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傷だらけのラブソング
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「突拍子もないこと聞くなお前」
「……すみません」
「その質問は俺に聞いてんのか? それとも自分自身に聞いてんのか?」
「え?」
天使さんから返ってきた返事は予想していないことだった。
驚きに瞠目したまま、言われた言葉を反芻する。それでもいまいち分からなくて、天使さんを見上げれば溜息混じりに僕の髪をかき撫でた。
「あの時お前に言ったよな。俺も、同じ事をして祥を傷つけたって」
「……そうだとしても意味が違う。重さが違います」
「そう思うか? 本当にお前と、俺のした事にそんなにも違いがあるのか? なんでそう思う」
「それは、祥さんは天使さんのことを好きだから」
一年前、聞かされた二人の始まり。
ずっと幼馴染みだった人を無理矢理に強姦したこと。それからも何度となくボロボロになるまで抱き続けたと天使さんは話していた。
だから、僕を罵倒したくともなじりたくとも出来ないんだと。同じことをした同罪の奴が自分だけ棚に上げることなんか出来ないんだと天使さんは悔しそうに過去の自分を恨めしそうに話していた。
それから一生消えない罪だと言っていたんだ。
例え、祥さんが許していたとしても、自分が許しちゃならない間違いは胸に刻んで置くべきだ。これから先傷つけた時間よりも遥かに幸せにする事を忘れない為に。
真っ直ぐ僕を見つめて語った直輝さんはあの時も今も変わらず芯の強い人だ。
僕だったらどうしてた。きっと、僕ならやり返して酷い仕打ちをしていた。許すだなんて選択はなかった筈。
「それを言うなら祥は、お前のことも好きだ。弟の様に慕ってるし、好きだからあの事があってもお前の本質を見失わなかった。誰だって間違いは犯す事を当たり前のように受け入れてそれを人間らしさだって言える奴が祥なんだよ」
「……それも分かりません。どうしてそこまで出来るんですか、嘘じゃないって分かっていても疑ってしまうんです。そんな人間居るはずないって、また、思う」
「……さあな。そんなもん本人に聞けよ。俺さえあいつのお人好し過ぎるところは昔苦手だったんだ。……でも確かなのはさ、お前のことを好きじゃなければあいつだってそこまで身を削ったりして理解したりなんかしないってことだろ」
「ッ」
「ただお前の事友達として好きだから放っておけないような馬鹿なんだよあいつは」
──爽がお前のこと好きみたいにな。
目尻を垂らして告げた直輝さんの言葉に、また喉の奥が詰まる。
本当に何もかもが分からない。どうしてそんなに綺麗のままでいれる。努力をしようと思ったんだ。せめて、変われる兆しが見えたならその時、爽さんにもう一度改めて向き合ってもいいんじゃないかと。似合わない感情がずっとずっと胸を締めていた。
けれど、あまりにもこの人達は手の届かないところにいて無理だと思ってしまう。
人ってそんなに綺麗なものだろうか。人ってそんなに美しいものだろうか。
僕が知っている人間は醜悪で残忍で己の欲の為になら何でもする様な人達だ。
愛情を教えてくれた女の人は、父親の愛人だった。絶望した時手を差し伸べて寄り添ってくれたのは父親に金をもらっている人だった。僕に近づく人は父親に気に入られたいが為だった。懐に潜り込めば、人形の様に笑う僕を気味悪いから追い出して欲しいと囁く女ばかりだった。
それでも唯一残った、ギリギリの糸を無残にも引きちぎったのは知りたくなかった事実。
『お前の母親は気の狂った病んだ女だったよ』
今でも虫唾が走る嫌な記憶。
『五歳にもならないお前と海にでかけて』
辞めろ。聞きたくない。
『俺が愛人と寝るのが嫌だからって』
やめろ……やめろ。お願いだから言うな。
『お前を殺すと脅して、海に溺れさせるようなクズな女だったよッ!』
どうして……そんな事実を嗤って言えたんだ。愛していたから結婚をしたんじゃなかったのか。好きだから傍にいると決めたんじゃなかったのか。
使い捨ての様に繰り返す『愛情』は嘘つきだ。全部、嘘つきだ。父親も母親も。そんな二人から生まれた自分の命も汚い。赦せない。
思い出したくないのに、記憶は薄れてはくれない。
もう何もかもを捨ててしまいたいのに、捨てたら何も残らない。
今日この日迄の無駄な時間はあの父親の全てを奪ってやる事だけの価値しか僕の中にはない。大切にしてきた女も地位も名誉も富も全て一つ一つ壊してやる。
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