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傷だらけのラブソング
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──なんて、昔のことを思い返したって言い訳にしかならない。
「坊ちゃん送りますよ!」
「いいよ大丈夫だからあの人の傍に居てやって下さい」
二年前に僕が祥さんを守りたいと思ったところで暴走して傷つけた事を正当化したくない。変わりたいと思った気持ちさえ幻だった気がする。今もまだ根っこのところは何も変わっていないんだ。欲しいなら何をしても奪えばいいって冷酷に何でもやってしまいそうな僕に僕自身が一番恐怖を感じてる。
「ですが坊ちゃん……あ!せめてお茶だけでも飲んでいかれたら」
「村上。父が帰って来て僕を見たら、昔の様に僕に手を上げてストレス発散出来なくなった分、村上が殴られてしまう。だから長居は出来ない」
「……結葵坊ちゃん」
馬鹿みたいに広大な土地に広がる空虚なだけの豪邸に昔は住んでいた。僕の父と母と、世話役だった村上と。把握していない家政婦達。それから父の浮気相手。
今も昔と変わらず見た目だけの虚空が詰まっているこの家の前で村上が唇を噛む。微かに口端が震えているのが分かって、こんな広い場所に村上を残して行く事だけが唯一後ろ髪を引っ張られる思いだ。
「村上、何度も言うけどこの家から早く出て行った方がいい」
「いえ、私はここが帰る場所ですから」
「……お金なら困らない様に僕が送るよ」
「そうじゃないんです坊ちゃん。捨てきれない思い出が沢山このお屋敷にはあるのです」
もう何度も聞いたその答え。捨てきれない思い出なんてものに価値があるんだろうか。僕が化け物に変わったこの屋敷に一体何があるんだろうか。
「……そう。ならもう行くよ」
「はい……」
「ああ、そうだ村上」
「はい?」
あの人の傍に居て正常で居られる筈がないのに。僕を化け物だと罵ったあの人の傍に。
「右足痛むなら早く病院に行ってね。放置してるともっと傷は増えるよ。治る傷も永遠に治らなくなる前に、治す術を見つけて間違っても僕みたいにならないでね。村上は優しい人だから、変わらず僕のお兄さんみたいな人だから」
「ッ、は……い。ありがとうございます、坊ちゃん」
──あの人こそが化け物なのだから。
「村上が望むなら僕はあの人を……──父を殺したって構わないよ」
「ッ! な……ッ、にを! なんて事をッ!」
「そんなに驚く事ないだろ? これだけの酷い傷を負って、あの人が救いようのない馬鹿な人だって分かっている癖に」
「ですが! 貴方様のお父上である方を……! そんな言葉を、口にしてしまうだなんて」
青く腫れ上がっている右の頬に手を伸ばす。続けて受けてきた暴力への過剰な反応なのか、ただそっと怯えないようにゆっくり手を伸ばしても、目の前に立つ透明感のある肌は白を越えて青く染まる。
触れられることに恐怖を抱く村上は、優しい温度さえ今はもう冷たく氷のように感じてしまうと昔寂しそうに、どこか諦めた瞳をして笑っていた。
「ぼ、っちゃん……あまりそこに触れられると」
「痛い?」
「はい」
「……ねぇ、どうして村上もあの人も馬鹿なのかなぁ」
腹の奥が震える様な声。低くて暗くて、誰が聞いても憎悪のこもった声。村上は僕の問いかけに青ざめた顔をあげると「あの人とは?」と震える唇で言葉を象った。
「小日向祥」
「……こひなた……! 坊ちゃんが前から身辺調査をされた!」
ハッ、となにかに気づいた様にクリっとしたブラウンの瞳を瞬かせて、銀色の髪を揺らす。イギリス人と日本人のハーフである村上の笑顔はうっとりする程綺麗だ。
今はもう、あまり見る事が出来ないけれど。
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