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傷だらけのラブソング
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「え?! 直輝なんで帰ってきたの?!」
「……なんだよ俺に早く会えて嬉しくない?」
「ち、ちがっ、あ……! そうじゃないし、ここでダメダメ!」
やっぱり今日はとことんついていない。
さっきの音は玄関の開く音で間違いは無かったし、1時間後に帰宅すると聞いていた筈の天使さんはきっと今玄関先で祥さんを襲い倒してるだろう。
「な、直輝! いい加減にしろってばッ、中に爽さん達居るの!」
「は? なんで爽が居るんだ……まあ、あいつならいいだろ酒でも飲ませとけば」
「ちち、違くて! ああもうっ、それ以上変な事したら嫌いになるからな……!」
「……」
ドタバタと大きな音が扉の奥から響いてくる。
爽さんは平気かと上を見上げてみても、僕より一歩半前に立っている彼の表情は見ることが出来ない。
「爽さん」
「……俺は」
「はい?」
「俺は……もう、……じゃねーよ」
なん、て?
最後、なんて言ったんだ。
もう一度聞き返そうとした刹那、リビングと廊下を繋ぐ硝子の扉が開かれてしまう。そこから現れたのは天使さんに後ろから抱きつかれたまま疲れた顔してやってきた祥さん達二人だった。
「お邪魔してます」
「……よ! 直輝!」
祥さんの前でだけ見せるんだろう緩んだ表情が僕を見るなり冷ややかなものへと変わっていく。
こうなる事は想像していたし、丁度帰るところだった。一々落ち込む様なタイプではないけれど、この事で場の雰囲気が悪くならないかが、後を引かないかだけが不安で仕方ない。
それ以上続くことのない会話を祥さんが特に気にする様子もなく話をつなぐ。
本当はサプライズだったことを。僕達が手伝ってくれたことを。提案したのは爽さんだって事と、ちゃんとお礼を言わなきゃねと最後には親のように。
「そういう事か。だから俺が早く帰ってきてあんな嫌な顔したんだ祥は」
「な……ッ、嫌な顔じゃなくて」
「いいや、心底嫌そうな顔してた。もしかして浮気するつもりだったとか?」
「は、はぁ?!」
完璧弄んでるんだろう天使さんのペースに乗せられて祥さんは手のひらで転がされている。
お陰でか、場の雰囲気はいつの間にか暖かな物になっていて、天使さんがコートを脱ぎに寝室へと向かったのを合図に祥さん達はまた自分達のやる事を再開していた。
僕もこのタイミングで帰ろう。鞄を持ち、コートを手にかかげると天使さんにだけ挨拶する為に静かにリビングを後にした。
寝室を探すのに歩き回るのも失礼かと玄関の前で待っていたらラフな格好に着替えた直輝さんが部屋から出てきた。
ホワイトニットに黒のズボンだけだと言うのにそれでも華やかなのだから天使さんには勝てないなと思い知る。
「お前そこで何してんだ。寒いんだから早く中に入れ」
「……いえ、僕はここでお暇させてもらいます」
「何か用事でもあるのか? 紺藤も準備したんだろ。俺に何か気遣っての事なら辞めろ逆に不愉快だ」
「……」
さらりとそんなことを言って退けてしまう彼が心の底から羨ましい。
「……はぁ、ったく案外お前も爽に似てて手がかかるやつだな。飯は食ってけ、祥の料理を食えるだなんて幸せもんだと思えよ?」
とん、と背中に大きな手のひらが触れる。動こうとしない僕の肩に手を回して、静かに口角を上げて笑う彼は大人で。ああ、だから祥さんはあんなにも、別れている間もずっと天使さんを想っていたんだと今になって分かる。
この2人は、似ている。優しくて懐が大きなところがそっくりなんだ。
「……一つ聞いていいですか」
「あんまり長いなら却下」
「手短に済ませます」
「腹減ってるから早くな」
飄々とかわしていく天使さんを見上げてずっと気になっていた事をこの日初めて口にした。
「僕のこと恨んでますか」
聞かずとも分かる。聞くことこそ愚問だ。けれど、ここから始める事が正解何じゃないのか。間違えたひとつひとつの綻びを直して行かなきゃ、ずっと僕はこの人達みたいに眩しい人を羨んで真っ黒な感情ばかりを飼い続けることになるんじゃないか。
龍騎が言っていたことは、この事なんじゃないのか。僕にはこれだけで精一杯の一歩だった。
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