶ時の愛称なんだろうか?そんなどうでもいい事が何故か頭の中をぐるぐると巡る。
「ぼく、……俺は、シャワーを浴びてから寝る」
「……怒ってる?」
「ちが──」
違う、そうじゃなくてと続ける筈の言葉が喉につまる。
悲しそうに伏せられた睫毛が影を落とした表情に不謹慎にも胸を高鳴らせてしまったからだ。
「怒って、ない……ただ汗をかいたから。
お風呂から上がったら俺も寝るよ、安心して先に寝て下さい」
慣れない砕けた話し方に思わず最後だけ敬語になってしまった。不審に思われたかと伺えば祥さんは変わらず不安そうな瞳を向けるだけで僕の言葉遣いにまで意識は向いて居ないみたいでホッとする。
「嘘だ。 怒ってるよ直輝」
「どうして? なんで、そう思うの」
「……嘘ついたから。 沢山つくべきじゃない嘘をついて、騙して勝手に逃げたこと気づいてるんだろ?」
一体、どんな終を迎えたんだ?
知りたい。聞き出したい。一体何が祥さんを傷つけて居るのか知りたくて堪らない。
好奇心が理性を押し退かしそうになった刹那、僕の体を引っ張りベッドへ転がった祥さんに釣られて一緒に崩れ落ちる。
急回転した視界には悲愁を漂わせた祥さんがめいいっぱいに映りこんで、行き場を探していた僕の手は自然と細い肩を抱きしめてしまった。
「さっきまた嘘ついたんだ。 それから言ってすぐに後悔した」
僕が抱きしめ返した事に安堵したのか、猫のように擦り寄り首元に顔を埋めて小さく言葉を漏らす。
嘘とは何をだ、そう問いかけるよりも先に祥さんは「なおきさん」にだけ見せる素顔を見せてくれた。それは勿論僕に対してではない。僕を、なおきさんと勘違いしているからだ。
「直輝を好きかって聞かれる度にいつも違うことを言うんだ。 好きじゃないって。 でも違う、本当は好きだよ……? だけど口には出来ないし認めるのも怖いから愛してるって言うようになった。 人として愛してるって、幼馴染みとして家族のように愛情があるって事にして誤魔化すんだ。 いつか、本当に人として愛せる様に今から少しずつ練習する……もし嘘が嘘じゃ無くなったらまた昔みたいにいつも一緒に居れるかなって」
鼓膜に響く濡れた声に、表情を見ずとも今どんな顔をしているのか安易に想像出来た。
「直輝にいつか素敵な人が出来て、俺が上手く隠せるようになったらまた一番の友達に戻りたい。 でも今はまだ、無理。 好きだからなんでも出来ると思うのに、好きだから傍にいたい……もしあの日俺がそう言ったら直輝どうしてた? 俺のこと勝手な奴だって思ってもまた昔みたいに自分を欺いて俺の傍に居てくれた? 独りが嫌な俺のせいで直輝は自分の還らない時間を犠牲にした……?」
質問をする癖に、まるでそれは答えなんて初から求めてなんか居ないよと語っている口ぶりで僕に出来ることは黙って話を聞くことだけ。
それでもこのやるせなさに奥歯が軋む。
もし、僕ならどうしただろうか。
離れてもなおこんなにも想ってくれる人が居たら、僕はきっとその気持ちを利用して良いように熱かっただろう。
そこまで考えて、馬鹿な妄想をした事に自分を嘲笑った。
僕に誰かを愛するなんて一生無理だというのに、どうして馬鹿な事を考えてみたのかといつもならしないことをした自分に困惑しながら。
「……そうやって傍に居たら俺達きっと揃って駄目な奴になってたよね。 そんな事ないって言いそうだけど、そんな事あるよ。 だって好きってそう簡単に理性で飼える程生易しくなかったし、不意に暴れてどうしようもない事しでかしそうだしね……後悔してるけど、直輝の未来の価値を考えたら身を引いて正解だとも思うんだ。 矛盾ばっかりで嫌になる。 決めたことも貫けないほど俺は弱かった」
諦めた様に笑うから不意に腕の力が強くなる。
さっきよりも強く近く祥さんを抱きしめた事に、祥さんも僕自身でさえも驚いた。
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